第80話 玉木陽菜乃の、突撃! 来間の昼ご飯!

 合宿から帰って翌日。

 昼まで寝ていた僕を起こすのは、愛しい彼女ではなかった。


 汚い中年だった。


「頼むよ、大晴! 父さん、さっきまで死んでたから、胃の中が空っぽなんだよ!!」

「司法解剖が楽で済むね」


「鬼か!? なんか昼ご飯作ってくれよ! 贅沢は言わない! とりあえず天津飯と、エビチリがあれば父さんは大満足!!」

「そりゃそうだろうね。僕だって満足するよ」


『大晴くん、作ってあげて下さいよぅ! 博士はホノカのメンテナンスのために徹夜してたんですから! 合宿がホノカのメンタルに影響を与えていないかのチェックをしてくれていたんですよ!!』


 ホノカを味方に付けるとは、親父めなんと汚い手を。

 僕がホノカの言う事をいつも聞くと思ったら大間違いだって事を教えてやる。


「……天津飯とエビ春巻きしか作らないからね!」

「うひょー! さすが大晴! 自慢の息子!! 親の顔が見てみたい!!」


 僕はエビチリを拒否してエビ春巻きにメニュー変更する事で精一杯の抵抗を試みた。

 ホノカの意に背くことができるなんて思った事すらない。

 地球には優しく、恋人にはより優しくが僕のモットー。


 せっかくの夏休みに何が悲しくておっさんの昼飯を作らなければならないのか。

 だけども、言ったからには実行するのが僕のジャスティス。


 まずはご飯から。

 僕の天津飯は白ご飯ではなく、薄味のチャーハンを使用する。

 具はネギと豚肉くらいで良いし、味付けも塩と少しの鶏がらスープの素で充分。


 こうすると、濃い目の味で疲労回復の助けになるのだ。

 言っておくけども、別に親父の疲労なんて知った事じゃない。

 ホノカのために作るのであって、親父はそのオマケ。


 鍋を温めながら春巻きの下ごしらえをしていると、玄関の呼び鈴が鳴った。


「親父! ちょっと出て!」

「ええ。父さん、まだおひげも剃ってないのに?」


「心配しなくても女子高生は拾わないから。早く行かないと熱した油ぶっかけるよ?」

「お前、それ良くて大けが、下手したら父さん死ぬよ? へいへい」


 玄関から親父の悲鳴が聞こえてきたのは、その30秒後だった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「なんだ!? 押し込み強盗か!?」

「来間先輩! 来ちゃったっす!」


 玉木さんが玄関に立っていた。

 何故かお箸を持参して。


「おま、大晴! おま、おまぁぁぁ! 後輩の女の子が訪ねてくるとか、どうした、お前!! 始まったのか!? ラブコメが始まったのか!? おまぁぁぁぁ!!!」

「ちょっと親父黙ってて。玉木さん? 何のご用かな?」


「いやー。合宿の時に言ったじゃないっすか! 来間先輩の家とうち、近いんで、今度ご飯食べに行きますって!」


 確かに彼女はそんな事を言っていた。

 でも、大事なことがひとつ欠けている。



 僕、断ったんだけど。



「まあ、玉木さんと言ったかい? 上がって、上がって! 男くさい家だけど! もうじき春巻きも揚がるから!!」


 親父、本当に女子高生拾いやがった。ひげも剃っていないのに。


『やや! 陽菜乃ちゃん! 遊びに来たんですかぁ!?』

「ホノカ先輩! おっすっす! 美味しそうな匂いに釣られて、玉木陽菜乃、参上したっすよ!!」


「帰ってくれないかな」


「またまたぁー! 来間先輩はツンデレだって、美海先輩から散々聞かされてるんすからね、こっちは! 毎晩長文のメッセージ連投されてるんすから!」

「それについては気の毒だけど、僕は本心から帰って欲しいと思っているよ?」


「おっす! ご飯食べたら帰るっす!!」

「今帰ってくれないかな」


『良いじゃないですかぁ、大晴くん! ご飯はみんなで食べた方が美味しいですよぉ!』

「くぅー! さすがはホノカパイセン! 言葉の重みが違うっす!」


 僕は玉木さんの事を誤解していたようである。

 彼女の能力を過小評価していた。



 この子、ご飯食べるためなら割と何でもするぞ。



 ホノカを最も有効な形で僕に差し向けているのがその証拠。

 美味い食事のためなら知能指数まで上げて来る、とんでもない食いしん坊娘だ。


 僕は諦めて、調理作業へと戻る。

 テーブルでは、親父と玉木さんがホノカも交えて楽しそうに雑談。


 どうして夏休みなのに僕だけ働かないといけないのか。


 その疑問は解消できないまま、30分弱が経ち、先に料理が完成してしまった。

 それもそのはず。

 疑問に答えなんかないのだから、解消のされようがないではないか。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「うっまーい!! 来間先輩、さすがっすねー! 平日の昼ご飯からこのクオリティ! お嫁に欲しいっす!!」

「ああ、そう。良かったね」


「まさか、小早川さん以外に、こんな可愛い後輩女子とも仲良くなっているなんて! 父さんは嬉しいぞ! 大晴! あと、グリーンピースどけていい?」

「アツアツの餡を親父の脳天にぶちまけたい気分だなぁ」


『大晴くん、大晴くん! このエビ春巻き、とっても美味しいですよぉ!』

「ホント!? 隠し味にね、柚子と食べるラー油入れたんだ! 口に合って良かった!!」


「いやぁー! そんなぁ! お気遣い嬉しいっす! 隠し味まで! 自分、嬉しいっす!」

「うん。君のためではないんだよなぁ」


「大晴の事をよろしくお願いします! こいつ、生活力はかなりある方なんで! この不愛想なところを好きになってくれたら、丸く収まりますから!!」

「親父はいい加減にしないと、スカルプシャンプーの中身を除毛クリームに入れ替えるよ?」


『ふぃー。お腹いっぱいですぅー! ホノカは幸せです!』

「ホノカが喜んでくれると、僕も作ったかいがあるよ! また食べたいものがあったら言ってね!!」


 かくして、夏休みのとある1日は過ぎていく。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「いやー! ごちそうさまっす! 美味しかったです! 自分の家を出てからタイム計ってみたら、自転車に乗って2分30秒で来間先輩の家に着いたので、今度からもお腹空いたら寄らせてもらうっすね! では、失礼しまっす!!」


「……ああ。そう」



 この子、マジでご飯食べたら帰って行ったよ。


 合宿で1段階下がった三次元への警戒レベルを2段階ほど強化する事に決めた僕だった。

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