勇者リーズと最高の朝食

南木

勇者リーズと最高の朝食

 人は、何のために強くなるのか。

 富や名誉のためか、守りたいものがあるからか、自らを高めるためか。

 理由は様々あるだろうが、勇者リーズの場合は――――


「ふっ、ふっ………ふぅーっ! まだ……まだいけるっ! でも、お腹がそろそろ限界…………かも」


 それはある冬の日の朝早く…………

 凍えるような寒さの中、夜が明ける前に目を覚ましたリーズは、いつも以上に激しいトレーニングを行っていた。

 起きてから朝食ができるまでの毎朝1時間の訓練も、常人から見れば到底不可能な訓練メニュー(太い丸太を三本背負って20分以上全力疾走するなど)だが、この日の訓練メニューはそれに輪をかけて激しいもので…………自身の体重の数倍はある大きな岩を背負ってランニングを行うリーズは、流石に苦しい表情をしていた。


「けど、もうすぐで……シェラの作ってくれる「最高の朝ごはん」が食べられるっ! そのためにも、もっともっとお腹を空かせて、たくさん食べられるようにしないとっ! はっ、ふっ……いけない、涎が止まらなくなってきちゃった」


 ただ、その辛さは疲労ではなく空腹からくるものではあったが……



「なあ、アイリーン……あれはいったい何なんだ?」

「それがね~、リーズちゃん、村長さんに「最高の朝食」を作ってほしいってお願いしたんだって~。だから~、リーズちゃんは今全力でお腹を減らしてるんだって~」

「なるほど、リーズらしいな……」

「うふふ~、でも世界の平和みたいな大きな理由を背負うより、よっぽどいいとおもうわ~。私だって村長の最高の手作りが食べられるのなら、1年分の運動をしてもいいくらいだもの~」


 見張り役の交代に来たレスカと夜の見張りを終えたアイリーンが、リーズの猛特訓の様子を遠巻きに眺めていた。

 猛特訓をしている理由を聞いたレスカは若干呆れていたが、お腹を減らすために運動をすることができるのは、この村が平和な証拠なのだなとも感じていた。


 すると、噂をすればなんとやら――――村長アーシェラが、身体に食べ物のいい匂いを纏わせながら二人のところにやってきた。


「おはようアイリーン、それにレスカさん。お仕事ご苦労様」

「よう村長、聞いたぞ。リーズさんのために気合入れて朝食を作ってるんだって?」

「おはようございます~、村長。なんでまたお夕飯じゃなくて、朝食何ですか~? まあ、私にとっては~、朝ご飯がお夕飯のようなものですが~」

「ふふっ、リーズから聞いたんだね。いや、そこまで大した理由じゃないよ。今まで豪華な食事は殆ど夕ご飯か、たまにお昼ごはんって感じだったから、そういえば朝食に本気を出したことはまだなかったなってリーズと話してね」


 アーシェラの話によれば、数日前にリーズから今までにないワクワクする朝食が食べたいとリクエストされたのがきっかけだった。


「確かに、今まで朝食はどうしてもお昼や夕食に比べると、調理にかけられる時間が限られているから、前の晩の残りのアレンジとか、無意識に簡単にできるものを選びがちだったんだ。けれども今日は、リーズにたっぷり時間をもらったし、なによりいつも以上にお腹を空かせてくれるって約束してくれたから、僕も最高の朝食を用意するために精一杯頑張ったよ! 仕込みも昨日の昼からやったし、貴重な道具も少し使ったよ」

