78話 成長の先

「あっ、兄貴、光が見えてきましたよ」

 この闇の広がる空間で光は出口の証。

 蒼はそれを見て嬉しそうに喜んでいる。

 当然だ、ボスを倒してからも結構な時間を歩いている。

 話し相手がいて精神的に負担は楽になっていても、いつまで続くかも分からなければ疲労は溜まる。

 幸か不幸か、ここは空腹や眠気といったものを感じることがない。


「よかったな、今度からはこんな馬鹿な真似は辞めるんだぞ」

「反省してますよ、そんなことよりも早く出ましょうよ」

「いや、先に行っていいぞ、というか親御さんも心配してるだろうし一刻も早く顔を見せに帰ってやれ」

「えっ!? 兄貴は?」

「悪いが俺には光なんてどこにも見えない。今までと変わらない道が続いている」

「そんなっ!?」

「気にするな、俺は来訪者だ」

「でも……」

「ほら、早く行け!!」

「分かりました、ご武運を」

「あぁ」

 突然、蒼が消えた。


「はぁ、これはあれかっ!! 俺が成長してないからまだダメってことなのかっ」

 叫んでも虚しく音が響くだけ。


「来たか」

 再度現れた俺の分身。

 これを乗り切れば出れるってことだな。

 初っ端から全力で行く。


 迅雷を発動、加速して攻撃を何度か仕掛けたが、飄々といなされる。

 別にそれは問題ではない。

 しかし、気になるのは分身の戦闘スタイルが俺らしくない。

 何かを狙っているのか?

 あるとすれば油断を誘うとかだが、本人相手にそれが通用すると判断されているのか。

 分身が一気に加速して距離を詰めてくるが、これは迅雷じゃない!?

 予想外の分身のスキルに驚きを隠せない。


 敏捷向上から派生した二つのスキルはランクアップして性能が上がった。

 どちらも敏捷向上よりも高いバフ性能で完全に上位互換になるわけだが、そこまでは二つのスキルに違いはない。

 違いがあるのは追加効果だ。

 迅雷は直線的な動きがより速くなる。

 もう一つの派生である疾風は曲線的な動きがより速くなるというもの。

 迅雷は相手に読まれやすい動きになってしまうが、一瞬の加速は疾風を超える。

 それに迅雷の直線的な動きが読まれやすいと言っても、緩急をつければそこまであからさまにバレるわけではない。

 最終的に両方のスキルを獲得して統合すれば、両スキルのいいとこ取りである疾風迅雷というスキルになるらしい。


「しかし、どういうことだ?」

 俺の獲得していないスキルを使ってきた。

 それに刹那無常での攻撃は俺相手には有効的ではないはずなのにそれを選択した分身。

 刹那無常を右手に握っているのは不可解だ。


 右手と左手はどちらも差異なく操れるに越したことはない。

 しかし、俺はまだまだ右手の方が力を出しやすいので攻撃用は右手、防御用に左手とある程度役割分担をしている。

 刹那無常を右手で握るときは相手の防御が硬く、固定ダメージを出したいときだ。

 俺のような防御が低い相手にはその選択はしない。


 だが、その理由はすぐに分かった。

 分身の刹那無常が青色の炎に包まれる。

 間一髪……反応が遅れてバックステップしていなかったら受けきれなかっただろう。

 分身の振るった刹那無常の跡に青炎の残像が残る。


「煉獄斬?」

 怨恨纏い中にしか発動できなかったそれを分身は素のままで放った。

 いや、薄らとだが怨恨纏いを発動している。

 俺はここで怨恨纏いを発動させることができない疾風はそもそも獲得していない。

 煉獄斬も俺が放つものよりも数段キレがいい。


 なるほど……

 この分身は蒼と倒したとある時点の俺の過去の分身とは異なり、未来の俺の分身。

 俺が成長するであろう先の姿を反映している。


 さすがに難易度が上がりすぎだ。

 いくらなんでも勝ち目があるとは思えない。

 無理ゲーだろ。


 分身が突如消えた。

 高速で移動して目で追えなかったのではなく、たしかに忽然と消えた。

 今は怠惰の魔眼を発動している。

 これで目で追えないは考えにくい。


「後ろか!?」

 相手が消えたときは大体後ろだろ。

 ただの勘だったが、意外と当たっていたらしい。

 背後からの攻撃を防ぐ。

 距離を取ろうと離れた瞬間、黒槍が追撃をしてくる。

 精霊刀での魔法も当然のように俺の放つ黒槍よりも強化されたものになっている。

 螺旋を描いて迫る黒槍に対して、本能的に受けることが不可能だと判断し、シャドウダイブで躱す。


「……!? ごぽごぽごぽ」

 影に入った瞬間に体全体が押し潰される。

 しかもこの中は息ができない。

 何が起きているか理解できないがとにかくマズイ。


「ふぅ、らぁぁぁぁぁ!!」

 息を止めて集中、無我夢中に魔力を解放して影から脱出することに成功した。


「ごほっごほっ、はぁ……はぁ……」

 相手も影が操れるとこんなことになるのか、いい勉強になった。

 俺よりも分身の方が影を操る力が強く、乗っ取られたような感覚だ。


 それからも分身の攻撃は止まることがなかった。

 ひたすら防戦一方でぎりぎり生き延びるのが精一杯。

 なんとかなっているのは、使ってくるスキルのどれもが俺のスキルの延長線上にあるからだ。


 それにしても俺はやりづらい相手だ。

 どうしても虚像の振る舞いシャドームーブなどの幻影で相手に攻撃させて隙を作ってカウンターするのに慣れすぎてるせいで、それが効かないとやりづらい。

 シンプルにいけってことなんだろうな。

 分身は効かないと分かっているのかその類のスキルを使ってこない。


「はぁ!? ちょっと待てよ、それは俺もまだ使ったことないんだぞ、ふざけんなよマジで!!」

 分身は暗器術でナイフを持ち替えた。

 暗器術も成長してストックが増えたのか……とか今はそんなことどうでもいい。

 新しく装備したナイフはアグスルト討伐の報酬で獲得したナイフだ。

 しかも、あの討伐隊にいてアグスルトの名を冠する装備品は数人しか獲得できていない超レアなもの。

 まだ、装備できなかったし、暗器術のストックも足りなかったので眠らせておいたのに、分身に先を越されるなんてそんなことあるのか。


 なんだか、怒りが沸々と湧いてきたよ。

 楽しみにしていた小説のネタバレをされた気分だ。

 何が何でもこいつは倒す!!

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