第10話 初遅刻
先陣を切った一華さんが僕達の教室が分かる訳も無く、連れ戻したりなんかしている内に、僕達が教室に着いたのは本鈴が鳴り終わった後だった。
教室内では既に担任のホームルームが始まっており、遅れて入って来た僕達に多くの目が向けられた。
田中先生は一華さんの姿を確認すると僅かに頷いた。
「お前達、放課後に職員室な」
「は~い」
田中先生の適当具合だとこれくらいはセーフかと思ったが、流石に駄目っぽい。僕達は火照った身体を落ち着かせるように自分たちの席へと腰を下ろした。
じんわりと汗が引いた頃には、一時限目が終了し小休憩になった。一華さんの様子はどうかと気に掛けて、席に目をやるとクラスの大半に揉みくちゃにされていた。
「菊林さん風邪だったんだって?」
「オリエンテーション合宿は行けそう?」
「どこ出身なの?」
「身長いくつ位?」
田中先生の機転によって彼女は病欠で休んでいたと取ってつけた理由を皆に伝えていた。
矢継ぎ早に質問攻めにあい、あうあうと戸惑っている様が飛び込んできた。その状況を見かねてか、自分が関わりあいたいのか、友原さんがその波に飛び込んでいった。
「一華ちゃんは病み上がりなのよ。そっとしてあげましょうよ」
口から出た言葉とは裏腹に彼女の手は一華さんの頭の上を右往左往していた。
「あーもう、うるさーい!」
それに耐えきれなくなった、一華さんは逃げる様に席を立ち僕の方へと向かってきた。
「蓮はクラス委員だろ、見てないで皆をまとめろよ」
その言葉に苦笑いを返す。
「最初の方だけだよ。それに、皆一華さんの事を歓迎している証拠だよ」
予鈴が鳴り、歯がゆい気持ちを押さえて、とことこと自分の席へと戻っていった。
「大分親しくみえるな」
暁彦君が不敵な笑みを浮かべる。
「変な勘繰りしても何もないよ。僕からしたら妹に少し似ているだけだから」
そう言うと、暁彦君は目を細めて、ふ~んと鼻を鳴らして返事をした。
午前中の授業が終わり、昼休憩になった。一緒にご飯を食べようと一華さんに詰め寄るクラスメイト達。それを制止するように暁彦君が声を上げる。
「皆ごめんな。オリエンテーションの話があるから、昼は俺達と食う事になってるんだ」
一華さんを群衆の中から連れ出して僕の元へ来た。それと同時に不満の声が教室内に充満する。
「オリエンテーションの話って何かあったっけ?」
「レンレンは、分かってないねー。良いからもう二人も食堂に誘ってきなよ」
言われた通り、僕は海崎さんと友原さんに声を掛けた。友原さんは「何であんた達と一緒に食べないといけないのよ」と、拒んでいたが、一華さんも一緒だと伝えると目を輝かせて乗り気になった。
そこで僕達は食堂へと向かった。一華さんは食堂をきょろきょろと見回して、物珍しそうにしていた。
「どのメニューが、美味しいんだ?」
沢山の学食メニューを選びあぐねている様子の一華さんに、暁彦君がお勧めを言った。
「やっぱり、日替わりの――」
そう言い掛けた所で暁彦君を制して、それを食べている運動部員であろう人達を指さして僕は伝えた。
「あれが食べきれそうなら頼んでも良いと思うけど」
そこには異様な熱気に包まれて、丼を持ち上げいる姿があった。丼を持ち上げたその腕には血管が浮き出ており、重量感がある事を伝えてくれる。額からは汗が迸り、がむしゃらに口へ物を放り込んでいる。その姿を見るに、一度箸をおいたら最後だという圧力を感じざるを得ない。
その光景を見た一華さんは、暁彦君を一瞥し、静かにオムライスの食券を購入した。
料理が出来る間に僕は「先に席を確保しとくよ」とその場を離れた。
程なくして、それぞれ注文した物を手に持ち、僕が確保した席へと座った。
「佐野君って弁当なんだ。さっき、暁彦君が教えてくれたんだけど、自分で作ってるってすごいね」
海崎さんは感心した様子だった。改めて言われるとなんだか気恥ずかしい。
「あまり、凝った物は作れないけどね」
「それで私達を呼んだのには、何か理由がある訳?」
友原さんは僕を睨みながら、不貞腐れたように言った。理由は何となくわかる。
