その症状、あなただけじゃないですよ
茉白
攻防
もう疲れた…本当に疲れたんだ。
今日こそ終わりにしようと思い、長年かけてため込んだ薬の準備を始めた。
所詮自分の事なんて誰にも何にも分かってもらえないことの証明が、テーブルの上に積まれてゆく。
初めはほんの些細な違和感から始まった。
急に動悸がしてじっとしていられない。
そわそわして、落ち着かない。
気持ちが不安定で不安感がぬぐえない。
とにかく眠ることが出来ない。
何を言っても誰にも分かってもらえなくて辛かった。
結局インターネットで症状を調べ、7日目にやっと心療内科の門を叩いていた。
先生はとても優しく、分かりやすく症状について説明してくれた。
そして、たくさん薬を処方してくれた。
それらを摂取すると何だかよく眠れたし、診断書を書いてもらうと仕事にも行かなくてよくなった。
最初のうちは毎週1回、3か月後には2週に1回、
1年後には毎月1回のペースで病院へ通った。
2年もすると仕事に戻れるほどには回復した
もちろん薬を飲まずにいられるほどではなかったが。
処方される薬はもちろんインターネットで検索した。
効き目が強そうなものから弱そうなものまで多岐にわたった。
飲まないと眠れない、眠れないと仕事にならない、仕事が出来ないダメな自分。
自分を否定して落ち込み、眠れないから薬を飲むの繰り返しだった。
先生はいつもたくさん薬を出してくれた。
何故だろう、いつからか内緒で少しづつ薬を抜くようになった。
毎日、1回に1錠ずつ、こっそりと。
空き瓶に溜まってゆくそれを見るのが楽しみだった。
先生を出し抜いているようで面白かった。
5年も経つと、それは結構な量になった。
「仕事が手に着かないんです。」
「夜眠れないんです。」
「訳もなく涙が止まらないんです。」
毎回それらしいことを言って薬を処方してもらった。
「疲労をためすぎないで。」
「自分に優しくしてあげなさい。」
「周りに頼っていいんですよ。」
優しい先生は気付ず、あれこれと薬を処方してくれた。。
最後の為に買っておいたウィスキーをコップに注ぐ。
「ゴールが自殺なんて、つまんない人生だったな。」
そう思いながら一気に流し込むと、喉が焼ける様に熱くなった。
ああ、まだ生きてると感じる。
テーブルの上のカラフルな薬に手を伸ばすと、若干手が震えている。
「まだこの世に未練があるのか?」
自分に問いかける。
朝早く起きなくてもいい、バカな上司の下で働く必要もない、
面倒な事は何にもしなくていい、無になるんだ。
自分を鼓舞していることに気付き、思わず自分に苦笑する。
その刹那、先生の言葉が思い浮かんできた。
「頑張らなくていいんですよ。」
ああ、そうか。
頑張らなくていいんだ。
疲れたのなら立ち止まって休めばいいんだ。
そんな簡単な事も忘れるくらい、重く重く疲れていたのだと感じる。
テーブルの上の薬を瓶に戻し、今日の分の薬を水で流し込む。
ウィスキーのせいか、やけに早くに睡魔に襲われる。
眠ってしまう前に、急いでバカな上司にメッセージを送る。
「申し訳ありません。体調不良のため明日は休暇をお願いします。」
これで明日も大丈夫。
明日は今日よりいいことを願いながら眠りについた。
その症状、あなただけじゃないですよ 茉白 @yasuebi
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