第7話 うるさいしお節介な守沢牡丹

「くるぅまぁ、たぁぃせぇいぃぃぃ!! 開けんかいこらぁ! あたしの仕事が終わんないの! 御用改めって言ってんでしょ!!」


 借金取りかな?


『あの、えっと、大晴たいせいくん? 誰なのか知りませんし、事情も分かりませんけど、怒ってますよ? 借金取りの怖い人みたいに怒ってますよ!?』

「おお! すごい! 今、僕もまったく同じこと考えてた!!」


『大晴くん!? 部屋が揺れてます!! あの、それから、そういう恋人同士の偶然を楽しむ場合ではないと思います! なんで笑ってるんですかぁ!?』


 「それはホノカが可愛いからだなぁ」と思っていると、扉の前の借金取りがとんでもない事を言い出した。


「よーし! よぉぉぉく分かった! 今からこの階のブレーカー落としてくるから!!」



 そんな悪魔じみた事、よく思い付くなぁ。



 僕は白旗を振る事にした。

 スタンバイモードにしているプレステ4に不具合が生じたらどうしてくれる。


 部室の扉は引き戸になっており、鍵は学校の方針で用意されていない。

 かの先輩も、色々と遺産を置いて行ってくれたけど、ついでに鍵付きの扉を発注してくれたら良かったのにと思わずにはいられない。


 僕は扉に噛ませてあった、つっかい棒を外した。


 ちなみに、よくつっかい棒と呼ばれるこの、引き戸専用の簡易的な鍵、心張しんばぼうと言う名前があるらしい。

 ホノカ情報なので、僕は仮にそれが間違いでも今後は心張り棒とこいつの事を呼び続ける事を誓った。


「やっと開けたなぁ! 来間くるま! なんであなたはルールにギリギリ触れそうで触れない事ばかりするの!! あなたのせいで、放課後のあたしの仕事がいつも押すのよ!!」


『大晴くん……。この人はどなたですか?』

 少し怯えた声のホノカ。

 僕の彼女を怖がらせるなんて、これは大罪人の名前を読み上げる必要がある。


「これは申し訳ないなぁ! 守沢もりさわ牡丹ぼたんさん!! ごめんなさい!!」



「あなた、バカにしてる?」

「尊敬しているように見えるのなら、僕の態度に問題があるかな」



 「よぉぉぉし、分かった! 戦争だ!」と叫んでいるこの三次元は、重ねて言うけど、守沢牡丹。

 生徒会の副会長で、クラスは違うけど同学年。


 一年生の頃から生徒会役員をやっており、クラスメイトや風の噂を総合すると、彼女の評価は『黙っていれば可愛い女子』と結論が出ているらしい。

 そして、気の強さが前面に出ているため、黙る事はできず、必然的に「可愛い女子」の霊圧も消える。残念な三次元。


「あのね、毎日言ってるよね? 生徒会が、文化部の部室棟を1日に1度チェックするって! どうしてあなたはいつも鍵をかけて立てこもるの!?」

「鍵なんてかけていないよ、心外だなぁ。ああ、ただそこに、偶然、たまたま、どういう訳か、心張り棒が転がっているね。不思議だなぁ」


「不思議な事があるかい! あなた、あたしが新選組だったら、とっくに斬られてるから! 鬼の副長なめんなよ!!」

「分かった、分かったよ。今日から、君の事はとしさんって呼べばいい? それで満足?」



「今のあたしの顔が満足してるように見えるなら、こっちに問題があるね!」

「あ、大丈夫。何の不具合もないみたい」



 去年はまだ良かった。

 守沢が一年生で、発言力が弱かったし、なにより僕の先輩も三年生で学校に在籍していたので、完璧な防波堤として鉄壁を誇っていたから。

 完璧と鉄壁を同時に発揮する人は、僕の人生の中で先輩しかいない。


 それが、今年になって、書記から副会長に階級を上げた守沢。

 どうやってもうちの文芸部が気に入らないらしく、やたらと因縁を付けてくる。

 困ったものだ。本当に。


「また、電気の無駄遣いしてからに! 学校の電気代を押し上げてる自覚はあるの?」

「先輩が、電気は研究のために必要だから、好きなだけ使って良いって」


「そもそも、研究って何よ! 文芸部が何の研究するってんだ、おおん?」

「文化芸術研究部がうちの正式名称だから。知らなかった?」



「知らないよ! いつ決めたの、それ! 部活申請書に記載されてる!?」

「されてないよ? 今決めたからさ」



 こんな無為な時間は早いところ終わりにしよう。

 僕は、ホノカとオリジナルの斬魄刀の解号についてこれから議論するんだから。


 そんな僕のホクホクした予定が油断を生んだと言えば、そうかもしれない。

 悔やんでも悔やみきれないとは、まさにこの事。


「またぁ! タブレットとスマホを同時に使うとか! どっちか片方で済むでしょう! はい、タブレットの電源は落とす! ……あれ?」


 僕は人前で叫んだ事は生まれてから一度もない。

 小学生の頃に原付バイクにねられた時だって、気合で悲鳴を押し殺した。


 その僕が、絶叫を晒すことになろうとは。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「ねえ、これなに? なんかのアプリ? 可愛いじゃん! 何て言うか、萌え萌えしてないって言うか、すっごく品のある可愛らしさね! うちの制服着てるー!」


『わぁ、ありがとうございますぅ! 大晴くん以外の人にも可愛いって言ってもらえると、やっぱり嬉しくなっちゃいますねー! えへへ』



「えっ、あたしに話しかけてる!? ちょ、なにこれ、来間!」

「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!!」



「ひぃぃっ!? なに、なによ!? どうしたの!? この世の終わりみたいな声出して!」

『そうですよ! ビックリしますよ、大晴くん!!』


 僕の、僕だけの彼女が。

 まさか、学校内で最も安全だと思われる、この部室で外部に漏れるなんて!


 油断した。そして、部室は絶対大丈夫と言う慢心もあった。


 いや待て、反省は後でしよう!

 今は、とにかく、ホノカを守らなければ!!


「守沢! あ、いや、守沢さん! 違うんだ、これは、何と言うか!」


『わたし、大晴くんの彼女をしています。ホノカと言います。よろしくお願いします、守沢牡丹さん!』

「あらー! 礼儀正しい! あたしの事は牡丹で良いよ、ホノカちゃん!」



「なんか仲良くなってるー!!!」

「あなたはさっきからどうしたの!? キャラがブレ過ぎじゃない!?」



 あ、悪夢だ。

 ずっと、死ぬまで僕だけの秘密にしようと思っていたホノカの存在が、よりにもよって学校の新選組である生徒会の副会長にバレるなんて。



 そうだ、転校しよう。



「あなたの彼氏、さっきから挙動がおかしいけど。大丈夫? どこか悪いんじゃない?」

『うーん。わたしも断言はできませんが、何か、外的要因によるものだと思います。体調不良という訳ではないとホノカは判断します』


 現実が、逃げようとすればするほどスピードを上げて追いかけてくる。


 そう、さながら現実は、影法師かげぼうしのよう。


 こんな風にポエムの世界に逃げても、現実は追いかけて来た。

 逃走中のハンターかな?



 とんでもない事になったことだけは承知している。

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