第3話 家族団らん

 家に着いた頃には、日が傾き西日が差し込んでいた。


 玄関を開けると、丁度中学校から帰って来たらしい妹のまなみが洗面所から出て来た所に鉢合わせた。


 「えっ? もしかして、お兄ちゃん?」


 愛は訝し気な表情を浮かべていた。


 妹は、母さんに似て明るく社交的で、強かだ。悪く言えば、ませた子供と言えなくも無い。時折見せる子供らしい言動や表情で、クラスでも人気なのだとか本人が言っていた。自分で言っている所が正にそれだ。


 僕は、いつも通りにただいまと言って手を洗う為に、愛とすれ違う。彼女はあっけらかんとしていた態度を改め、母さんが居るリビングにドタバタと忙しなく駆けて行った。


 「ママ、ママ! お兄ちゃんが可笑しくなった」


 部屋越しに愛の疑念が爆発したのが聞こえてくる。


 「そうねぇ、男の子にはそう言う時期があるらしいと聞いた事があるわ。大人しく見守りましょう。そうだ、帰って来たのなら夕飯にするわよ」


 会話の全てが筒抜けで、非常に顔を合わせ辛い。だけど、我が家には一つだけルールがある。


 それは、食卓を皆で囲む事だ。忙しい母さんは特別な理由を除いて唯一、僕達の表情を確認出来る時間が、朝と晩の食事時だっだ。


 そのルールは誰に決められたものでも無い。僕達兄妹は、母恋しさもあり、自然とその時間に集まるようになっていた。


 僕は重い足取りで、リビングへと向かった。料理が並べられた食卓を囲む席に着くまでの間、妹の視線が熱く思えた。


 僕は耐え切れなくなって口を開いた。


 「なんだよ?」


 愛は煌々と瞳を輝かせて、矢継ぎ早に質問してきた。余程聞きたくて堪らなかったという具合だ。


 「良い? 良いの? じゃあ、その髪どうしたの?」


 「別に……斗真さんのとこで切った」


 「違う! そういうこと聞いたんじゃないの」


 「うるさいなぁ、気分転換したかっただけ」


 「嘘だ~。あっ、クラスに可愛い子でも居たんでしょ?」


 「ばっ、馬鹿。そんなんじゃないし」


 一瞬、思いもよらない言葉が飛び出て、動揺してしまった。すると、母さんが妹の発言に同意とも取れる後押しする。


 「そういえば、一人可愛らしい子と話してたわね」


 「あっ、やっぱり! 愛の勘は鋭いんだから」


 「そうじゃないって言ってるのに……。それより、母さん時間は大丈夫なの?」


 母さんは時間を確認し、あらやだと忙しなく食事を済ませて、玄関を出て行った。去り際に、戸締りを忘れない様にと言い残した。僕は細やかな抵抗として、母さんを仕事場へと追い出す事に成功したのだった。


 その後も愛は根掘り葉掘り聞いてきたが、僕が上っ面な返事ばかりで飽きたのか、もう寝ると不貞腐れ気味に自室へと帰って行った。


 やっと一人になれた事で、大きく息を吐いた。買ってきた雑誌を眺めながら、今日の出来事を振り返った。色んな疑問がフラッシュバックして蘇る。事故に遭った事、それなのに平然としている事、そして何より、入学式まで時間が遡っている事には驚いた。


 周りの人達の反応は、いたって普通だった。妹は過剰なくらいだったが……まぁそれは関係無いだろう。


 単純に今の状況を整理すると、再び高校生活が送れる。いや、やり直せるという事か。


 考え込んでいる内に時計の針は頂点を指していた。今日はもう寝よう。そう思いリビングの電気を消して、玄関を施錠し自室へ戻った。


 変わり映えしない部屋のベットに寝っ転がると、次第に瞼が重くなっていった。薄れゆく意識の中で、このまま目を閉じると覚めないのでは、と抗ったものの勝てずに暗闇に支配されるのだった。

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