第72話 来間大晴の合宿2日目の朝は早い

 温泉から上がったあと、冷凍庫に入っていたハーゲンダッツを頂いて、至福のひと時を過ごした僕たち。

 守沢と玉木さんがなんだかぐったりしていて、小早川さんはなんだか潤った表情をしていたけども、そこに触れると面倒なのは確実。


 僕は、価値ある無言を貫いた。


 散々はしゃぎ倒したものだから、全員が眠気に負けるのも無理からぬ話。

 僕たちは、日が変わった時分にリビングで「おやすみなさい」と挨拶したらば、それぞれの部屋へと戻って行った。


『大晴くん、明日は何時に起きますかぁ?』

「そうだなぁ。朝ごはん作らないといけないから、7時には起きとかないとまずいかな。まあ30分もあればどうにかなるよ。炊飯器はセットしておいたし」


『あはは! 大晴くん、すっかりみんなのお母さんですねぇ!』

「嫌だなぁ。どうして僕が損な役回りを引き受けなくちゃいけないんだろう」


『そんな事言ってー。ちょっぴり嬉しそうな顔をしていますよぉ?』

「ホノカまで僕をからかうんだから。さあ、寝ようか。ホノカも疲れたでしょ?」


『ふわぁ……。はいー。少し疲れちゃいました。でも、充足感のある疲れです! むーむー!!』

「僕も、ホノカと一緒に旅行に来る事ができて楽しいよ。それじゃ、おやすみ」


 ホノカもスマホの画面の中で、布団を敷いてパジャマに着替えている。

 こうして、合宿初日は当初の予定通り終わる。


 いや、何か予定していたっけ? と、眠りに落ちる前に僕は思ったが、割とどうでも良かったので睡魔に身をゆだねることにした。



◆◇◆◇◆◇◆◇



『大晴くん、朝ですよぉー!』

「んあぁ。どこだ、ここ。ああ、そうだった。合宿に来てたんだった」


 いつものようにホノカに起こして貰ったので、馴染みのない天井が視界に入り一瞬だけ戸惑った。


『現在、まだ皆さんは寝ておられるようです! やや! 待ってください! 美海さんだけ移動していますね! リビングにいます!!』


 ホノカは部活メンバーのスマホの位置情報から、全員の状況を把握している。

 と言うか、小早川さんもう起きているのか。

 意外と規則正しい生活をしているのだなと、感心。


 普段、深夜3時頃に平然と長文のメッセージ送りつけてくるのに。


 僕は身支度を整えて、下の階へ降りる。

 小早川さんの姿はなく、僕はひとまずコップに水を入れて、ソファに腰かけた。


「んん。まだ眠いよ。むにゃ」



 向かいのソファに小早川さんが寝ていた。パジャマ姿で。

 どれだけ無防備なんだろう、この子は。思わず2度目の感心をした。

 ちなみに、最初の感心はキャンセルされた。



「小早川さん。小早川さん。こんなところで寝てたらダメだよ。と言うか、パジャマがすごい勢いで着崩れてるんだけど。はしたないよ」

「やだぁ。まだ寝るんだもん。むにゃ」


 僕が最初に抱いた感情を、同士諸君はお分かりだろうか。

 可愛い? エロい? 君たちはまるで話にならない。半年ROMっていてくれ。



 今、ここに誰か起きて来たら面倒だなぁ。これが正解。



 かと言って、お姫様抱っこして小早川さんを部屋にお連れするのは僕の仕事ではない。

 彼女を気に掛けるとホノカと約束しているが、それはちょっとやり過ぎである。


 仕方がないので、僕の着替えたばかりの半そでシャツを小早川さんにかけておく。

 よし、これで色々と見えなくなった。


 彼女を無視して、朝ご飯の支度をしよう。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 冷蔵庫に新鮮な鮭があったので、これをメインに。

 あとはまあ、適当に目玉焼きとベーコンでも焼いて、みそ汁作って、サラダを大皿に盛れば良いだろう。


 トントンと包丁でネギやら玉ねぎやらを切っていると、誰かが下りてきた。


「やあ。早いね、大晴くん。そして朝食の準備、ご苦労様」

「高虎先輩。おはようございます。……バスローブで寝るんですね」

「これは恥ずかしい! ついそのままで出てきてしまったよ! はっは……は……」


 高虎先輩、小早川さんを発見する。

 そして、僕と彼女を交互に見てから、一言。



「ゆうべはお楽しみだったのかい?」

「断じて違います」



 僕は、ワカメを適当に切りながら、起きて来たらそこに無防備なうちの学校のヒロインが転がっていた事を説明した。

 第一発見者が高虎先輩で助かった。


「まあ、大晴くんに限ってそれはないと思っていたよ。それにしても、小早川氏はよく寝ているね。普通、知らない場所だと警戒心が働いて、少しの物音でも目を覚ましそうなものだけど」


「小早川さんの考えている事はサッパリ分かりません。よし、みそ汁完成。サラダもこれで良いかな。ホノカ、悪いんだけど、三次元たちを起こしてきてくれる?」

『はぁーい! 了解しましたぁ! ホノカ、いきまーす!!』


 「寝起きドッキリ慣行中!」と立て看板が残されたスマホの画面。

 三次元の寝起きを見て、何が楽しいのやら。

 しかし、ホノカが幸せならオッケーです、なのだ。


 鮭を焼き始めて、1分が経つかなと言った頃合い。

 ほんの少しだけいい匂いが漂い始めたところで、小早川さんがガバッと起き上がった。


「お腹空いた。……あれ。来間くんがいる。おはよう」

「はい。おはよう、小早川さん。よく寝てたね。顔洗ってくるといいよ」


「ふあぁ。あれ? 私、お部屋で寝たのに。来間くんが連れて来たの?」

「失礼極まりないなぁ。君が勝手に寝ぼけてソファで寝てたんだよ」


「でも、このシャツ、来間くんの匂いがする」

「僕のエチケットを犯行の証拠みたいに言わないでくれる?」


 それから、玉木さんも鮭の焼ける匂いに釣られて起床。

 意外なことに、守沢が一番遅い登場となった。

 どうした、鬼の副長。キッチリしているのは学校でだけなのか。


 みんなで朝食を取ったら、合宿2日目のスタートである。


 ちなみに、小早川さんを洗面所に行かせておいたので、あらぬ疑いを僕がかけられることはなかった。

 実に危ないところだったけども。

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