ジョブチェンジを繰り返し、最弱から最強へ
越冬の座布団
第1話 新人講習
やりこめるゲームがこんなにも少ないのはなぜだろうか。
アイテムを集めたいわけじゃない。図鑑を埋めたいわけじゃない。最強の敵を倒したいわけじゃない。
ただ、主人公を最強にしたい。
主人公を育てる過程を楽しみたい。
レベルが上がる喜び。ステータスが上がる喜び。
ラスボスなんていらない。仲間キャラなんていらない。
なぜそんなゲームが少ないのだろう。
なぜ、ジョブの数があんなに少ないのだろう。なぜ、数百時間程度で主人公を最強にできてしまうのだろう。
プレイヤースキルを上げることが目的な訳じゃない。
レベル上げがしたいだけなのだ。
そんなゲームは、ないだろうか。
男の40年以上の人生で探し続けたのにも関わらず、そんなゲームには出会えていない。
男は求める。レベル上げという作業を。
そんな男は今もマウスを動かしている。
自分が求めるゲームに出会うために。
日課であるゲーム探しを続けること二時間。
パソコンの画面には、期待出来ない文字が表示されている。
『ジョブの数は史上最多! 究極のやり込み作業ゲー!』
今までに何度も似たような文章に踊らされた。やり初めは楽しい。
しかし数百時間程プレイすれば、主人公を限界まで強化できてしまう。
男は無表情で、ダウンロードと表示されたボタンをクリックした。
今回も期待などしていない。
表示に従いキャラクターエディットを進める。
ルイス・キング・ロイドミラー
白人で金髪金目の二十歳の青年。
男が小学生のころ、初めて必死になってプレイしたゲームの主人公だ。
今ではキャラクターエディットがあるゲームの場合、全てこの設定にしている。
理由は特に無い。あったとしても忘れている。
男は無表情のまま、ゲームスタートと書かれたボタンをクリックした。
クリックした瞬間、男は初めて感情をあらわにした。
信じられないという表情である。
なぜならパソコンの画面に、信じられない表示がされていたからだ。
『ダウンロード購入 45000円』
「たっか」
男は数分思考した後、購入ボタンをクリックした。
確認画面が表示される。
『警告です。1度進むと、2度と戻れません。本当によろしいですか?』
男は購入ボタンをクリックした。
この日、1人の男の夢である命をかけた「やりこみ」が始まった。
ーーーーーー
冒険者ギルドの中では太鼓の音が鳴り響き、いつもより多くの男女の笑い声が重なっている。
それもそのはず、この街のほぼ全ての冒険者がここに集まっている。
なぜなら今日は冒険者ギルドの新人講習だからだ。
仕事熱心なベテラン冒険者でさえも仕事の依頼を後日にずらし、併設された酒場で優秀そうな新人に目星をつける日だ。
パーティーに前衛が不足していれば前衛として優秀になりそうな者を。後衛が不足していれば後衛として優秀になりそうな者を。
冒険者の卵とはいえ、まだ子供にしか見えない者が圧倒的多数を占め、周りのベテラン冒険者たちの視線に多少の怯えも入り、所在無さそうにキョロキョロとしている。
そんな若者たち一人ひとりに声をかけ、新人講習の部屋に案内している受付担当の者たち。
今日はいかに優秀なベテラン冒険者であっても、目当ての若く美しい受付嬢に仕事の邪魔だと冷たくあしらわれる。
今日だけは新人が主役なのだ。
そんななか、ひときわ不安そうに目をキョロキョロと動かしている若者がいる。
グループで来ている訳でもなく、唯一1人での参加。
多くの新人は幼馴染などと一緒に登録するため、新人講習に1人で来るのは珍しい。
そんな1人ぼっちの新人にも、冒険者ギルドのベテラン職員は流れ作業のように声をかける。
「新人さんですね? こちらへどうぞ」
「え? あ、はい」
「緊張しなくても大丈夫です」
