大東輿地図
高麗楼*鶏林書笈
第1話
白頭山天池ーー
目の前に広がる紺碧の水を眺めながら伯元は感慨に耽った。
「遂にここまで来ることが出来た」
彼はこれで朝鮮八道を隈なく踏査したのである。
始まりは今から二十年くらい前に遡る。
漢陽・南大門近くにある彼の家には、いつものように多くの士人が出入りしていた。
伯元自身は非士人階級で、両親は北の黄海道出身で“都人”でないが、士人階級の人々と広く交際していた。
朝鮮王朝後期になり、世の中が落ち着くと経済活動が盛んになった。非士人層でも才覚のあるものは様々な経済活動を行なって豊かになっていった。反面、士人層の中には没落し困窮する者も現れた。
余裕のある非士人層の中には、学問を始めたり詩文を創作する人々が増えていき、彼らは貧乏な士人を師匠として雇ったり、自身の詩文の作品集に序文を書いて貰ったりして、その生活を支えた。
学芸を通じて士人と非士人が身分を越えて交流するのは、これ以前にはなかったことである。
伯元こと金正浩の場合もこうしたものだった。
都で手広く商売をしていた伯元の家は、たいそう豊かだった。そのため父親は息子に学問をさせるために士人を家庭教師として雇った。
士人は高額の報酬を得られることはもちろんのこと、教え子が優秀なことにとても喜んだ。水を吸収するように教えたことをどんどん覚えていくのだから、やり甲斐を感じるのであった。
伯元が一通りの読み書きが出来るようになると師は様々な書物を教えたのだが、彼は経典や詩文よりも地理書や算術に関心を持った。
士人家の子息ならば科挙合格が目標なので経典の勉強は必須だが、伯元の場合はそもそも科挙を受けることがないので、師は本人が興味を持つ教科を教えた。
幸いなことに師は当時一部の士大夫層の間で流行していた考証、天文、地理等々の実学といわれた学問の専門家だった。
伯元は師が教えてくれた実学のうち、地理に関するものを好んだ。師はそんな教え子のために地志や地図を見せてくれた。伯元はこれらを読み理解していった。そして成人する頃には一人前の地理学者になった。
伯元の周りには地理を研究する士人たちが集まってきた。
伯元は家業のかたわら、こうした人々と地理や地図について議論した。
ある日、いつものように伯元の家に同好の士が集まった時、幾つかの地図を見ながら
「これらの地図は不正確な部分が多いな」
とある士人が言った。
「正しい地図がなければ日常生活はもちろん、国政においても支障があるだろう」
ひとしきり自国の地図の問題点についてあれこれ議論した。これらを黙って聞いていた伯元は話が途切れたのを見計らって次のように言った。
「地図というのは正確であってこそ価値があるものでしょう。私が実際に各地を巡ってこれまでの地図の誤りを正しましょう」
一同は驚いたが、彼の決心の固さを知り賛成した。
同好の士たちは測量器や杖等、旅に必要な物を贈ってくれた。
これらを持ち伯元はまず南へ下った。海を渡って耽羅島にも行った。
歩幅で道の距離を測り手持ちの地図と異なっている部分は訂正した。
このように朝鮮八道を回って訂正作業を繰り返した。その途中、何回か自宅に立ち寄ったが、そのたびに娘の成長した姿を見られることが嬉しかった。
「天池というだけあって湖の色は空をそのまま映しているようだ」
天を仰ぎながら伯元は呟いた。踏査はこれで終わりだ。だが、地図の訂正作業はこれから始まる。踏査の旅は孤独な作業だったが、漢陽の自宅でやるこれからの作業は孤独ではない。娘が手伝ってくれるだろうし、師や学友たちも協力してくれる。
彼は立ち上がった。疲れているはずなのに歩みは軽快だった。心は既に次にすべきことに向かっているためだろう。
金正浩が制作した「大東輿地図」は当時、最高水準の地図だった。だが、果たしてこの地図が実際に活用されたのかは今のところ不明である。
大東輿地図 高麗楼*鶏林書笈 @keirin_syokyu
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