魔剣ゾルベーダの小休止
八川克也
小休止
巨大なホールに出ると、空気は一変した。
それまで雑多な瘴気が混じりあい混沌としていたものが、ただ一人、魔王のものと思しき純粋で強い悪意で塗りつぶされていた。玉座へと続くホールは豪華だが、どこか人間とは指向の違うまさに魔族らしい装飾が施され、そこが魔王城であることを再認識させる。
「アレね……」
背中に剣を背負う小さな少女が、奥に見える巨大な扉を見据える。人間の五倍はあろうかという巨大な扉のその向こうに、魔王が控えているのだ。
「ちゃっちゃと……と言いたいところだけど、さすがに一息入れたいなあ」
「結界を張ろう。少し休んだほうが良い」
隣の青年が声を掛け、軽く詠唱する。二人を中心に光の輪が広がり、よどんだ空気が押しのけられる。
「ありがとうお兄ちゃん!」
少女は禍々しい文様の描かれた床のラグに横になりながら、背中の剣を文字通り放り出す。少女が寝転ぶと同時にラグの外側に落下した剣がガシャリと音を出す。
『だから雑に扱うなと言っておろうが!』
剣が抗議の声を上げる。鞘から出た柄の一眼が、ギョロリと睨むが、少女は意に介さない。
「もー、ゾルベーダは魔剣なんだからちょっとやそっとじゃ壊れないでしょ」
『そういうことを言っておるのではない!』
「すみませんゾルベーダ様。フィオレ、道具はいつも丁寧に扱うように言っているだろう」
「はぁい」
『うむ……と言いたいところだが、オルフェオ、お主も巧妙に我をサゲておらぬか。我は道具ではない』
「すみません、武器ですね」
『うむ……ううむ』
ゾルベーダは釈然としないまま黙り込む。もう少し魔剣としての畏れというか尊敬というかそう言ったものをだな、とぶつくさ言うが、オルフェオもまた意に介さず座り込んだ。
「なんだかんだ大変だったよねー」
フィオレが寝転がったまましみじみと言う。
「洞窟のゴブリン倒したり、池のギガントタートル倒したり、塔のキメラガルーダ倒したり」
『お主は魔物を倒すことばかりだな……』
「そうですね、橋の通行料が足りなかったり、船に乗るためにお金稼いだり、壊したものの弁償するためにただ働きしたり」
『お主は金の……いやすまん、苦労が滲み出ておるわ』
オルフェオのため息にゾルベーダは何かを察し、少し憐みの目をフィオレに向ける。
「……ちょっと、何」
フィオレは起き上がってゾルベーダににじり寄り、鞘から抜く。赤黒い刀身があらわになった。
「さっき地下で拾われたばっかのくせに!」
『拾わ……封印を解いたのはお主だろうが』
ゾルベーダは、魔王城の地下には魔王さえ扱いきれなかった魔剣が眠っている、という情報をもとに、フィオレが見つけ出した魔剣だ。赤黒い刀身は理力と魔力の
「だいだいねえ!」
「《スリーピー》」
オルフェオの睡眠魔法にフィオレ、ゾルベーダは一瞬くらりとする。
「お兄ちゃん!」
『何をする!』
「休憩中ですよ。大人しく休んでくださいね」
正論に二人――一人と一本は黙り込む。
「代わりにフィオレが小さかった頃の話でもしましょうか」
にこやかに笑うオルフェオに、フィオレは悲鳴を上げる。
「それはやめて、お兄ちゃん!」
竜人の末裔たる少女がいた。人間と竜人のハーフであるフィオレは、まだ小さいころ母親と死別し、オルフェオに引き取られた。
心優しき青年に引き取られ、二人は慎ましく暮らしていた。だが、強い力を持つフィオレと大きな魔力を持つオルフェオは町の人々から頼りにされ、少しづつその親切は町の外へと広がり、いつしか人を助ける旅になった。
それが今や、魔王を倒すという目標になり、そのまさに直前にいた。
「そろそろ行こう」
オルフェオが立ち上がると、続けてフィオレも立つ。投げ捨てた鞘を改めて肩にかけ、剝き身で置かれて会話に参加していたゾルベーダを握る。
オルフェオが結界を解くと、また、あのしびれるような魔王の瘴気の中にさらされる。
フィオレは表情を引き締めた。
「さあ、行くわよ。あの扉の向こうがゴールだからね」
『魔王を倒すのがゴールであろう』
「私があなたを持っているんだから、ゴールも同然でしょ」
フィオレはヒュッ、と剣を一振りする。それまでにない、凛とした理力がゾルベーダに流れ込んできた。
『……違いない』
ゾルベーダは一眼を細める。
二人と一本は扉に向かって歩き出す。巨大な扉がまるで二人を迎え入れるかのようにゆっくりと開き始めた。
《了》
魔剣ゾルベーダの小休止 八川克也 @yatukawa
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