第4話・ドラ息子

 大木をぶち抜いたあの水鉄砲。

 あれの原因が分かった。

 俺はこれまで力を出すばかりで、抑える練習をしていなかったのだ。

 魔法に魔力を足し続ける事はしていても、そこから引く事をやっていなかった。

 この世界の魔法は、その難易度に関わらず、魔力を込めれば込めるだけ威力が上がる。

 魔法の解除肉抜きは確かにやったが、あれは魔力を減らしたのではなくガワを取っただけだ。

 木剣を一瞬で炭にする高温の火を構成していた魔力を、そのまま水鉄砲に変換したのだ。

 相応の威力が出るはずだ。

 しっかし、素手でこれだけの威力か。剣があったらヤバかったな。


 魔法には大属性と呼ばれる物がある。

 天と地だ。

 そこからそれぞれ派生した二つの小属性。

 合計四つ。

 火、風、水、土。

 それがこの世界での属性だ。

 大属性はそのまま大属性と呼び、小属性は属性と呼ぶらしい。

 天は火と風を。

 地は水と土を。

 それぞれ世界に与えたとしている。

 火は文明の始まり。

 風は運命の始まり。

 水は生命の始まり。

 土は世界の始まり。

 水が無ければ生命は生まれず、土が無ければ生命は続かず、風が無ければ生命は生に意味を見い出さず、火が無ければ生命は発展しなかった。

 これは何となく分かった。地球の発展と似ているのだ。

 この四属性、どれか一つでも欠けていれば、どんな世界でも人類、生命は存在できなかったのだろう。

 そして、集落を見れば、そこはどんな属性が祀られているかすぐに分かるらしい。

 例えば俺の住む村、作物を育てる農村なら水と土だろう。

 商業街なら火と風か。

 港なら水と風。

 鍛冶街なら火と土。

 といった具合に、属性というのは人々の生活の構成要素だ。

 持っている属性というのは生まれつき決まっているらしい。魔法を持ってる持ってないに関係なく。

 例えば、父のアルハスは風。彼の場合は剣で戦うので属性はいらないと思っているようだが、彼の得意とする強化魔法は、風属性に引っ張られた特徴を持つ。

 魔力が振動して、ノコギリのようになっている。それは細胞を完全破壊しながら敵を斬る能力があるらしい。大抵は剣で斬られても回復魔法で治せるようだが、アルハスがその剣で斬ると治せない事もあるらしい。

 ちょっと待て。てことは何か? 息子が治らない傷を負うかもしれないような魔法を使って指導してたって事か?

