第25話 小早川美海の告白 ~どうしてAIのモデルになったのか~

 今日も今日とて放課後になれば文芸部の部室へ。

 先日のゲームの仇を討つべく、僕は1人スマッシュブラザーズ。


 仮想小早川さんのCPUレベルマックスにしたディディーコングをボコっていると、ディディーコングに声をかけられた。

 間違えた。小早川さんが控えめに僕の背中をつついた。


「来間くん。ちょっとお話、いいかな?」

「ディディーコングをもう3回くらいボコってからでもいい?」


『大晴くん! めっ! ですよ!!』

 ああ、ホノカに「めっ!」って言われた。



 最高の気分だなぁ。



「分かった。ディディーコングは見逃してあげることにするよ。麦茶淹れようか」

「うん。ありがとう。私、心の準備しておくね」


 心の準備が必要なのは僕の方だったと知るのは、もう少しだけ後の事。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 いつの間にか増えている小早川さんのマイカップに麦茶を注いで、自分の分と合わせてテーブルに置いたら準備完了。

 平安時代の何が読めなかったのかなと悠然と構える僕を、小早川さんが鋭い一撃で先制してみせた。



「今日はね、どうしてホノカちゃんの人格のオリジナルモデルに私がなったのか、そのお話がしたいと思って」



 麦茶を吹き出しそうになるのを根性でこらえた。

 こいつ毎回驚くと麦茶噴き出すなと思われるのは心外だからである。


『ホノカは静かにしています! 頑張ってくださいね、美海さん!』

「うん。ありがとう、ホノカちゃん。私、頑張るね」


 一体何を頑張るというのだろう。

 とりあえず、頼りのホノカがいなくなってしまった。

 画面を見ると「コスプレの衣装を作っています」と看板が置いてある。


 ああ、そんな。僕の心の支えが。


「来間くんは部活に私を入れてくれたし、2人きりになれたらね、ちゃんとお話ししようってずっと思ってたの」

「あ、ああ、うん。いつだったか、ホノカと話をしたことがあるよ。そのうち、小早川さんが何か言うだろうって」


「うん。今日はね、包み隠さず全部言おうと思って、覚悟を決めて来たの」


 そして迫りくる三次元の圧。

 覚悟を決めたのは結構だけど、僕にも覚悟をさせないで欲しい。

 何が出て来るのか、怖いじゃないか。


「私、アメリカでずっと暮らしてたんだけど。ほら、私ってオタクだよね?」

「え? うん。まあ、そうだね。見た目からは想像もできないけども」


「あっちでは、オタク文化ってまだまだ偏見みたいなものがあって。ずっと自分だけの秘密にしてたの」

「そうなんだ。というか、日本でもガチオタはそれほど市民権を得てないよ?」


 自分の発言が明らかに水を差している事に気付き、「ああ、ごめん。続けて」と頭を下げる。

 三次元コミュスキルは育ててなかったから、仕方ないじゃないか。


「それで、日本のSNSとかでオタク欲を満たそうと毎晩色んなところを見ていたらね。壱成博士のツイートを見つけたの」

「えっ!? うちの親父、Twitterで計画の被験者探してたの!?」


 大きなプロジェクトだって言っていたのに、そんなフランクな感じで!?

 いや、もしかすると、研究職も流行にコミットする時代なのかもしれない。


「そうだよ。私からDM送ったら、すぐに食い気味のお返事が来て」

「そこだけ聞くと親父がパパ活してるみたいに聞こえて嫌だなぁ……」


「ふふっ。そこからはとんとん拍子で、すんなり私が被験者に決まったの」

「そうなんだ」


「私ね、引っ込み思案で、なかなか自分の主張が出来ないから、結構それがコンプレックスで。もし、私がもう一人いたら、どうなるんだろうって」

「なるほど。まあ、気持ちは分かるかな。興味が湧くよね」


 僕が麦茶に手を伸ばすタイミングで、小早川さんも両手でカップを持って、水分補給。

 喋ると喉が渇くもんね。


「今ので、私がホノカちゃんのオリジナルになったお話はおしまいなんだけど」

「あ、そうなの?」


 なんだ、意外と簡単な話だったな。

 そう思った僕は、割とどうしようもない間抜けだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「ホノカちゃんが起動実験をするって聞いてね」

「え。あ、うん。まだ話があるのか。オッケー。大丈夫、続けて、続けて」


「そのテストプレイヤーが、壱成博士の息子さんで、しかも私と同い年だって聞いたら、居てもたってもいられなくなって」

「うん」


「気付いたら、来間くんの学校の編入試験を受けてたの」

「うん。うん!? 僕、うっかり何か聞き漏らしたかな!?」


「私の分身みたいな存在が、男の子に育てられるって聞いたら、好奇心が抑えきれなくなって。両親にも無理言って、日本に来たの!」

「……すごいなぁ。僕がご両親だったら、ストレスでハゲそう」


「それで、涼風西高校に入って、座席の並びを見たら、来間くんが前の席で! 私、不覚にも運命感じちゃって! だって、こんな事ってあると思う!?」

「う、うん! 分かった! 何となく興奮してるのが分かった!!」


 グイっと身を乗り出してくる小早川さん。

 とりあえず僕は、背もたれに全体重をかけたけど、ソファは動かなかった。

 距離が近くなってしまった。


「来間くんは、教室では全然喋らないし。お友達もいなさそうだし。休み時間になるとすぐ消えるし。放課後もすぐいなくなるし。気付いたら1ヶ月経ってるし。でも、たまに優しいし。あなたの事が全然分からなかったの」


「そうやって冷静に僕の行動を並べられると、さすがにちょっと心が痛いよ?」

 僕はいつの間にか彼女の観察対象になっていたらしい。

 索敵スキルをオフってたのがまずかった。


「でも、ホノカちゃんに初めて会った時! ホノカちゃんは私と違って、元気で可愛くて、活発で自分の主張も曲げないし! すごいって思ったの! こんな私の人格が、鬼かわいい愛され系の女の子になってるの、すごいって!!」


 小早川さんも鬼かわいいとか言うんだ。

 そんな事を考えながら、「そうなんだ」と返事をする。


「そこからはね、ホノカちゃんと直通コードでいつでもお話しできるようになったの。知ってるよね? だって、来間くんがそうしてくれたんだもん」

「うん。そうだね。その通り」


 不承不承ふしょうぶしょうで了承したなぁ。


「ホノカちゃんとのお喋りのね、7割……ううん、8割は来間くんの事についてなんだよ。ホノカちゃんをどうやって育てたのか、気になって、止まらなくて」


 僕が知らない間に話題の人に。

 しかし、人の口には戸が立てられないのは周知の事実。



「だからね、今はホノカちゃんにも興味があるのは変わってないけど。むしろ、来間くんに対しての興味の方が勝ってるの」

「ぶぶふうぅぅぅっ」



 結局麦茶を噴き出した僕。

 それを何食わぬ顔で拭きながら、小早川さんは話を纏めた。


「だから、来間くんの事、私、ずっと見てるから。よろしくね」

「えっ。あ、うん。うん? よ、よろしく?」


 僕は何か、大変な告白を受けたのではないか。

 そんな疑問が沸き上がってきた。


 けれど、三次元の女子が言う事を僕がすんなり理解できる奇跡など起きる訳もなく。


 この時から、悩み事が1つ増えたのであった。

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