キミに捧げる勝利

@yamakoki

キミに捧げる勝利

 みんなは幼馴染みの異性というものにどんなイメージを抱くだろうか。

 もしかしたらラブコメ的な展開を想像するかもしれない。

 しかし俺と幼馴染みの由紀の間には、そんな甘い空気は微塵も漂っていなかった。


「海ってば本当にダサいわね」

「うるさい」

「あのさー、陸上部が聞いて呆れるわ。どうしたら放送部に負けるの?」


 由紀が顔を歪めた。

 彼女がこんなに不機嫌な理由は一時間ほど前のリレー練習に端を発する。


 もうすぐ体育祭があるということで、リレーの予行練習が行われていたのだ。

 当然ながら陸上部に所属している俺と由紀も参加していた。

 由紀が女子のアンカー、俺が男子のアンカーだが、男子は惜しくも二位だった。

 女子はきっちりと一位を取っていたにも関わらずである。


 だが、それだけではない。

 女子も男子も、アンカーにバトンが渡った時点では一位だったのである。

 二位との差も同じくらいだった。

 それなのに俺が負けたのが気に入らなかったらしい。


「あれは放送部じゃねぇよ。むしろ陸上部に入らないのがおかしいレベルだ」

「確かに。それでも勝つのがアンカーの、ひいては陸上部の務めでしょう?」


 他人事だと思って偉そうに。

 あいつくらい早い奴が女子にいなかっただけの話だろ。

 それなのに上から目線で文句を言いやがって。


「分かった。練習するわ」

「ちょっと!」


 こういうときは一方的に話を打ち切ってしまうのがいい。

 話が長引けば長引くほど、どんどん面倒な方向に進んでいくのは目に見えている。

 できるだけ短く済ませるのが吉だ。


「とはいったものの」


 俺に慢心的な気持ちがあったことは否定できない。

 大きくリードしていたから、抜かされることはないだろうという楽観的な観測。

 それがあんな事態を引き起こしたのだろう。


「うっし、まずはスタミナだな」


 最近話題になっているゲーム的に言えば、スタミナの数値が足りていない。

 まずはここを改善しなければ。


 この後、徹底的に走り込みをしていた俺は気づかなかった。

 俺の練習風景をじっと見つめていた人がいたことに。



 ♢



 そして体育祭当日。


 俺たちのクラスはやや苦戦しつつも勝てる試合を拾っていき、二位につけている。

 しかし一位のクラスの壁は高い。

 逆転して学年優勝を勝ち取るには、男女ともにリレーで一位を取るしかなかった。


「頑張ってー!」

「絶対に一位を取ってこいよ!」


 クラスメイトからの熱い激励を受け、俺を始めとした走者は入場門に整列した。

 アンカーの俺は、必然的に同じアンカーの由紀と隣に並ぶことになる。

 俺が並ぶと由紀が小さい声で話しかけてきた。


「勝つわよ」

「ああ、負ける気はない」


 ここまで必死に練習してきたんだ。

 クラスのために、そして隣で涼しい表情で立っている女に一泡吹かせるため。

 俺は勝ってみせる。


 まずは女子の試合が行われ、由紀が圧倒的な走りを見せつけて一位を奪取。

 クラスの順位の行く末は俺たち男子のリレー選に委ねられた。


 男子のリレーは六人で行われ、アンカー以外の五人はそれぞれ百メートル。

 アンカーの俺だけは二百メートルを走ることになる。

 そんな男子のリレーは波乱の幕開けになった。


 第一走者から第二走者にバトンが渡った時点で四クラス中三位。

 第二走者から第三走者にバトンが渡るころには、圧倒的な最下位に沈んでいた。


「おいおい……」

「あいつら調子悪いのか?」


 クラスメイトが怪訝な表情でこちらを見ている。

 予行練習では俺が抜かされるまで一位をキープしていたから、この状況は異常だ。

 しかし男子勢は諦めない。


 第三走者、第四走者が一人ずつ抜かしたことで二位まで浮上。

 第五走者は二位をキープしたまま、バトンをアンカーである俺に渡してきた。


「状況は最悪ってか?」


 すでにバトンを受け取っている一位のクラスのアンカー。

 そいつは例の放送部だった。


「悪いな、勝つのは俺だ」


 少し恥ずかしいセリフを口にしてから、俺はトップスピードで走り出す。

 俺がトラックの真ん中くらいで、相手は第一カーブを回ったところ辺りか。

 これくらいの差なら勝てる。


 第一カーブを曲がり、短い直線をペースをキープしたまま進む。

 第二カーブを曲がってすぐの長い直線でさらに加速。

 どんどん差を縮めていく。


「まだだな」

 

 抜かすのはもう少し先だ。

 カーブは四回あるから、最後のカーブを曲がったところで抜かせればベストだ。

 

 第三カーブ。

 相手との差はもうわずかになっており、もう一段階加速すれば追い抜けそうだ。

 会場が静まり返っている。

 この状況なら放送部の実況がよく聞こえるはずなのに、俺にはどこか遠い。


 そして運命の第四カーブに差し掛かるが、俺は思わず舌打ちをした。

 このままだと抜けない。

 相手が予想以上に余力を残していて、ペースがやや速くなっている。


 本当にどうして陸上部に入らないのか。

 エースになれるぞ。


「ここだ」


 第四カーブを回ったところで最大限に加速し、相手を猛追する。

 俺の目にはゴールテープしか見えていない。

 あそこを一番で駆け抜けることしか。


 ふとゴールの横の待機場所で祈るようにこちらを見ている由紀と目が合った。

 安心しろ、俺が勝利を届けてやるから。

 この勝利はクラスメイトと、そしてお前に捧げるよ。


 俺は最後の気力を振り絞って加速し、ゴールテープを切った。

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