第6話・イカれた男

「父さん、この人は……」

「コイツは俺の昔の仲間、ラーガってんだ」

「よろしくな、ソルちゃーん」

 華奢なイカれたおっさんは俺に挨拶してくれた。

 何か怖いけど、俺も挨拶はしておこう。

「よ、よろしくお願いします」

「何だ、ちゃんと挨拶できるんじゃねぇか。流石アルハスの息子、ウチの部下とは育ちが違うわ!」

「自慢の息子だからな」

「だろうな。見りゃ分かる。けど良いんだな? コイツをどう料理しても」

「あぁ。頼めるのはお前しかいないんだ」

「そうか。どうなっても知らねぇぜ! 俺は手加減が下手くそだからな! この間も部下をうっかり一人殺しちまったばかりだ!」

 部下を殺した……?

 大丈夫なのかこの人は……。

 アルハスの仲間って事は、元聖騎士か。

 何か、聖騎士のイメージが警察よりヤクザっぽくなってきたぞ。

「ソル。これから一週間後の決闘まで、コイツの師事を受けろ。今のままじゃ、エルバには勝てない」

「あの、その前に。エルバはそんなに強いの? 父さんも母さんも、随分と焦ってたけど」

 アルハスはまた暗い顔になった。

「エルバは、奇跡の眼を授かった子供だ」

「奇跡の眼……?」

「天眼とも呼ぶ。生まれつき神に選ばれた子供が持つと言われていてな。普通は片眼なんだが、あろう事か、エルバはそれを両眼に持ってるんだよ」

「それに何の意味が……?」

「人によって様々だ。魔力が見えたり、筋肉が透けて見えたり……。中には未来や運命が見えるなんて奴もいるくらいだ」

「へぇ……」

 未来と運命は違うのだろうか。

「エルバは未来が見える眼と、世界を解読する眼を持っている。アイツと戦えば、常に先手を打たれて、こちらの手の内は常に読まれ続ける。大人でも勝てない奴は勝てない。俺はまだ力押しできるが、その内必ず負けるだろう」

「ソルちゃん、面倒なのに絡まれちまったなぁ!」

 イカれたおっさんは口でそう言うが、滅茶苦茶テンション上がっているように見える。

「つまり、僕が何をしようと、エルバは全部対処してくるって事ですか?」

「そういう事だ。勝つ方法は、読まれてもゴリ押しするしかないってこった」

 ゴリ押しか。

 強いボスを倒すのに、案外有効だったりするのだろうか。

「そこでラーガの出番だ。コイツは手札が多いからな。色んな攻撃に対処できる。コイツの攻撃と防御を力技で押し返せれば、エルバに力負けする事も無いだろう」

「そういうことだ。さぁ早速始めようや!」


 俺がちょっと待てと止める隙もなく、首根っこ掴まれ庭に投げ飛ばされる。

 一瞬にしてその距離を詰められ、蹴りを喰らう。

 この野郎、四歳のガキ相手に容赦無しか!

 俺は魔法を使って攻撃する。

 詠唱が無い分、その隙は短縮される。

 まずは水鉄砲で牽制する。この威力だ。当たらなくても十分なフェイントになる。

 続いて土で段差を作る。あわよくば引っ掛かれと思ったが、ノールックで跳んで避けやがった。

 しかしこれは好機!