「あの……席変わろうか?」
「いいや、このままで良い!」
僕の隣から威圧的に言葉が飛んでくる。僕の隣には暁彦君が座ると思っていたのに、何かを察してか颯爽と一華さんが座って来た。必然的に対面には、残りの三人が座る事になる。友原さんは、一華さんの隣に来たかったのだろう。
「呼んだ理由は特に無いぜ。皆で食った方が楽しいだろ?」
あっけらかんと暁彦君は言い放った。友原さんは溜息を吐いて呆れている。それを宥める様に海崎さんは口を開いた。
「まあ、まあ。多葉田君の言う通り大勢で食べる方が楽しいと私は思うな。それに合宿の話もしたら、嘘じゃなくなるよね」
「まあ良いわ、一華ちゃんがオムライスを食べてる姿も見れるし~。ねぇ、写真撮っても良い?」
「見るな! 撮るな! 食べづらいわ!」
何だかんだ言いながらも、わいわいと僕達は楽しい時間を過ごした。お腹も一杯になり、眠気にも襲われる午後の授業を、何とか乗り越えて、田中先生に呼び出された放課後になった。
僕達は、ぞろぞろと職員室に向う。その道すがら、一華さんに学校の案内をしながら歩いた。
程なくして職員室に着き、引き戸を開けると田中先生は、待ってましたとばかりに前回同様、打ち合わせ室へと招いた。
「入学早々に遅刻とは、どうゆう事かな? しかも、クラス委員が二人共も揃って」
担任の第一声は静かでそれでいて威圧的だった。最もな言い分で誰も反論できずに口を揃えて謝った。そんな、俺達を見て田中先生は「やめだ、やめだ」と言い放ち、先程とは打って変わって気だるげな口調で話し出した。
「あんなに堂々と遅れて入って来られたら許せるモノも許せないだろう? 他の生徒の手前、呼び出して叱ったと言う事にしといてくれよ」
僕達は顔を見合わせた。僕は言葉を整理する為に聞き返した。
「という事は、僕達は遅刻していないって事になるんですか?」
田中先生は縦に首を振った。
「先生にも立場があるからな、入学早々担当の生徒がクラス委員含む五人も遅刻を出したとなれば職員会議ものだ。あれ面倒なんだよ色々と」
皆その言葉に戸惑いを隠せないでいたが、この担任はこういう人だというのを僕は思い出した。
「冗談はさておき、それだけだ。クラス委員は連絡事項があるから残ってくれ、他の者は解散」
僕と海崎さんはその場に残り、他の三人は職員室を後にした。僕達だけになったのを確認してから担任は僕達に向き直る。
「大した要件じゃないんだ。菊林の事でお礼を言いたかったんだ。俺もそれなりに先生をしているから何となく、彼女は学校にもう来ないのでは無いかと半ば諦めていた。俺もまだまだだな。本当にありがとう」
先生は改まって、深々と僕達にお辞儀をしてくれた。そんな先生を見て慌てて海崎さんは言った。
「私は特別な事は何もしてません。どちらかと言うと、佐野君が説得した感じでした」
「佐野が? 俺はてっきり同性の海崎が説得したのとばかり思った」
「僕はただ、まだ諦めるのは早いのじゃないかと言っただけです」
先生は目を見開いた後、失笑を漏らた。
「なんだ? 一瞬おっさんと話している感覚になったぞ。この間まで中坊だった奴から、そんなセリフが出るとは思わなかったな」
確かに二年余り余分に歳を重ねているが、もう少し言い方というものがあると思う、そんな風に言われると正直心が痛い。
実際あの時は、僕の想いを一華さんに伝えただけ。以前の僕を見ているみたいで放っておけなかったんだ。
「まあ、俺からの話は以上だ。時間を取らせて悪かった。今後も頼むな」
「分かりました」
そうして、僕達も職員室を後にした。下駄箱に向かうと、先に出ていた三人が、当然の様に僕達を待っていた。
「おっ、意外と早かったなぁ」
「もう少し、遅くても良かったのに」
「いい加減にはなせ~」
一華さんは友原さんに拘束されており、その腕の中でもがいている。その光景を見た僕と海崎さんは目を見合わせ、やれやれと呆れた。
僕達は一様に下駄箱で靴を履き替えて学校を後にするのだった。
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