結婚は人生のゴールなのか

鈴木怜

結婚は人生のゴールなのか

『果たして結婚は人生のゴールなのか、ゴールではないのかっ?』


 ソファに座り、テレビのチャンネルを弄っていた私は、その陰に気づかなかった。


「そんなものを見て、一体どうしたのさ?」


 苦楽を共にしてきた人生の相棒が、私に話しかけてきた。


「ただ単に暇なだけさ」


 私はリモコンのボタンを押した。野球中継に切り替わる。夜の情報番組に切り替わる。ドラマへと、バラエティへと。足元の袋など気にせずに。

 そうしてチャンネルが結婚は人生のゴールなのかとのたまった局に切り替わった。一周したのだろう。私はため息をついた。


「見るものがない」

「何か音楽でもかけようか」


 相棒が提案する。私はそれに「いいね、それ」と答えた。


「じゃあ、B'zのRUNでもかけてくれ」

「……なして?」

「今日はそういう気分なんだ」


 はいはい、と相棒が部屋に備え付けられたCDラックへと向かう。ほどなくして相棒は銀のジャケットを取り出した。


「今日は銀盤ベスト盤の気分じゃないんだが」

「……これ以外にあんの?」

「アルバムタイトルになってるから」


 我ながら、面倒くさい注文だと思う。

 でも、今日はどうしてもそっちが良かった。

 部屋の片隅で、もぞもぞと音がする。


「……これ?」


 やがて、相棒はシンプルなジャケットを見せてきた。

 二人組の写真とロゴ、そしてアルバムタイトルだけのジャケットを見て、私は頷いた。


「そうそれ」

「分かった。かけるよ」


 オルガンの音からアルバムが始まった。

 相棒が私の隣に座る。袋の存在に気が付いた彼は、中身を確認してゆっくりと息を吐いた。


「どうしたんだよ、それ」

「たまにはいいと思わない?」


 私は中からシャンパンを取り出して、笑ってみせた。


「今日は結婚記念日なんだから。旦那様」

「……気取ったように言うね」

「悪い?」

「いいや」


 夫が立ち上がる。そのままキッチンへ向かって、グラスをふたつ、持ってきた。


「乾杯」

「乾杯」


 ふたりしてシャンパンを飲む。さわやかな香りが口に広がった。


「そういえばさ」


 旦那が口を開く。


「どうしてRUNを聴きたくなったのさ」

「うーん……強いて言うなら、五年目だからかな」

「五年目?」

「そ」


 私は頷いた。


「私たちももう結婚して五年になるだろう?」

「そうだね」

「RUNは彼らが五年目に出したアルバムなんだよ」

「……五周年と五年目はだいぶ違わないかい?」

「まあ、それはそうだけど」


 彼が笑う。屈託のない笑みはこの五年間で消えなかった。


「じゃあ、あの銀のは?」

「あれは十周年だったかな」

「だったら、五年後はそっちをかけよう」

「今からそのときが楽しみだよ」


 私も笑った。そしてさっきのテレビを思い出す。

 結婚は人生のゴールなのか、というあの言葉を。


「……これからも、よろしく。旦那様」


 愛する人は突然告げたその言葉に拍子抜けしたような顔をしたが、やがて優しい顔をして、私に気取ったような言葉を告げた。


「こちらこそよろしく。奥様」


 結婚は人生のゴールか? とんでもない。

 愛する人と添い遂げることこそが人生のゴールだろう。

 だから、結婚は新たな生活のスタートだと、私は思う。

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結婚は人生のゴールなのか 鈴木怜 @Day_of_Pleasure

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