第31話 明日、学校で
僕が暁彦達を席に案内をして、注文を取っている間に残っていたお客さん達はぱらぱらと帰って行った。店内には坂本さんと僕達だけになってしまった。それを確認した坂本さんは店前にぶら下げてある〈営業中〉の看板を引っ繰り返すのだった。
「えー、ブレンド二つにカフェオレ一つ、あとミルクティをお願いします」
注文を取り終えた僕は坂本さんにオーダーを通す。すると、坂本さんは首を傾げながらこう言うのだ。
「あれ? 蓮君は何にするの? もう、店閉めたから皆と話してきなよ」
「でも、早すぎませんか、店の迷惑になるんじゃないかと」
時計を見るとまだ十六時を回った所だ。いつもの営業時間より五時間も早く閉めるなんて、いくらなんでも早すぎる。
「何を心配してるか知らないけど、休みたい時に休み、働きたい時に働けるのが個人事業主の特権さ。前にも言った事があるか覚えてないけど、俺はこの空間も客に提供してるんだ。長く語り合い堪能してくれよ。そうしてくれた方が喫茶店冥利に尽きるってもんだ」
坂本さんがそう言うならと、ブレンドコーヒーを追加して貰った。出来上がるまでする事の無かった僕は横目に暁彦達の様子を窺がと、皆一様に硬い雰囲気で若干俯き気味になっている様子が窺がえた。
皆は一華さんを放って帰った僕を責めるのだろうか? 折角会いに来てくれたのに無視を決め込んだ僕に怒っているのだろうか? あの夜皆は一華さんから事情を聴いたのだろうか? 様々な想像が僕の胸を押しつぶして来る。
「はい、お待たせ。俺が出来るのはここまでだ。まぁ、後は若い者同士で」
今からお見合いでも始まるかのような軽口で坂本さんはコーヒーを差し出して来た。僕が沈んでいたのを察してくれたのだろう、その軽口は坂本さんなりの僕へのエールだという事はわかった。
僕はコーヒー達が並べられたトレイを持って、ゆっくりと暁彦達が座る席へと歩いて行った。
「お待たせしました。ブレンド二つにカフェオレ一つとミルクティです」
そう言って僕はそれぞれに配り終えると、徐に暁彦が腹を抱えて吹き出した。
「笑わすなってレンレン! なんかこう変にかしこまられると耐えられないって」
「いや、一応仕事だし……普通だと思うけど」
僕がそう返すと暁彦はバツが悪そうに「それはそうなんだけどよ」と言ってコーヒーを口に含むのだった。それを見て暁彦なりに僕が入りやすくするために、わざとおどけてみせたのかと気付いた。
「……ごめん」
「ん? 良いって、そんな――」
「違うんだ。今の事じゃなくって、祭りの日勝手に帰ったりして。それに一華さんを放って最低な事をしたと思ってる。自分勝手な頼みだけどそれでも、僕は皆と友達でいたい」
僕は立ったまま皆に向けて頭を下げた。これで許して貰えるとは思っていない。でも、また皆と一緒に過ごしたい。二学期からもその先も――。以前の様に一人ぼっちにはなりたくない。折角やり直せるんだ、今回の事を笑って話せるようになるような関係を築いて行きたいんだ。
飲み物を啜る音が聞こえる店内で頭を下げる僕に声を掛けてきたのは友原さんだった。
「本当、佐野君は最低だよ。人気のない場所で怪我してる一華ちゃんを放って帰って、あまつさえ事情を聞こうにも一華ちゃんは話さないしで私達も困ってね。じゃあ、佐野君に聞こうよってなって家に行ったら居留守使われるわで散々よ」
「おい。愛実言い過ぎだって! 蓮の話聞いてからって言っただろ」
友原さんを諫める暁彦の声が聞こえる。友原さんの言い分は最もだ。僕はそれだけの事をしたのだから。
「そうだよトモちゃん。ちゃんと話を聞こうよ。きっと佐野君も何か事情があるんだよ。一華ちゃんも話してくれるよね?」
海崎さんの優しい言葉が心に浸みる。彼女はいつだって優しい、彼女だけじゃないここに揃った皆は、僕にチャンスをくれようとしている。僕が皆にとってどうでも良い奴なら、こうして集まってすらいない事を僕は知っている。
