ゴールは辛口カレー

hitori

第1話 ゴールは現実主義で


 ゴールは到達すると、そこがスタート地点に姿を変える。


 冒険家 石渡哲也のスマホはこう言う。

 ゴール地点に向かって、風を読み帆を合わせる。逆風だ!横風だ!と嘆くことはない。帆の向きを変えるだけだ。それが現実主義。

 彼のスマホは人を近づけない未開の地へと向かう彼をいつも見ている。困難な状況になって嘆くことはしない。どうにかなるだろうなんて楽観することもない。ゴールだけを見つめている。彼を阻む自然に背を向けることはない。むしろ友とし、自分の立ち位置を変え、見方にしていく。

 

 マラソンランナー 草野久美のスマホはこう言う。

 近いゴール地点は人を堕落に陥れる。簡単だから。満足に支配されて、自慢話を餌にする魔物。

 彼女は過去の栄光を振り返ってみることはしない。自慢話をしても、早く走るトレーニングの代わりにはならないことを知っている。彼女にとって大切なのは今、この瞬間。彼女の口癖だ。走ることの楽しさを伝えたい、私に余生はいらないと話している。


 実業家 児玉次郎のスマホは語る。

 人はゴールを目指している時が一番幸せを感じる。いくら転んでも起き上がってチャレンジする。諦めたらそこで終わってしまう。その虚しさを、悔しさを追い出すように、挑戦する。不可能の反対は可能ではなく挑戦だ。

 児玉が私を手にしてから、何度失敗したことか。それでも彼は挑戦し続けた。失敗しても彼はいつも笑っていた。次の方法を見つけたから。彼はいろんな人の話を聞く知りたがり屋。この前はキャベツ農家のおじさんと話して、「いいこと聞いた」と喜んでいたし、その前はこけし職人を訪ねた。それから山の中に入って木を眺めていた。

 何が役に立つかわからない、自分の知らないことがいっぱいある、そう言いながら私をポケットに入れる。


 住職 前田儀一のスマホはつぶやく。

 失敗?そんなものいくらでも転がっている。毎日掃いてもたまる落ち葉のように。安全運転は人生に必要ない、無事故は人生の幸せを保証するものではない。

 悩み相談に訪れる人が多いお寺さん。まずは愚痴を聞いてあげる。もうないと言うまできいてあげる。「まぁ、お茶でもひとついかがかな」と休憩をはさんで、住職さんのお話が始まるのです。決して厳しいことは言いません。一つだけ気づかせてあげる、ただそれだけのこと。その人が歩き続けることができるように、心に水を注いでいるのです。

 住職さんの大事なお勤めの中に、ゴールされた方のお見送りがあります。住職さんは手を合わせ、「お知り合いになれて嬉しかったですよ」と必ず言葉を添えます。


 科学者 野崎慎吾のスマホは言う。

 ゴール間近になると、周りの妬みが激しくなる。嵐だ!うるさい騒音も遠くで聞けばいい。子守歌になるはず。

 ご主人様はいつも一人で研究室にこもります。孤独な作業を黙々と続けているのです。他の人からは偏屈な奴だと思われても、ご主人様は平気です。なぜなら、大好きな研究ができるからです。何かを発見発明するまでは、研究者の給料は安いのです。それでも、ご主人様にとっては天国のような研究室。

 ご主人様は、色々な場所に出かけては土を採ってきます。その中にある細菌の持つ特性を調べ、薬になりそうなものや工業技術に使えそうなものを探します。薬になりそうなものは、見つけたら知り合いの研究仲間に教えます。薬品会社の人です。ご主人様が興味あるのは、機械部品などに作るときに役立つ細菌。私の中にもご主人様が見つけた細菌が使われた小さな部品があるのかもしれない。


 哲学者 熊田義之のスマホは教える。

 あなたをゴールで待っているのは、微笑みの女神だと思ってはいけない。もしかしたら貪欲の魔物かもしれないのだから。目指しているゴールが富や名声であれば、美味なワインをあなたの前に差し出し、酔わせて闇へと誘う。

 学者先生の言う言葉は難しくて、私には理解できないことが多いです。でも先生は言います。今は理解できなくても、いずれわかるようになる。それが経験というものだ。

 講演会にはたくさんの人が集まっているけれど、みんなちゃんと理解できているのだろうか?たぶん、ほとんどの人は先生が言うように、いずれわかるの類の人たちなのかもしれません。「一度聞いてわかってしまったら、楽しみが減る」とも先生は言います。



 夜中にスマホ同士が話す集まりがあります。電波でいろんなスマホと話します。今夜のテーマはゴールでした。私たちスマホは役目を終えたら、リサイクルされて、いろいろなものに使われることになります。それは新しい役目を与えられるスタートです。

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