変える勇気などありもせず

@chauchau

俺は床で寝る


 ゴォォォル!!

 ゴール! ゴール! ゴール!! 決まった決まりましたァ! 文句なしのど真ん中! 惚れ惚れするほど美しいゴールです!


 もう駄目かと思われた瞬間での決勝点! これは素晴らしいの一言でしょう! ご覧ください、解説役も仕事を放棄して走り出してしまい帰ってきません! もはやこの場は実況の私のみで成り立っております! が! 私も走り出したい! 皆さんと一緒にこの喜びを分かち合いたい!!


 選手の晴れ晴れしたこの笑顔! 後半戦での沈みきった顔が嘘のようです! 今! 今! 今、手が差し伸べられて……、握ったァァ!!


「っていう心情だったわけよ」


「嬉しかったことは分かった」


 空き缶が握りつぶされる。

 間髪入れずに差し出した酎ハイを目の前の女は天井を見る勢いで飲み干していく。


「ぶはァ!! 次!」


「身体に悪いぞ」


「悪いことしてんですけど!?」


「すんません」


 空き缶と同じ末路を辿りたくはない俺はすぐさまに謝罪する。情けないと笑いたければ笑うが良いさ。


「物語で言えばめでたしめでたしだよ。金銀財宝を持ち帰ってお爺さんお婆さんは狂喜乱舞の乱痴気騒ぎだね」


「かもな」


「ンなわけねぇだろ!」


「すんません」


 中学、高校、そして悲しいかな大学まで共にしている腐れ縁のこの女は、二年間付き合った最愛の彼氏と本日付で見事別れてきた。

 なお、振った振られたどちらかかは酔い方から察してあげてほしい。


「ゴールじゃないわけよ。分かるか、童貞」


「勉強になるっす」


「告白はゴールじゃないわけよ。そっからだわな? そこから物語はまだまだ続くわけだよ。上り坂だよ突っ走れだ」


「打ち切りっすね」


 飛んできた空き缶を回避する。

 飲み干していたとはいえ、多少飛び散る中身が俺の部屋をベトベトにする。あとで綺麗に拭かないとならない。


「他に好きな人が出来たとかなしだわぁ……、想定もしてねぇよ、そんなイベント」


 元彼は高校時代の先輩。

 部活が異なるので俺は接点がなかったけれど、何度か話したことはある。彼女の友達だったからかもしれないけれど随分と印象が良い人だったと思う。

 世には二股最低男とかの話も掃いて捨てるほどあるなかで、正直に別れてほしいと言い出したあの人はやはり良い人だったのではないだろうか。


 とか、言っても今のこいつが荒れるだけなので言わないけれど。


「何がいけなかったか、分かるか!」


 酒癖。


「分かるわけねぇわな、あんた如きに」


 口の悪さも付け加えておこう。


「空しい」


 奇遇だな。俺も全くもって同じ感想だよ。

 飲み干される前に俺も酒に手を伸ばす。この場で素面を貫き続けるのは辛いものがある。


 荒れモードから黄昏れモードに移行した彼女は、俺のベッドに倒れ込んでちびちびと酒を飲み始めた。


「寝るなよ」


「指図するな、ボケ」


「懇願だ」


 意味の無いものだと分かっていても。


 十数分後、案の定寝落ちた彼女の手からまだ少し中身が残っている酒缶を取り上げる。少し悩んだ末、中身は流しへと捨てることにした。


 飲むだけ飲んで、荒れるだけ荒れて寝落ちたあいつが多少の音で起きるはずがないので遠慮もしないで後片付けをさせてもらう。


 告白はゴールではないと彼女は言う。

 彼女持ちの男友達も一様に同じ事を言う。


 間違っていない。

 正しい。


 でも、違う。


「終わっちまうって意味ではゴールだわな」


 勝つ見込みのない戦いに参加出来ない臆病者はいびきをかく彼女に毛布をかけてやることしかできなかった。

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