ゴールできないのは負け癖のせいってあんまりじゃない? KAC202110
彩理
第1話
「
柔らかそうな黒髪がふわりと揺れるのを見て、剛毛な自分の髪がちょっと恨めしい。
私の髪も颯太くらいつやつやなら長く伸ばしたのに……。
「おい、今年こそ優勝狙えそうなんだろ」
他人事だと思って軽く言わないで欲しい。勉強もできて人望もあるあんたと違って、私にはこれしかないのだこれ以上のプレッシャーをかけないでよ。
私は颯太の言葉を無視して黙々とストレッチを続けた。
確かに、このところ調子はいい。はたから見ても絶好調に見えるだろう。
でも、私には少しも優勝できる気がしなかった。
絶好調なのに優勝できない。
気が付けばいつもいつも何かしら起きて、優勝を逃してしまうのだ。
今年だけで言えば、春の大会では目の前の選手が転んで巻き込まれた。駅伝はコース上に車が横切ったり、果てはコースの先導が道を間違ったりと信じられないハプニングに見舞われた。一度や二度なら偶然といえるだろうが、1年の時から今までずっとだ。さすがに、何か祟られているのではとひそかに心配している。
私が苦笑いをしているのを見て颯太も思い当たったのか、ストレッチの手を止めて、こちらを覗き込んでくる。
「あー、また何か起きるかもと心配している?」
口では言わないが、みんなそう感じているのだろう。駅伝の選手が発表された時何処からともなくため息が聞こえた。
「俺、思うんだけど、お前って昔から負け癖がついてるんじゃないか?」
「負け癖?」
なんだそりゃ。
「正直に言えば、俺お前にじゃんけんで負けたことないし、学級委員を決める時も学食でメニューを争う時も負けた記憶がない」
それって自慢?
私の引きつった顔を真面目に見返して、颯太はさらに続けた。
「俺だけじゃない、お前合唱コンのピアノ伴奏も生徒会の選挙もなんでか負けただろ」
よく覚えているな。ピアノの伴奏はオーディションの時お腹を壊し、生徒会の選挙の時は、壇上で躓いて転んだのだ。それがあざといと一部の女子に嫌われて、当選確実と言われていたのに落選した。
「まって、私って陸上じゃなくて日常生活でも負け組なの?」
「自覚なかったのか……」
酷い、あんまりだ。
ついていない、ついていないと思っていたけど他人に言われるとめちゃめちゃ不幸な人みたいじゃない。
頭から水をかけられた時のように呆然としていると、颯太が横でおかしそうに肩を揺らしている。
「まあ、落ち込むなって。負け癖がついているのなら勝ち癖をつけていけばいいんじゃないか? お前実力がないわけじゃないんだから……いつも勝てる気がしないと心の底で思っているから勝利の女神が逃げていくんだ。小さい事からコツコツと勝つ癖をつければ、負け癖なんてどっか行くだろ」
ストレッチを終えると、颯太は軽く手を挙げてグランドへと走って行った。
そんなに簡単にい言わないで欲しい。
どんどん沈んでいく思考を止めることができず、私は颯太の後をついてランニングを始めた。
背中を見つめて、ため息が出る。
何でも持っている颯太は間違いなく勝利の女神に好かれているのだろう。勝つのが当たり前。誰かに負けている姿なんて想像できない。
そんな奴に、負け癖がついている人間の気持ちなんてわかるはずない。
そう考えるとなんだか腹が立ってきた。
他人事だと思って!
そんなに簡単に言うなら、協力してもらおう。
そうだ、私一人では勝てる気がしないけど颯太が一緒なら勝てる気がする。
「颯太!」
私は前を走る背中に追いつき、横に並んで走った。
「私がこの高校に入れたのは颯太の協力のおかげだと思う。激戦のコンサートチケットが取れたのも、盗まれた自転車が見つかったのも、考えたら颯太が協力してくれたからじゃないかな」
実は本命の高校は陸上の強豪校だった。
推薦でいけるはずだったのに、受験まじかで何故か推薦入試が見送られたのだ。推薦でなければ、他県への進学は難しく第一希望への受験はあきらめた。
一般受験の準備をしていなかった私は頭のいい颯太に泣きつき受験勉強を見てもらって、絶対大丈夫という言葉を信じて受験したのだ。
思い起こせば何かに合格したのはあれが初めてかもしれない。
「颯太、私が負け癖があるなんて気づかなくていい事気づいたのあんたのせいよ。この先ずっと、自分は負け癖があるから仕方ないと人生諦めることになったらどうするのよ。責任取って勝ち癖をつけてよ」
そうだ。このままじゃ、一生負け癖のせいにして努力しない人間になってしまいそうだ。
「はぁ、何それ?」
颯太は驚いて大げさに顔をしかめたが、ランニングが終わるころには何事もなかったかのように「まあ、仕方ないか。このまま一生負け癖から抜け出せずに、毎回なぐさめるのも悪くはないが、もうそろそろ次の段階にもいきたいしな」
毎回私をからかうのがそんなに楽しいのか。
くそ、いつか絶対こいつに勝ってやる。
次の段階がどの段階かはわからなかったが、颯太が協力してくれる気になったのは嬉しい。
私はちょっと、気分がよくなり少し多めに走りこんだ。
*
「それじゃまず、じゃんけんな。俺はこれからお前とじゃんけんするときはグーしか出さないから」
え?
