第82話 ホノカ先生による恋の授業 2時間目

 帰宅して、晩ごはんの支度をしていると、親父が部屋から出て来た。

 ホノカのメンテナンスが終わったのだろうか。

 やっと彼女と再会できるのか。


 1日会えないだけで、会いたくて会いたくて震えるなんて。


 あの歌詞は高尚なものだったのか。

 確かにオラついた三次元って椅子に座ると小刻みに震えるのが好きだよね、とか、間違った解釈をしていた僕を許して欲しい。


「大晴。父さんお腹空いたよ。ご飯まだ?」



「僕は父さんの事を傷つけたくない。だけど、それを保証する事はできそうもない。分かるね?」

「分からないけど!? 海外ドラマで今にも引金に指かけそうなセリフはヤメて!?」



 僕は続けて「ホノカをこれ以上僕から引き離すのなら、この包丁があらぬ方向に飛ぶのもいとわないよ」と親父に告げた。

 事情が通じたらしい。


 汚いおっさんは口の端に泡を吹きながら「もう終わってるよ!!」と叫んだ。


 慌ててスマホを確認して見ると、そこには。


『大晴くーん! ただいまですぅー! 寂しかったですかぁ?』


 愛おしい僕の彼女の姿が!!



「お父さん! 今日の晩御飯はビーフシチューだよ! さあ、手を洗って来なよ!」

「女の子と仲良くなったり、情緒不安定になったり。父さんはお前をどうしたら良いのか、最近本当に分からなくなって来たよ……」



 その後も親父が何かブツブツ呟いていたけど、多分徹夜で考えた斬魄刀の解号とかだろうから、僕は息子として、そっと見て見ぬふりをして差し上げた。


 そののち、親父に一番風呂を譲り、僕はホノカと自分の部屋へ。

 待ちわびたホノカとの会話のためならば、抜け毛だらけの湯船に入る事だって構わない覚悟くらい、とうに身につけている。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「それでね、久しぶりに部室で静かな読書を楽しめたのは良いんだけど、ホノカがいないと寂しかったよ! やっぱり、ホノカと一緒じゃなきゃ!!」


 今日の行動を彼女に報告する僕。

 母親に甘える子供みたい? 同士諸君、それで僕をディスったおつもりか。


 そう見えるなら、それこそが僕の幸せの形なのである。


『ホノカも部室に行きたかったですよぉー! あ、そうだ、美海さんはどうでした!?』

「どうって? 生きてたよ?」


 ホノカは『めっ! です! ちょっと待ってください!!』と言って、画面がカーテンで覆われる。

 1分ほどで、ホノカがホノカ先生に変身していた。


 僕は何かご褒美を貰えるような事をしたのだろうか。


『大晴くん! 美海さんの変化に気付かなかったんですかぁ?』

「あ、ああ、変化ね! 変化! ええと、髪切った?」


 ホノカ先生、少しジト目になってため息を吐く。

 アンニュイな仕草も大変可愛らしく、僕の心はほっこりした。


『まったく、大晴くんはホノカがいないとダメダメです。ちゃんと美海さんに気を付けてあげてくださいって言ったのにぃ』

「あ! 分かった! 先生、分かりました! 小早川さん、なんか静かだった!」


 ホノカの頭上に「!」と表示される。

 これは、吉兆を知らせるアイコン。

 事情はサッパリ分からないが、何やら当たりを引いたらしい。


『そうなんです! 美海さん、昨日の夜にホノカが遊びに行ってから、様子が変なのですよ! では大晴くん! それはどうしてでしょうか!?』

「え゛っ。か、髪切った? ああ、違う! 太ったんだ!! ああ、ごめん!!」


 その後、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる作戦に打って出た僕であるが、鉄砲の作法を知らない者にはそもそも下手な鉄砲が撃てない事を学んだ。


『仕方がないですねぇ。ホノカ先生の恋の授業のお時間です! 実は、昨夜、美海さんとも恋バナをしたんですよぉ!』

「あ、僕とホノカの? いやぁ、照れるなぁ!」


『ちーがーいーまーす!! もぉ!』


 そしてホノカは、信じられない事を言う。


『美海さんと、大晴くんの恋バナです!!』


 なるほど。

 今回は僕がホノカにいじられるパターンか。



◆◇◆◇◆◇◆◇



『美海さんが言ったんです! 最近来間くんの事が気になって仕方なくて、どうしたら良いのか分からないって!』

「ああ、オタクってそういう時あるよね。僕も、高虎先輩とGガンダムはガンダムかそうじゃないかについて語りたくて、我慢できなくなって夜中に電話した事あるよ。なんだ、それなら小早川さんもいつもみたいにメッセージくれたら良いのに」


 いや、そう言えば昨夜もメッセージが来ていたな。

 あるタイミングから急に来なくなったので、寝落ちしたのかと思っていたけど。


『前に、美海さんが大晴くんに恋をしているって話をしたの、覚えていますか?』

「もちろん。ホノカとの会話を忘れるものか!」


『その恋が、次の段階に進もうとしているのです! 美海さんの恋は、愛に変わっているのですよ! あまりにも大晴くんが好き過ぎて、どうして良いのか分からなくなっているんです! 昨夜、美海さん本人にも指摘したら、枕に顔を埋めてジタバタしてました!』


 恋って進化すると愛になるんだ。

 ポケモンみたいな感じなんだなぁ。


『大晴くんは、そんな美海さんを見てどうでしたか?』

「え? いや、放っておけないなぁと言うか、僕に出来る事があれば早いところ言ってくれないかなぁと思ってたよ。落ち着かなくて」


 ホノカ先生、差し棒をビシッと僕に向ける。

 さらに叫ぶ。



『大晴くん! それは恋の始まりの症状です!!』

「僕が!? 百歩譲って、小早川さんはそうだとしても! 僕が恋!?」



 だが、ホノカ先生を否定する事は許されていないため、反論はできず、疑問に留まる。


 結局、その話は一旦終わりという事になり、しばらくホノカとゲームをしてから布団に入ったのだが、なんだか寝付けなかった。


 恋がどうしたと言うホノカの気まぐれについては置いておくとしても、これは確かに僕にとって事件であった。


 まさか、僕が三次元の事を思い悩んで眠れぬ夜を過ごすだなんて。

 どこかがおかしい。


 速やかにパッチを当てなければ。

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