第62話
「今日は落ち着いて飲めそうだ」
角畑はそう言うと、席に設えの簡素なおしぼり袋を握ってパンと音を鳴らせた。その音でバーカウンターの女主人が酒のリストを持ってきた。
堀田も黒板にチョークで書かれたメニューを、目を細めて確認しながらフォークを弄んでいる。並んでいるタパスの皿の中からスペイン風オムレツとウサギのレバーのワイン煮、種入り黒オリーブの塩漬けをチョイスした。
よく冷えたカヴァをボトルで注文した角畑は、堀田のフルートグラスに一番に注いだ。湧き上がる泡は、急かすようにグラスのてっぺんにまで立ち昇った。
堀田は少し香りを確かめた後、静かに病人を思わせるゆっくりとした口調で語り始めた。
「二人で飲むのは、焼鳥屋以来か」
「ああ」
「酒の量が妙に増えてな、夕飯をあまり食べていない」
角畑はさすがに友人の体を心配した。
「それはだめだろ。食費も払っているし、きっちりとした栄養管理もなされているって、お前自身から聞いたぜ」
「確かにパンフの謳い文句にもなってはいるがな……。ビハイヴ内で飲み食いしていると満腹中枢まで刺激されるのか、現実世界で飯が喉を通らなくなるんだ」
「じゃあ無理にでも食って、酒も控えろ」
「確かにな」
眼前には立派な生ハムの原木が鎮座している。スペイン産のハモンセラーノは、ハモネロに固定されてカウンター上で注文を待っているようだ。
外モモの辺りを綺麗にナイフで削られて、美しい薔薇色の肉の繊維と周りの白い脂を覗かせている。脚の先には豚の蹄が残っており、パック売りのハムが通常の日本人には結構生々しく映る。
堀田からスパークリングワインを注がれた角畑は、この店の名物であるこの生ハムを二人分追加注文した。すると忙しそうにしていたカウンターの女主人は、ちょっとお待ちくださいとの返事を寄こしたのだ。
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