ゴール
虫十無
ゴールテープ
それが人生のゴールなのであれば誰よりも頑張るのに。ずっとそう思ってきた。
いつだって世間には絶望してきた。その理由はきっと些細なことなのだろう。けれど私の中ではそうじゃない。いや、一つ一つは些細なことかもしれない。けれどあれもこれもと積み重なっていくとそれはもう耐えきれるものではなくなってしまう。それぞれ一つずつだって我慢しようと思ったから我慢できているものだというのに。
私の世間は狭い。けれどそれを広げられるような性格じゃなかった。だから最初に所属したグループだけが私の学校での世間で、そこの居心地が悪かったって嫌な思いをしたって他のグループに所属できるわけじゃない。それならどうやったってこの世間のまま過ごしていくしかない。
そう、この世間だけではない。多分この世間を見られていたのだろう。クラスの誰もが。他のグループを見るくらいなら誰だってするだろう。だから私なら大丈夫だと思われた。私ならそういう扱いをしても大丈夫だと。
理由には事欠かなかったからちょうどよかったんだろう。私は何もできなかったから。いや、唯一図工、美術だけはできた。それでも他が何もできなくてそちらでどういう扱いになってもいいことになっていた私が作ったもの、描いたものなんてどうなるかわかりきっている。
運動ができればあの子みたいになれたかな。勉強ができればあの子みたいになれたかな。全部だめでもあっちのグループに所属していれば平気だったかな。もしもを想像しても今は変わらない。私がいる今を変えるにはどうすればいいんだろう。
徒競走の練習。体育祭のため。嫌い、大嫌いだ。本番だけだって結果は変わらないのに。どうせ速い人は速いんだから。クラスで一番遅い私はどうせ本番でだって最下位になるのに。練習なんかして、クラスのみんなには私が遅いということがすりこまれて。どうせ晒しものになるのなら一回だけがいい。
ゴールテープを切ってみたいと思ったことはあんまりない。けれどそれが人生のゴールなのであれば誰よりも頑張るのに。ずっとそう思ってきた。
白線を引くやつ。片付けるのはそれだけ。一人でできる。先生が誰に任せても私の仕事になる。そのくらいのものになってしまった。けれどそれならそれでもいい。誰もいない時間が少しでも増えるならそれで。
片付けて一息つく。ふと床に落ちているものが気になる。ゴールテープだ。床に置くものではないだろう。近くの棚から落ちたものか。拾い上げる。思いつく。上を見る。梁のようなものが見える。できる。失敗してもいい。失敗で怪我をしたっていい。足場になるもの、ボールが入ったかご。車輪を動かないように固定する。ボールはぎっしり入っているから崩れることはないだろう。崩れて怪我をしたってもういい。多分これが最初で最後の挑戦だ。多分これ以降はやらないだろう。でも一回だけ、一回だけ挑戦してみたい。ボールに乗る。不安定だ。手を伸ばす。少し届かない。あともうちょっとだが背伸びはできないくらいの不安定さ。ゴールテープの片端を軽く投げる。引っかかる。必要なところを結ぶ。
失敗しなかった。目の前には輪。これで全部終わる。
そうしてそのゴールテープが私のゴールになった。
ゴール 虫十無 @musitomu
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