「あ、すみません。ところで、ここはどこですか?」
新人の意味の分からない問いに、受付嬢は少しの間をおいて答える。
「冒険者ギルドで合っていますよ。ここに来るのは初めてですか?」
「…冒険者ギルド?」
冒険者になろうとする者にはいくつかの種類がある。
ひとつは戦闘に自信がある者。この理由が多数を占める。
ふたつめは賢い者。家業を継いだりどこかに雇われて従業員として働いても明るい未来は無いと気づいてしまい、冒険者で成功する算段を初めから持っている者。
みっつめは厄介者。素行や態度が悪かったり、近隣の村で口減らしとしてこの街に移住するしか無い者。
よっつめはバカ。訳もわからず周りの言うことを聞いているうちに気づいたら冒険者登録をしている者。
受付嬢はバカの類だろうと判断し、目の前にいるバカの案内を始める。
「とりあえず付いてきてください」
「え? あ、はい」
返事がいかにもバカっぽいと思いながら、普段は会議室として使われている新人講習の会場に先導する。
歩いている間も、受付嬢に話しかけようとしてはやめるという雰囲気を察知しながら一度も振り返らず、もうすでに冒険者になる新人が揃っている新人講習の会場に入る。
「新人講習の部屋です。そこの水晶に触れてください」
「え? あ、はい」
受付嬢は丁寧な物腰と口調を崩さず、他の新人たちに比べて圧倒的におどおどしている新人に鑑定の水晶に触らせ、名前を表示させる。
「はい、ルイス・キング・ロイドミラーさんですね。そこの席に座ってお待ち下さい」
「うえ? ルイス?」
「はい、ルイスさん、座ってお待ち下さい」
受付嬢の「いいからささっさと座れ」という空気を敏感に察知し、ルイスは指定された席に座った。
「あ、すみません」
「では、失礼します」
「あ、はい」
受付嬢はルイスが席に着くのを確認すると、素早く退室した。
「ギルド長」
冒険者ギルドにあるギルド長の部屋。
その部屋で書き物をしていたギルド長は突然後ろから声をかけられ、一瞬ビクッとしたが平静を装う。
ギルド長の正面にある扉は閉まったままだが、いつものことだ。
「ギルド長、お話があります」
「…なんですか?」
「名字を持っている新人が来ました」
「そうですか。名前は?」
「ルイス・キング・ロイドミラーさんです」
「ルイス・キング・ロイドミラーですか。聞いたことはありませんね」
「身分の高い方であれば、失礼があってはいけません。今日の新人講習の講師補助は私が行います」
「分かりました。私は何かするべきでしょうか?」
「講師として動いて下さい」
「分かりました」
そんな会話から数分、本来であれば現役の冒険者が講師を勤めるが、今回はギルド長が講師を勤める新人講習が始まった。
本来講師を務めるはずだったベテラン冒険者は、仕事をすることもなく依頼料が支払われたため、ごきげんな様子で酒の席に合流した。
研修室に集まった新人の数は11人。
しかし、ギルド長の心情的にはルイス1人に向けて説明を行っている。
基本的な事でも1つ1つ丁寧に。
まず、この街の中には4つのダンジョンがあること。
ジョブシステムの仕組み。
冒険者ギルドの利用方法。
そして、ダンジョンの攻略方法。
本来であれば、冒険者の新人講習は簡単な説明で終わる。
常識として皆が知っている事であるためだ。
近隣の村出身であってもダンジョンの存在は知っているし、簡単な補足説明くらいで十分であることがほとんどだ。
しかし、ルイスは何も知らなかった。
「知っての通り、この街には4つのダンジョンがあります」
「ダンジョン?」
「ダンジョンとは、魔物を生み出す危険な存在でありながら、恵みでもあります」
「魔物?」
「ま、魔物とは・・・」
というように、ルイスは子供でも知っていることを、何一つ知らなかった。
そのため、普段なら5分で終わる最初の説明に二時間もかかってしまった。