 火魔法と風魔法の種を両手に展開。それを重ねる。火に空気を送り込みさらに強く燃え上がらせる。魔力を注ぎ込んで、風の膜を作り、火の熱を圧縮する。

 火は青く、いや、もはや白まで行って、静かに燃え続ける。

 完成だ。初歩の第一魔法のみで、ひたすら魔力と融合の工夫で生み出した、俺だけの魔法。

「これぞ白炎! 特訓の成果です!」

 直球なネーミングセンスには目を瞑っていただきたい。

 種はできた。種があればデカい魔法も何発か放てる。

 あのおっさんは強い。

 一度も武器を抜かない上、ノールックで俺の攻撃に反応できる。

 水鉄砲も土変形も、白炎を作る為の時間稼ぎ。

 この男ですら初見であるこの白炎がある内が、俺が奴とやり合えるタイムリミットだ。

 第一、第二魔法は全て無詠唱でいける。

 しかし勝つ方法が力押しなら、早出しよりもしっかり溜めてぶち抜いた方が良いだろう。

 白炎の種は、まだ詠唱が必要な第三魔法を短縮する為の準備だ。

「いきます、ラーガさん!」

「良いぞ! 来いや!」

 俺は白炎に魔力を注ぎ込み、詠唱を開始する。

「勇猛たる火の精霊よ! 烈火の如き怒りを、業火の如き裁きを! この地に息吹く全ての命を灼き尽くす、破壊の限りを! この声に応え示すが良い! 業火弾!!」

 業火弾。巨大な火の弾を撃ち出す魔法。

 白炎の種があるから、その破壊力は数段上がっている、らしい。

 本当はこの前に、火よ我が声に応え灯火を、我らの心にあかりを、という詠唱がある。これが第一、第二魔法の詠唱である。

 俺はこの部分を短縮し、いきなり精霊に呼びかけることができる。魔法の種を準備しているので、第一第二で起動する必要が無いのだ。

 魔法には各段階にテーマが用意されている。

 第一から第五まである。

 それぞれ、創生、発達、破壊、再生、神格となる。

 第三段階は破壊がテーマであり、ここが攻撃魔法としては最大の領域である。

 第四、第五以降は攻撃手段としては使いにくい。結界を作るなどの空間に影響するタイプの魔法になっていく。

 ちなみにこの第三段階の火魔法。

 こんな庭で使えば家どころか近隣の畑まで焼いてしまいかねない。

 だが俺は使った。ラーガはきっとこれを打ち消してしまうだろうという確信があったからだ。

「ヒーャハッハッハ!!!」

 ラーガはこっちが恐怖すら抱くような高笑いを上げて、その武器を抜いた。

「大蜘蛛の捕食ゥ!!」

 何だそりゃ。魔法か?

 ラーガの武器が光った。

 見れば、奴の背後に巨大な蜘蛛が見える。

 その蜘蛛は高速で糸を展開し、何重にも重ねる。

 そして出来上がったのは、巨大で、かつ分厚い、蜘蛛の巣の壁だった。そして、その壁で業火弾を受け止めた。

 業火弾の勢いは止まらない。一つ一つ蜘蛛の巣を焼いて進んで行く。

 しかし蜘蛛の巣を焼くごとに威力は下がっていっている。

 残り三枚、二枚、一枚……。

 最後の蜘蛛の巣が焼き切れたところで、かなり威力の落ちた業火弾がラーガに直撃し、ふっ飛ばした。

 しばらく転がった後、スッと起き上がった。

 しばらく考えた後、ラーガは笑ってこう言った。

「これで四歳か! 確かにアルハスが褒めるわけだな!」

 そしてしばらくした後。

「まぁ、エルバには勝てんだろうけどな」

「でしょうね」

「何だ、自分で分かっとるのか?」

「父さんの話を信じるなら、エルバはそもそも僕が魔法を使う前に殺しに来るんじゃないですか?」

「その通りだ。そもそも天眼持つような奴が、その活かし方を考えんはずがない。断言しても良い。お前の手は、決闘前にエルバに見破られる。そして、それだけの力を持つお前を殺すほどの力を、エルバは持っている」

 天眼を持つ者は精神の発達が異常に早いという。場合によっては、一日の中でクソガキからジェントルマンにまでなってしまう者もいるのだとか。

 あのエルバの人格が変わった瞬間、エルバがそれこそ成人並みに成長したのなら、奴は、俺を無詠唱を使わせる間もなく殺せるのだろう。

「てことは、やるだけ無駄ですか」

「いや、そうでもない。母親だけじゃない。お前には、立派な師匠がもう一人じゃねぇか」

 ラーガの視線は、父アルハスに向いている。

「武器術を覚えろ、ソルちゃん。お前の魔法の力を最大限引き出す為に、近接で戦えるようになれ!」

 エルバは魔法の天才。

 しかし、武器術の師はいない。

 奴はまともに近接では戦えないのだ。

 俺が近接で戦えるようになれば、それが奴にとってのイレギュラーになる。

「分かりました。僕、頑張ります!」

 こうして、俺とアルハス、ラーガによる特訓が始まった。

 この後、中身的に年甲斐もなく泣かされる事になるのは、まだ先の話。

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