 とんだ恐ろしいバイオレンス親父の事に震えたが、それは置いておこう。

 俺の持つ属性は分からない。

 火も使えるし、水も使える。かと思えば風も土もいけた。

 ナリア曰く、使えない事は無いらしいが、強力な魔法は持っている属性しか使えないとの事だ。

 俺が使ったのはただ魔法を出すだけのそれだ。攻撃やら生活やらに利用する程の技術は無い。

 それだとしても、魔力を込めるだけで簡単に人を殺せるようになる力だ。

 もし用途が明確になったらどうなってしまうのか。

 考えただけで恐ろしい。

 俺は足す練習と同時に引く練習もする事を決意した。


 一年かけて魔力の制御を覚えた。

 どこまでやれば物を壊すのか、どこまでやれば安全に生活に利用できるのか。

 とにかくトライアンドエラー。

 その過程で野菜を消し炭にしたり、家の柵を隣町までふっ飛ばしたりもした。

 その度に両親には迷惑をかけてしまったな。

 大人になったら、ちゃんと親孝行しよう。

 近所の子供も大きくなった。

 それに伴い、少し外出すると、絡まれる事が増えた。

 俺は普通の子供よりは外に出ることも少ないので、四歳にして初めて同年代と出会ったのだ。

 ここら一帯を取り仕切っている(気分になっている)連中からすれば、どこ中じゃワレ、誰の許可得て歩いとんねん、だ。

 どうやら絡んでくる内の一人は何年に一度かの天才だと言われているそうだ。

 親は村長だそうで、まぁなんだ、実力は確かだが、親の権力に胡座をかく子に育っちまったらしい。

 家に居すぎるのもあれだと思って俺がたまに散歩していると、数人で集まって俺に泥を投げつけてくる。

 魔法が他よりちょっと上手いからと調子に乗っているようだ。

 中身が若造とはいえ大人なので、それくらいの事ではなんとも思わない。

 むしろ微笑ましい事じゃないかと思って、気にせず歩く。

 それが面白くないらしい。


 それを数ヶ月程続けていると、いよいよ物理的手段に出てきた。

 俺の行く道に立ち塞がる。

 所謂、ていうか、そのまんま通せんぼだ。

「ハァ……。あの、泥を投げてくるのは良いんですけど、流石に立ち塞がるのは勘弁してください」

「あァン? お前誰に向かって口聞いてんだ? 僕は村長の息子だぞ? 偉いんだぞ?」

「偉いのは村長であって君じゃないでしょ。大体、偉い人が何で泥を投げるなんてみみっちいイタズラしてんですか。もっと、服を燃やすとかしたらどうです」

「みみ……? お前難しい言葉知っているんだな!」

 みみっちいが通じない!

 え、子供だから? それとも、この辺には無い表現なのか?

「馬鹿かお前! 服を燃やすなんてことしたらお前が火傷しちゃうだろ! そしたらイタズラがバレて怒られるだろうが!」

「泥投げて服を汚しても怒られるでしょうよ……」

「でもお前服を洗って帰るだろう? そしたら僕がイタズラした痕は無くなるだろう!」 どうやらそこらへんのラインは考えているらしい。

 相手から消す事ができないような傷は残さない、と。

 俺が服を洗って帰って、「濡れてるじゃない! 何かあったの?」と聞かれようと、何も無いとしか答えられないに違いないと。そういう風に見えているのだろうか。

 実際そうなんだけど。別に嫌と言うほどのイタズラでもないから放っといただけなんだけど。

 しかしなるほど、どうやらこの村長のドラ息子は取り巻きに比べたら少し賢いらしい。

 興味が湧いた。どれ、一つ脅してやろう。

 俺の水鉄砲を見た後、コイツはどんな反応をするかな?

 俺は無詠唱である程度の魔法までは出せるようになった。

 昨年の大木をぶち抜く威力の水鉄砲程度なら、詠唱無し、触媒武器無しで一瞬で出せる。

 が、それだとコイツらを殺しかねないので、流石に加減する。

 バケツの水を個室トイレの扉の上からかけられた時程度の威力だ。

 子供のコイツらでも余裕で立っていられる事だろう。

 水を顔面にぶっ掛けてやる、と、ドラ息子と取り巻きはハトが豆鉄砲喰らったかのような顔をして固まっていた。……喰らったんだから文字通りだな。

 流石にこれは予想外だ。

 尻持ちつくでも、こんなものかと威張るでもない、固まるって。

 やがてハッと意識を取り戻し、俺の方に目の焦点が合った。

「オ、オマエ、マ、マホー、ヲ」

 かと思ったら片言になっていた。

 勢いでずっこけてしまった。

「な、何を驚いているんですか。君が使えるんだから、当然他に使える人だっているでしょう」

「いや、だって、えぇ……?」

 何だ? この反応は何だ?

 魔法を使う。

 この世界では当たり前の事だろう。

 現に村人達も魔法を使って一部農作業を補っている。

 それとも何か? コイツは魔法を使えるのは自分だけだとでも思っていたのか? それとも、周りからそんな風にチヤホヤされていたのか?

「あの、さっきから何です? その反応」

「む、無詠唱、だな?」

「え?」

「お、お前、今、詠唱しなかったな!?」

「あ、はい」

「何だ? どうやった?」

「ど、どうって、詠唱の意味する物を頭で思い描いて、魔力を自分でコントロールして、ですけど」

「意味する物とは何だ?」

「意味……。例えば、さっきのなら、バケ……桶の水が相手にかかるような感じ、です」

「ふむ……」

 ドラ息子は少し考え込んだ後、俺に言った。

「お前の名は何と言う?」

 名を聞かれた。

「ソ、ソロバルト、です。普段はソルと呼ばれています」

「ソルか。僕はエルバという」

 ドラ息子、エルバは名乗った後、俺に向かって腰にぶら下げていた杖を突き付けてきた。

「お前に、決闘を申し込む!」

「……は?」


 俺、四歳にして、五歳から決闘を申し込まれる。



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