栗須純とかつての日常
nekotatu
ゴール
「ああ、あの頃は楽しかった」
これから実行に移す計画について最終確認を行っていた俺、
20年前、俺達は何てことのない平和な日常を生きていた。
今いる部屋を見回してみる。
無機質で白い部屋はただ冷たく、クローゼットの鏡に写る自分は46歳となっていた。
我ながら疲れた顔をしている。
「なーにやってんの、純」
鏡を見てボーッとしていると、いつの間にか入室していた
「イケおじになった自分に見とれちゃった?」
「そんなわけないだろ。昔を思い出して時の流れについて考えていただけだよ」
そう言うと佐都も色々と思い出したのか、懐かしそうにシワの増えた目を細めた。
「昔かぁ……僕は作家だったよね」
「俺は担当編集者。色々苦労させられたよ」
「その思い出さえ輝かしいでしょ?」
「全く、反省の色が見えないな」
ああ、今だけ昔みたいに笑えている気がする。
「締め切りギリギリまで一文字も書いてなかった時は申し訳なかったと思ってる」
「あの時は煌が毎日アシスタントに来てくれたんだぞ。……煌か。本当に懐かしいな。」
「煌くん、休日は純の家でギター弾いてたよね。それを聴きながら次回作の資料読み込んだりしたねぇ」
煌、
煌の事を考えると胸が苦しくなるが、しかし思い出さずにはいられない。
こんなことになってしまった後でも、煌がいた日々は輝いていたのだ。
「その次回作の超能力ものも、散々連れ回されて大変だったけどな」
「その時期は色々と起こったね。そしてまさかこんな身近に超能力があるなんてね。……今思えば、僕が廃工場に乗り込もうとした時煌くんに止められたのは、『パンドラ』が動いてたんだろうね」
『パンドラの管理者』、それは俺達『新人類の導き手』の敵対組織である。
煌は『パンドラ』に属する超能力者だった。
「それと、僕のお気に入りハンバーガーショップの店員、みのりんと、ファン一号でゲーム友達の笹っちも煌くんと同じ『パンドラ』だった」
みのりん、
今は敵対関係となってしまったが。
「それから、蓮司さんもな。というか、煌のいた小佐野探偵事務所、『パンドラ』のカモフラージュだったんだな」
風民蓮司さんは近所の神社の神主で、昔からお世話になっていた。
ある日は寝ぼけて叩き割ったスマホをお払いしてもらったこともあったな。
思い返せばあの時は少しパニックになっていたのかもしれない。
「でも、皆サイン会事件の時助けてくれたよね」
「……ああ。『パンドラ』の彼らも、『導き手』の圭衣たちも」
圭衣。彼女は俺の義理の妹であり、今は部下だ。
少しおせっかいなところもあるが基本的に優しく、俺が記憶を取り戻すまで色々と手を尽くしてくれた。
「あーあ、また圭衣ちゃんのチャーハン食べたいなー」
「作ってきましたよ。サイン会事件、懐かしいですね」
いつの間にか圭衣も入室していたようで、部屋がチャーハンの美味しそうな香りで満たされる。
サイン会事件とは、佐都がSNSで起こした失敗によって『期待の作家佐都春馬先生のサイン会』が行われるという情報が広まってしまい、それを『サイン会』当日に知った俺達が奔走した話だ。
あの時手伝ってくれた圭衣の友人たちも、今は俺の部下になっている。
「どうしたんだ、圭衣の手料理なんて久しぶりだな」
「計画のことばかり考えて落ち着かない純さんをなだめに来ました。……佐都さんは要らないのですが、なぜここに?」
「ええっひどい!僕も最後まで純と居たいだけなんだけどなぁ」
そんな事を言いつつしっかり3人分用意してある辺り、圭衣はツンデレというやつなのだろう。
「しかし、まさかサイン会事件の協力者が皆『パンドラ』か『導き手』だったなんて、思わないよなぁ」
「これ、がっつり純の能力が引き寄せてたよね」
「本当に、困った能力だな」
俺の能力は呪いのようなものだ。
しかしその力は強力で、記憶を取り戻してからは様々な場面で頼った。
それでもこんな結末になってしまったのは、ひとえに俺の力不足なのだろう。
チャーハンを食べ終わり、無言の空間が生まれる。
それぞれの思い出に浸っているのだろう。
しかしそれも終わりにしなければならない。
計画実行の時間が迫っている。
「圭衣。……ありがとな。チャーハンのことも、今までのことも」
「別に、純さんの為ではありませんから」
「佐都もありがとう。一緒に来てくれて」
「僕だって、純の為じゃなくて僕が見たいもののためだけどー」
「男のツンデレは求めてない」
3人で笑い合う。
「さあ、行こうか。俺達のゴールに向かって」
「願わくば、また笑い合える日常を」
「尊い日々を心に刻んで」
「最終計画は始まった。もう後には戻れない」
全てを捨てて、全てを拾いに行こう。
その先にあるゴールを信じて。
栗須純とかつての日常 nekotatu @nekotatu
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