「ああうん、やっぱり村長とリーズはこの上なくお似合いだよ」

「朝食のためだけに全力を尽くすなんて~、村長さんじゃないとやりませんよ~」

「あはは……本当にしょうもないよね」


 いくらリーズから頼まれたとはいえ、ここまで全力投入するアーシェラも、真面目そうに見えてどこかずれた部分があるようだ。

 変なところで持てる力を無駄に使いまくるのは、リーズもアーシェラも一緒だ。



 その一方、お腹を空かせるために全力で訓練していたリーズは、いよいよ空腹で目が回りそうになり、このあたりが限界だと感じ始めていた。


「はぁっ……はぁっ。おなか、すいた……。えへへ……もうそろそろ、…………あっ!!」


 もうすぐ朝食ができる時間だろうかと顔を上げたリーズは、視線の先に笑顔で手を振るアーシェラの姿を見つけた。

 するとリーズは、カッと目を見開いて、背負っていた訓練用の岩を乱暴に下ろして、一直線にアーシェラのところに駆け抜けていった。


「シェラーーーーーーーーっ!!」

「リーズ、お疲れ様。朝ご飯の用意ができて――おっと!?」

「えへへ~、ゴールっっ!! リーズ、もうお腹ペコペコでこれ以上走れないかもっ」


 これ以上走れないと言いつつ、突風のような速度でアーシェラに抱き着いてその胸に顔を擦り付けるリーズ。

 レスカとアイリーンが目の前にいるというのにお構いなしだ。


「シェラ! リーズもう我慢できない! 早く帰ろっ! レスカさんもお仕事頑張ってね! アイリーンはおやすみっ!」

「じゃ、じゃあね……二人とも!」

「ああ……村長こそ、リーズさんの面倒をしっかり見てやれよ」

「もう、見てるだけでお腹いっぱいになりそう~」


 リーズがアーシェラの手を引っ張りながら家に戻っていくのを見て、二人は改めて「空腹で走れないとはなんだったのか」と心の中で突っ込んだという。



「たっだいまーっ! さーて、どんな朝ごはんかなっ!」


 家に入る前に井戸で手を洗い、ルンルン気分で家の中に入ったリーズ。

 そこで彼女を待っていたのは…………想像以上にワクワクするものだった。


「わああぁぁぁ………っ!! す、すごいっ! まるでパーティーみたいっ!」

「ふっふっふ、僕も久々に全力全開の本気を出したよ。ここにあるもの全部、リーズの自由だからねっ」


 なんと、普段の食卓机とは別のテーブルをわざわざ引っ張り出してきて、その上に料理がたくさん並んだ大皿が所狭しと置かれている――――まさかのビュッフェスタイルだった。

 テーブルの中央には様々な形をしたパンが山積みになった籠が堂々と鎮座しており、その周りをジャムやバター、それに切ったチーズや蜂蜜などの味付けがより取り見取りに囲んでいる。


 向かって右手には主に肉類が並んでおり、その中でも目玉となるのが、まるでレンガのように豪快な長方形をしている、サイ肉のローストがピラミッドのように積まれ、その隣ではリーズの大好物のハンバーグが、これまた芸術ともいえるタワーを形成していた。

 もちろん、朝食の定番である熱々のソーセージや、様々な味付けがされた燻製があり、このためにわざわざ作った保温容器から湯気が立ち上っている。

 しかも、目玉焼きが一つのお皿にずらりと並んでいるのも見逃せない。

 ふつうそこまでたくさん食べることがない目玉焼きが、今日は食べ放題……これは想像を絶する嬉しさがあった。


 左手は主にサラダ類が並んでいて、木製のボウルには山盛りのシーザーサラダが、こちらはゆで卵付きで堂々と鎮座している。

 お肉だけでは脂っこくなってしまう口の中を癒すために、新鮮なトマトのカプレーゼや、さっぱりとしたマリネサラダもあり、中には山菜の揚げ物や天然芋のすりおろしと言った、普段の朝食ではあまり見ないラインナップも揃っていた。

 それ以外にも、グラタンや川魚のソテー、キノコ入りのキッシュなどなど、とても3時間で作ったとは思えない量の料理が並んでいた。


 さらにこれだけでなく、台所には鍋が二つあり、片方にはシチューが、片方にはコンソメスープが程よく煮込まれていい香りをたなびかせている。


 もちろんデザートも完備されており、リーズの大好きな兎の形のリンゴや、オレンジもある。


「こ、これ全部……食べていいの!?」

「僕も一緒に食べるけどね。残った分はお昼や夕飯にアレンジするから、好きなだけ自分のお皿に盛って、好きなだけ食べてね」

「うん………うんっ! ありがとう、シェラっ!」


 リーズはこのビュッフェ形式の朝食を見て、かつて王国で何度も催された立食形式のパーティーを思い出した。

 王国のパーティーに出されていた料理は、ここにある料理よりも豪華だったが……リーズがパーティーに出ると、要人への挨拶や踊りに駆り出されるなどして、料理に一切手を付けられなかった。


 一度でもいいから、たくさんの料理を好きに持って好きに食べたかった。

 忘れかけていたリーズの願いは、想いにもよらぬ形で実現したのだ。リーズは感極まって、思わず泣きそうになった。

 ――と、同時に、お腹の虫が大きな声で「グゥ」と鳴いた。


「えへへ……それじゃ遠慮なく、いただきますっ! なにから取ろうかな……すっごくワクワクするっ!」

「はいどうぞ。ふふふ、自分で作ったというのに、本当にワクワクするね、これ。そう何度もできないけど、みんなが集まる時にやってみようか」


 リーズはお皿を片手に、トングで大皿の料理をどんどん盛りつけた。

 ロースト肉やハンバーグを豪快に盛り付け、サラダを整え、限界まで空腹に達した体に詰め込んだのだった。


「んん………幸せ♪ どれもこれも美味しいなんて……たくさんお腹をすかせて良かった」

「どう? おいしい、リーズ?」

「もちろんっ! ねぇねぇっ、いつもみたいに、あーんってして♪」

「もう、リーズってば……今朝はよく頑張ったね、はいあーん」


 これだけたくさん作ったにもかかわらず、味には一切の手抜きはない。

 かつて300人近い勇者パーティーの台所を一人で支えたアーシェラの面目躍如だった。


「シェラ……本当にありがとう。こんなにたくさん、大変だったでしょう」

「確かに、大変と言えば大変だったけど、達成感も大きかったよ。リーズが特訓を頑張ってゴールしたように、これも僕にとって、一つのゴールとスタートの形なのかもしれない」


 朝早くから、満腹の幸せに浸る二人……

 これもまたゴールであると同時に、幸せな一日のスタートでもあった。


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勇者リーズと最高の朝食 南木 @sanbousoutyou-ju88

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