星の彼方に届くとも
サヨナキドリ
ロケット
本来であれば早く眠ってコンディションを万全に整えるべきなはずなのだけれど、N氏はロケットの見える小高い丘に立っていた。そんな彼の頬に、人肌よりわずかに暖かいペットボトルが触れる。後ろに立っていたのは、M氏だった。N氏はココアを受け取ってキャップを開ける。2人は明日、人類初の星間飛行ミッションに挑むのだ。M氏はN氏の隣に立つと話し始めた。
「昔、日本の偉大なSF作家の作品でこんなのがあったんだ」
その言葉にN氏は苦笑いを浮かべる。
「お前、本当にSFが好きだよな」
「茶化さないで聞けよ。ある惑星に、ロボットがいたんだ。どこから来たのか、誰が作ったのかも分からない。そのロボットは目を覚ますと、作業に取り掛かった。地面を掘って、資源を集めて、自分と同じ型のロボットを作った。ロボットがロボットを作り、十分な数のロボットができた時、ロボットたちは次の作業に取り掛かった。
次にロボットが作り始めたのは、宇宙船だった。ロボットたちは何かに突き動かされるように宇宙船作りに取り組んだ。それこそ身を粉にしてだ。自分たちのメンテナンスさえせずに宇宙船を作り続けたせいで、宇宙船が完成した時には宇宙船に乗る1人以外はまともに動けるロボットも残っていなかった。
ついにロケットが発射される日がやってきた。ロケットが点火され、見送りに集まっていたかろうじて動けるロボットは全員吹き飛ばされた。宇宙船に乗っていたロボットは最後の1人になった。行き先は、ゴールは何故か知っていた。
やがて、宇宙船は目的の惑星に到達した。宇宙船は轟音を立てて地面に衝突し、ロボットはバラバラになった。そんなロボットをその星の住人は歓声を上げて迎えた。司会者の男が言った。『さあ!世紀のギャンブルの結果が出ました。宇宙のあちこちにばら撒いたロボットの中で、どれが一番早く帰ってくるかというこのレース。ただいま、係のものがナンバーを確認しております』」
「なんだ、星新一じゃないか。彼なら俺も好きだ」
「俺たちも同じだったらどうする?」
真剣な顔で問いかけるM氏に、N氏は眉を寄せた。
「同じって?」
「俺たちも、いや、地球の生態系そのものが何かのレースのために作られたものだとしたら?俺たちの、このロケットを作りたいという衝動が誰かに仕組まれたものだとしたら」
その言葉に、N氏は吹き出して肩をすくめた。
「おいおい、ずいぶんナイーブなことを言うじゃないか」
「すまん。俺だって本気でそんなことを考えてるわけじゃないんだ。けど、こんな時だからかな。不安になるんだよ」
そう言ってM氏は頭を振った。N氏はロケットを見やった。2人は、このロケットに人生の半分を賭けたということと、ロケットに対する情熱を、衝動を、お互いに誰よりも知っていた。
「ふむ……もしそうならずいぶんご機嫌なことだと思うね」
「ご機嫌?どうして?」
意外そうな顔をするM氏に、N氏は不敵な笑みを浮かべて答えた。
「だって、宇宙のあちこちにロボットをばら撒けるような奴らだろ?その技術を使えば、もっといいロケットが作れるじゃんか」
星の彼方に届くとも サヨナキドリ @sayonaki
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