超電子人間失格

印朱 凜

プロローグ

Net Killed The TV Star


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 たとえ突き詰めた現実主義者リアリストの感性をもってしても、この北限にある荒涼とした風景を一望すれば、『まるで天国のような……』といった凡庸な詩人のがシャンパーニュの泡みたく、ふつふつと湧き上がってくるに違いない。

 

 だが皮肉なことに大小の銃弾が飛び交い、兵士達の生暖かな死体が織り重なり、擱座した帝国陸軍の九五式軽戦車が燻る草原は、見渡す限りのリアルな血戦場。……文字通り地獄そのものだった。

 

 俺は死が目前に迫った緊張感の中、極度に活性化した脳細胞から滲み出す、かの有名な走馬燈とやらを生きたまま実体験していた。いや、仮想空間VRなので眼球の網膜を通さずに見ていた、脳が知覚していたとでも言うべきなのか。


 ――初めて好きになった人。まだ若かった母親の顔、令和の時代に会った親友の身振り手振り。言うなれば綺麗な記憶ばかりを死に物狂いで手繰り寄せていた。それは他でもない、本当に経験したはずの、自分の中だけにある確かな記憶だ。

 

 悲しい事に、俺には汚い記憶もある。誰だか分からない手垢の付いた……本物なのか或いは幻か、線引きが非常に曖昧な記憶だ。そういう類いの情報に限って妙に心地よくて、どうも始末に困る。


 その刹那、手の届きそうな距離で敵か味方か、どちら側とも分からない重砲弾が炸裂し、鼓膜を駄目にする。

 伏せていた体に悪意にまみれた爆風が容赦なく襲いかかり、降り注ぐ砂利は鉄兜をカンカンと鳴らした。


 ふと見上げた空は、束の間の荘厳な雲漏れ日を最果ての地にもたらすのだ。


 ……なんと純粋で、美しくも残酷な世界なのだろう。


 思わず感涙してしまうが、埃が眼に入った反射なのかどうか最早、自分でも判断が付かない。


 俺の意識は徐々に朦朧となって、気味が悪いほどの喪失感に酔いしれるしかなかった。






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