「夢莉! 私はあなたの事も考えて言ってるのよ! あなたが佐野君に気があるって言うから余計にムカついてんのよ」
「な、何言い出すのトモちゃん! その話は今関係ないでしょ」
「えっ? えっ? 何その話⁉ 俺何も夢莉から聞いてないけど」
友原さんの突然のカミングアウトで慌てふためく海崎さんは、きっと今顔がサクランボみたいに赤いのだろうな。一方で暁彦は寝耳に水と言った具合で友原さんに良い寄るも「だって、あんた口が軽いじゃない」と一刀両断されていた。
「とにかく! 夢莉は優しいから言わないけど、気になる人が祭りの夜二人っきりで女の子と会っていた事自体嫌な気持ちになるのに、それから様子が変わるなんて、絶対何かあったに決まってるんだから。そこら辺をはっきりさせてよ二人共」
そう言われて僕はどう説明しようかと頭を捻らせる。きっと、友原さんは海崎さんの為に僕と一華さんがどういう関係になったのかを勘繰っているのだろう。だけど、僕と一華さんはそんな関係では無い。ただ、ただ、あの時の一華さんは怖くて、夏場なのに寒いと言いたくなるようなそんな感じだった。
僕が言葉を選んでいる間、店内は静まり返っていた。それを突き破ったのは一華さんだった。
「私も蓮の事が好きだ。だから、あの夜に私の手を取って欲しいと言った。だけど、答えはまだ聞いて無い」
「えっ⁉ まじかよ」とまたもや虚を突かれた暁彦は放っておいて、友原さんと海崎さんはうすうす勘付いていたような素振りを見せた。
「それで? 佐野君はどうしたのよ?」
海崎さんの為、食って掛からんと友原さんが僕を睨む。これはどう言い繕っても叱責されるのは目に見えている。正直に話そう。
「僕は……帰った。いや、逃げ出したんだ」
「なんで?」
その言葉が二つ綺麗に重なり合って聞こえた。友原さんと暁彦が、そう言うのも当然で、理由が分からないだろう。僕も初めは何で逃げ出したのか分からなかったが、今は違う。気付きたくなかった、いや、考えない様にしていただけなのだ。
「――怖かったんだ。僕がそう選択する事で、この環境が変って行くのが……。僕が初めて手に入れた、この居心地の良い繋がりを壊したくなかった。このままずっと皆とこうしていたい」
「それは皆そう思うんじゃないのか? 俺だって蓮達や愛実との関係を終わりにしたく無いぜ。これからも一緒にバカやって笑ってたいしな」
「ありがとう、暁彦。だけど、僕が先に進むためにはどちらかを選ばないといけない――。きっとそうなんだよね?」
僕は同意を得る為に海崎さんと一華さんを交互に見ると、二人共静かに頷いた。
「じゃあ、二人共、明日の朝学校で」
海崎さんは心配そうに僕を見上げながら聞いてきた。
「佐野君、明日で本当に良いの?」
「もう十分だよ。ありがとう」
「じゃあ、俺達も一緒に――」そう言い掛けた暁彦を友原さんが無理やり制止して口を挟む。
「私達は付き合わないから、三人で話し合いなさいよね。それと、結果がどうでも仲間外れにしない事は厳守よ。二学期もイベント事が盛沢山なんだから、皆で楽しみましょう」
そうして僕達の話し合いは終わりを告げた。坂本さんにお礼を言ってから僕達はそれぞれの道を帰って行くのだった。夜も更けて辺りは暗く住宅の暖かい光が夜道を照らしてくれている。
明日――。僕の答えはもう決まっている。それが正解と言うのは分からないけれど、自分がしたい事は決まった。
あっ、そうだ。コンビニに寄らないとな、愛にアイス買って帰る約束をしたっけ。仕方が無い、愛の好きなチーズタルト味を買って帰るとするか。
肌寒い風を切りながら軽快な音を立てて僕はコンビニへ寄るのだった。
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