ルイス以外の新人達はもう説明に飽き、仲間同士で談笑している。
「これで説明を終わります」
「あの、質問してもいいですか?」
ギルド長は笑顔を崩さなかったが、ルイスの後ろに座っている新人達はげんなりとした顔でルイスを見ている。
「ではルイスさんだけ残って、他の参加者は次に進んでもらいましょう」
ルイスの後ろから、やっとかよという声が聞こえる。
ギルド長もさすがに、これ以上知っている事を延々と聞かせるのは可哀想だと判断し、新人達を解放した。
新人達が退室したのを確認し、ギルド長がルイスに笑顔で語りかける。
「では、質問をどうぞ」
ルイスは何時間もかけて説明を受けた。
貨幣や倫理観などの一般常識はもちろん、この世界の人々が当たり前だと思っていることすらルイスにとっては初めて知る知識だ。
言葉を変え、同じような内容を何度も繰り返し質問した。
同じ内容でも聞き方を変えれば答えも変わる。ルイスはその微妙なニュアンスの変化すら聞き漏らすまいと必死に質問を繰り返す。
疲労困憊のギルド長を前にして、ルイスはこの世界に対する自分なりの結論を出した。
この世界は、剣と魔法の世界である。
この街は世界有数のダンジョン都市であり、4つのダンジョンを保有している。
ダンジョンにはE~Sまでの6段階の難易度があり、
この街のダンジョンの難易度は、D、C、B、Aの4つがある。
ステータスがあり、その上昇で強くなる。
ステータスは8項目あり、HP、MP、力、丈夫さ、魔力、精神力、素早さ、器用さがある。
HP 最大HP
MP 最大MP
力 物理攻撃力
丈夫さ 物理防御力
魔力 魔法攻撃力
精神力 魔法防御力
素早さ そのまま素早さ
器用さ 加工などの生産職に補正
スキルもあり、スキルはジョブレベルが上がると獲得できる。それ以外の方法では獲得出来ない。
スキルはMPを使い、1つの動作を行うことしか出来ない。
剣術などのおおざっぱなスキルは無く、回転切りなどのスキルがある。
スキルにレベルは存在しない。例としては、ドラクエ方式のスキルシステムである。
この世界にはジョブというものがある。
ジョブの種類はどれくらいあるのか多過ぎて分からない。
ジョブには1つ1つ転職条件が定められており、転職条件が分かっていないジョブがほとんどを占めている。
下級職は「剣で戦う」などの行動に関する転職条件だけだが、
上級職は行動に対する一般的な転職条件に加えて、下級職のレベルを30レベルにするなどの特殊条件がある。
転職条件を知る方法は無い。下級職のようにありふれたジョブであれば、周知の事実になっていることもある。
新しいジョブに転職した場合、ステータスが下がるということは無く、単純に上乗せされる。
「もう十分ですか?」
「はい、長々とすみません。今のところ新しい疑問はありません」
「それは良かったです。では早速ジョブチェンジをしてみましょうか」
「はい、お願いします」
「ここからは彼女が引き継ぎます」
ギルド長は何時間もルイスの後方に立っていた受付嬢を指し示す。
ルイスが振り返ると、ルイスをこの部屋まで案内した受付嬢が少しだけ頭を下げた。
「すみません。よろしくお願いします」
「こちらへどうぞ」
ジョブチェンジを行う場所までの移動中、ルイスは震えていた。
今まではやり込めるゲームを探していた。これがゲームならば、最高にやり込めるゲームだろう。
それが何がどうなったのか知らないが、最高にやり込めるゲームの中に自分は存在している。
これから始まるのは、人生をかけて追い求めてきた最高のゲームすら超える、最高の人生が始まる予感がする。
ルイスは歓喜に震え、笑顔を浮かべた。
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