第69話
森井は表情に若干の曇りを見せたが、平常心のままで、冷静かつ的確に話し始める。
「堀田さんの健康管理は当社が責任を負っています。言うまでもなく健康診断の結果を我々は精査いたしました。その後、肉体的・精神的安全性を十分に考慮した上で、本人の希望を尊重し、ダイブを許可した次第です」
「何だって、あいつはまだ、ビハイヴで設定した自分の世界にこだわっているというのか……。戦争とか言ってたぞ」
森井は堀田の仮想世界を絶対に知っているはずだ。いや、心療内科的なアプローチのためには把握していない方がおかしい。
何が堀田のメンタルに影響を与えているのか、貴重なサンプルとして会社ぐるみで研究対象にしている、というのは考え過ぎか。
彼女は困った顔をしてモニターの方に視線を落とす。部屋に灰色の沈黙が訪れた。
角畑が、ふと部屋の本棚の方に目をやると、不自然に光る金属製のオブジェが飾られている。
「あ、あれは……まさか」
不思議と神棚に供える榊を連想させた。刃を上向きにして、台座の上にうやうやしく飾られていた対象は、前に見覚えがある。
「あのナイフは、いつからあそこに?」
鹿の角の柄を持った、刃渡り三十センチに及ぶ薄い刀身。切っ先が鋭角なので、一見日本刀の脇差にも見えるのだ。
森井は堀田の個人的な買い物までは関知していない。さすがにある程度のプライバシーは保たれていると言える。
「さあ……。堀田さんが通販で購入されたものか、そうでなければ、仕事帰りに街の専門店で入手された可能性があります」
「あれは、あのナイフは三日前にスペインバルで見た生ハム専用ナイフなんだ」
「そうなんですか。余程形が気に入ったのか、ここでハムでも切るつもりで買ったのか、どちらかですね」
森井は一般的な見解を述べるに留まった。
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