料理で形は気にすんな!
田村サブロウ
掌編小説
休日の昼のこと。
彼女の家に招かれた大学生のミノルは、腹をすかせながら道中を歩いていた。
なんでも今回の自宅デートにて、ミノルの彼女のアイカが手料理を食べてほしいとミノルに予告してきたのだ。
「楽しみだなぁ、アイカの料理。やっぱり、彼女の手料理ってのは彼氏なら通る道だもんなぁ」
内心の嬉しさを隠さず、ミノルは口元がにやけていた。
実は最初、親しき仲にも礼儀ありということでミノルはアイカの提案を遠慮した。だが妙に勢いづいたアイカの熱意に押されて、じゃあお言葉に甘えてとミノルはアイカの手料理の案を呑んだのだ。
本心ではアイカの手料理を食べたいと思っていたゆえに、ミノルの期待値は大きかった。
そんなウキウキ気分を維持したまま、ミノルはアイカのマンションに着いた。
ロビーのオートロックドアを開けるため、操作盤からアイカの部屋番号をコールする。
「おっす、アイカ! ミノルだよ! ただ今、着きましたぞ~い!」
呼び鈴を鳴らして、少しばかりおどけてミノルは自分の存在をアピール。
「ミ、ミノル!? だめ、帰っ……いや、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ。い、いらっしゃいミノル!」
アイカの歓迎の直後、仰々しい機械音とともに両開きドアが空いた。
「な、なんか意味深なこと言ってたな……まぁ、レッツラゴーだ」
やたら追い詰められていたようなアイカの声色は気になるが、とりあえず入ることを許可されたのは確かだ。
ミノルはアイカの自宅に向かった。
* * *
「ああ、なーるほどな」
アイカの自宅にて差し出された料理を見て、ミノルはアイカの事情をだいたい理解した。
「うう……ぜんぜん、上手くいかなかったよ。ニラ玉を作ろうとしたんだけどね?」
自分の料理の出来に、アイカはしょんぼりと沈み込んでいる。
黄色と緑の塊がミノルの前にあった。
卵焼きの形にしようとしたのだろうか? その痕跡と思われる、巻いたような形が残っていた。
卵の中には一口大に切られたニラが大量に入っている。ミノルとしては好みにあう食材だ。まったく問題ない。
もしアイカが問題にしているとすれば、それは――
「なぁアイカ。もしかして、形が崩れているのを気にしてるのか?」
「うん。ものの見事にぐっちゃぐちゃ」
アイカの言う通り、ニラと卵でできた塊はスクランブルエッグのように形崩れしていた。
おそらく、ニラを入れすぎたのが原因だろう。ニラの重みに卵焼きの強度が耐えられなかったのだ。
それでも途中までは上手くいっていた巻き跡があるだけに、アイカのくやしい感情が伝わってくる。
「ひどい出来でしょ? 食べたくないなら、別に捨てても……」
「しないよそんな事! ただ、贅沢を言うならマヨネーズが欲しいかな。無いならいいけど」
「そ、それくらいなら」
アイカは冷蔵庫からマヨネーズを出してミノルに渡した。
それをミノルは受け取ると、さっそくアイカのニラ玉にかける。
アイカが緊張しながら見守る中、ミノルはニラ玉のかけらを箸でつまんで一口食べた。
「うん、美味いよこれ!」
塩コショウの効いた味に、ミノルは絶賛を飛ばした。
「ほ、ホント!? 良かったぁ!」
「アイカ、もしかして料理は今回が初めて?」
「うん、実はそう。子供のころはお母さんの手伝いとかで少しだけやったんだけど、完全に一人で作るのははじめて」
「へぇ、そっかぁ。アイカも食べなよ、自分で作った料理なんだから」
ミノルとアイカを、わきあいあいとした雰囲気が包みこむ。
こうして二人のはじめての手料理デートは、少々イレギュラーはあったが、大成功と相成ったのだった。
* * *
余談。
調べてみればわかると思うが、中華のニラ玉は別にニラが入った卵焼きを指す料理ではない。
しかしニラと卵焼きの相性自体は良い方で、刻んだニラを入れた卵焼きのレシピはネットに存在する。
気になる方は検索して作ってみてはいかがだろうか?
料理で形は気にすんな! 田村サブロウ @Shuchan_KKYM
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