じゃんけん?
そこから……。
「お前今じゃんけんを馬鹿にしただろ、でも考えて見ろ小学校からだから、10年以上も俺にじゃんけんで勝った事無いんだぞ。それヤバいだろ」
確かに、何か決める時にいつも負けるなぁと思っていたけど、そんな昔から颯太に負け続けてたなんて「それって私の負け癖の原因は颯太ってことじゃない?」思わずそう叫ぶと、ニヤリと綺麗な顔で私を見下ろした。
「もしかして、私顔に出やすい?」
「まあな、よく見ていればお前の思考なんて手に取るようにわかる」
まじかぁ。
気を付けなくっちゃ。
颯太に私の気持ちを知られるわけにはいかない。
きっと、この気持ちが知れたら、今までのようにこんな風に友達として笑っていられなくなる。
胸の奥に湧き上がる感情をため息と一緒に吐き出す。
「あとは境内の階段を登るときは必ず負けてやる」
小さい時から境内をどちらか早く昇るかの競争をして、負けた方が鞄を持つのだ。
このところ身長差もあり負けが込んできていた。
いや、これについては勝つこともあったが、颯太がわざと負けてくれていることを知っていた。
「購買のパンを買う時はお前の好きなものを譲ってやるし、他はおいおい思いついたときにだな。何か俺に勝ちたいことがあったら言え」
何でもないことのように颯太は言った。
もう、十分すぎるくらいだ。
「別に、これ以上はいいよ。勝った事実が大切なんだから」
そんなに優しくされたら、勘違いしてしまう。
颯太にとっては、自分が言い出したことを実践して証明でもしようとしているのかもしれないけれど、なんだかこれ以上甘やかされたら気持ちを確かめたくなる。
もしも颯太の気持ちを確かめて、困った顔をされたら立ち直れない。
そんな危険な勝負は絶対にできない。
私は颯太の顔を横から盗み見て、この位置で十分だ。と自分に言い聞かせた。
それから颯太は言葉の通り、私に「勝ち」をくれた。
「ほら、これお前にやる」
そう言って手渡されたのは、抽選で外れた解散コンサートのチケットだった。
この日は、本命の陸上大会の3日後だ。
大会に勝って、頑張った自分にご褒美として絶対行きたかった。
「私が外れたやつ……チケット争奪戦に負けたと思っていたのに、これって間接的に勝ったってことよね」
私は颯太の手にある、チケットに手を伸ばした。
するとスッと颯太がチケットを私の頭上にもっていきひらひらさせる。
「条件がある。これは大会に勝ったらご褒美としてやる。だから絶対に勝て。俺が身を犠牲にしてお前に勝ちをやって来たんだ。もう、負け癖なんて治った」
ドヤ顔で言う颯太は、何処かおどけているようで何故か本気だと思った。
「わかった。絶対勝つから」
「俺はゴールで待ってる」
そう言って笑った颯太は今までないくらい優しい笑顔だった。
*
大会当日、私は負ける気がしないことに驚いていた。
今までどんなに、完璧な仕上がりでも勝てる気がしなかったのにだ。
これならいけるかも。と思ったのに後半膝の痛みで先頭集団から遅れをとってしまう。
やっぱり駄目かも。
あんなに颯太が頑張ってくれたのに、また優勝できない。
そう思うと、今にも前に出す足が止まってしまいそうで、必死にその誘惑に抵抗した。
負け癖を克服できないことが情けなくて、視界が歪んだ。
「ゴールで待ってるから」
ふと、颯太の言葉が聞こえた。
そうだ。颯太が応援してくれるなら絶対大丈夫。
こんなことで私は負けない。
私は最後の力を振り絞って、何も考えずに走った。
ゴールテープが見える。
あの先に颯太がいる。
私はゴールテープの先の颯太に向かって両手を広げた。
「やった! 颯太。私勝った!」
飛び込んでいった私を颯太はしっかりと抱きとめて、嬉しそうにほほ笑んだ。
好き。
気持ちがあふれ出す。
「沙知はやると思ってたよ。俺の勝利の女神なんだからそのお前が勝てないわけないだろ」
それってどういう意味?
負け癖を克服した私に、もう怖いものはない。
そう思っていいってことだよね。
「次の勝負絶対負けない」
私は颯太に高々と宣言した。
ゴールできないのは負け癖のせいってあんまりじゃない? KAC202110 彩理 @Tukimiusagi
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