九州大学文藝部・2021年新入生歓迎号

九大文芸部

歓迎文あるいは推理小説批評   作・俗物

 まずは、この冊子を手に取っていただきありがとうございます。このように謝辞から始めるのが新歓号の常道かもしれないが、今年はもはや当てはまりもしない。なぜなら、恐らくこの文章はインターネットの海に解き放たれることとなるであろうから。思い返せば、昨年度は大変な一年であった。それはおそらく受験戦争の死線を潜り抜けた読者諸氏や、オンライン授業という名のぬるま湯に浸かっていた読者諸氏の間で変わりはしないだろう。まあ、私はここでオンライン授業に噛みつくつもりはない。いつもであれば、酔っ払いの戯言を書き連ねることもあるのだが、今回は真面目に歓迎文も兼ねて、何か一論を投じてみたいと思う訳だ。


 さて、何について述べようかと考えたが、取捨選択が難しい。ここは私の趣味全開ではあるが、昨今の推理小説について思うところを述べることとしよう。まず第一に推理小説を好むファンと呼ばれる人種の皆さんには恐らく大なり小なり「名探偵」像が存在すると思われる。それは私にとっても同じである。


 しかしながら、最近の推理小説においてはそれを作品中に反映させしすぎやしないかと思う訳である。最近の小説を見ていると青い、青すぎる文章が多いのである。いや確かに、推理小説と青春小説の親和性が高いと私は考えるが、その影響だろうか。古来から明智小五郎と少年探偵団達から変わらないし、名探偵の孫や小さな名探偵だってそうだ。こういった存在する小説や漫画作品等による影響を受けているという可能性を容易に指摘することが出来る。そして、それらの「名探偵」像を登場人物たちに語らせている。重要なのは「登場人物たちに語らせている」ということであって、「登場人物たちが語っている」わけではないということだ。つまり、作家個人が自身の思想信条を登場人物たちの口を通して訴えているのである。そして、概してこうした小説においては登場人物たちが「動いていない」。こういった推理小説を読むと私は失望してしまうのだ。


しかし、それだけではないだろう。思うに、最近の小説界隈では複合的属性が求められるのではなかろうか。よくネット上で揶揄される「なろう小説」とやらもこの傾向が見受けられるのかもしれない。つまり、単一的な属性であれば薄いのである。現在の世論ではそういった薄味の古典的小説よりも独創的な味付けのキャラ小説の方が受けるのであろうか。確かにそういった傾向は二十一世紀に入って強くなったと思う。もちろん、その中には私自身が好きな作品もある。具体的には東川篤哉の作品群だが、私が好きなのはそう言った小説のキャラの属性によってというわけではない。やはり、推理小説としての魅力的な謎の提示とその解決に至るプロセス、そして与えられる驚き、こういったものに魅了されてきたのだ。それらを抜かした、単なる安易なキャラ小説が跋扈するような状況は唾棄すべきものだとさえ思うのだ。


さて、歓迎文などと掲げながらただただ最近の推理小説への不満を述べてしまった。いやまあ、語らせればまだまだ止まらないんだが。だが、誤解しないでほしい。ただ私は単に初めて名作に出会ったとき、例えば「そして誰もいなくなった」や「十角館の殺人」、「双頭の悪魔」や「殺戮に至る病」に出会ったときの高揚感を取り戻したいのだ。最近も、それを感じる作品には出会った。


 久方ぶりに読んだ推理小説の中では「屍人荘の殺人」とかは良かった。非日常的世界観における推理小説というと米澤穂信の「折れた竜骨」などが思い出されるが、それとは別ベクトルで上手い作品だった。非日常的世界観が、単なる舞台装置ではなく重要なカギとして働くところが素晴らしい。続編も良かったので更なる次作を待望している次第である。


 さて、長々と偉そうに書いてきて、どこが歓迎文なのかと問われれば、こう答えたいと思う。


「こんな口うるさい老害(先輩)を黙らせるような小説を書いてほしい」


あ、お前は書かないのかだって? 俺は所詮何も書けやしない癖にこうやって批評家面だけする、それがこの俗物という仮名の由来の一端なのだ。もう一度繰り返すが、新入生の皆さん、我々は歓迎いたします。ああ、やっぱり酔っ払いの戯言になってしまった。

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