75話 無闇回廊

「どこまで行ってもひたすらに闇が続いているだけか」

 ここに入ってどれくらいの時間が経っただろうか、方向感覚も時間感覚も狂って自分がどれだけ歩いたのかも分からない。

 無闇回廊むあんかいろう、その場所は裏の人間の中でもごく一部の者しか知らない。

 隠者系統の修行先としてよく使われるらしい。

 複数人で同時に同じ場所から入っても中では必ず1人になり、延々と光の当たらない闇の中を歩き続けなくてはならない。

 カンテラで灯を灯しても伸ばした腕の先が僅かに見える程度にしかならない。

 しかし、そんなことをしては格好の餌食になるので灯は消した。


 ここには修行に失敗してか、はたまた運悪く迷い込んでか、出ることが叶わず生者ではなくなった者たちが徘徊している。

 突然襲ってくることはなく光を見たときだけ襲ってくる。

 死んだことにも気づかずに光を出口だとでも思っているのか一斉に群がってきたときには驚きを感じたものだ。


 その場で長時間止まることは許されない。

 空間が捻じ曲がっているので同じ場所にいるとそれに巻き込まれてしまう。

 そのため動き続けなければいけない。

 ゴールも見えず、1人で歩き続けるなんて狂気に呑まれそうな苦行だ。

 うまく出れたとしても半数以上が精神が狂っていたなんて、これが修行として成り立っているとは到底思えなかったが、歩きながら考えて一つの結論に辿り着いた。

 なんせ考える時間は死ぬほどあるからな。


 精神が狂う、それが目的なんじゃないだろうか。

 隠者系統は冒険者として活躍するならまだしも、その特性をフルに活かそうとすると、どうしても裏の仕事になりがちだ。

 決して人には言えないような後ろめたい仕事を何も考えずに行えるようにするために精神を壊す。

 ありそうで怖い。


 しかし、そうなると何故セバスは俺をここに入れたのか。

 精神を壊すためだなんて思いたくもないが、他に理由でもあるのかどうか、こればかりは考えても分からず憶測の域を出ない。

 試練のダンジョンのように精神を狂わさずに生還すれば何らかの特典が貰えるのかもしれない。

 じゃなければやる意味がない。

 現地人ならここに入った時点で生還するか死ぬかの二択だが、俺は死んでも蘇ることができる。

 本当に嫌になれば、自殺すればここから抜け出せるので正直、精神的負担は現地人に比べれば圧倒的に軽い。


「なんだ?」

 時間なのか、この場所なのか、何をキーにしたのかは分からないが空気が変わった。

 明確な殺意!!


「何者だ!?」

 飛んできた投げナイフを刹那無常で叩き落として問いかけるが答えは返ってこない。

 相手は1人だと思う。

 相当に気配を隠すのが上手いな。

 完全に気配を消すのではなく、複数の気配を辺り一面に放ってどれが本物かを分からなくさせている。

 この中に本物がいるのかもしれないし、いないのかもしれない。


 同時に全ての気配が闇に溶けるように薄くなっていく。

 しかし、一つだけ隠しきれてない気配が背後から近づいてきている。


 カキィィィィン。


「……!?」

 俺は気配のなかった正面からの攻撃を防いだ。


「やはりな、このレベルの奴があんな下手なことするはずがない」

 背後の気配は罠で、後ろに注意を向けてその逆から攻撃する。

 まぁ、王道な手筋だな。


 また気配が増え、さっきの倍以上になっている。

 次は同時攻撃か。

 周りから同時に気配が近づいてくる。


「本物はそこかな」

 再び攻撃を防ぐ。

 次は気配の中に隠れていた。


「くっ……」

 押し殺してはいるが苦悶の声が聞こえる。

 刹那無常で攻撃を防ぐと同時に月蝕で腹部を切った。

 声はかなり若いような気がする。

 まぁ、欺瞞かもしれないが。

 それにしても結構深く刺したつもりだったが、我慢強いな。


 しかし、ここの仕組みが胸糞悪いとさことに気づいてしまった。

 予想でしかないけどほぼ当たりだろうな。


「懲りない奴だな」

 また気配の数が増える。

 同時に近づいてくるが、さっきと違うのは本物が一つじゃないということだ。

 投げナイフを操って偽の気配に忍ばせていたな。

 本物が一つだと高を括っているとそれにやられるという攻撃なのだが……


「ガハッ」

 向かってくるナイフを弾いて、相手の腹部を蹴り飛ばす。


「まだまだぁぁぁぁ」

 大きな声を出しているものの、声の位置が特定できないよう360度すべてから均等に聞こえるよう細工がされている。

 次は気配全てに投げナイフを隠したのか、数にして30以上はある。

 全てを見事に操っているとなるとは技量はかなりのものだな。


「馬鹿正直に防いでやる必要もないだろ」

「そっ、そんなぁ……あれが躱されるなんて……」

 少年はその場で膝をついた。


「もうぼくにはあれ以上の攻撃はない。一思いに殺してくれ」

「別に殺す気はないっ……と思ったが殺そうかな」

 近づいたところを不意打ちでナイフを投げてきやがった。


「ここまでか……」

「はぁ、殺す気はないと言ったろ、それよりも久しぶりの会話なんだ少し付き合ってくれよ」

「それはどういうことだ?」

「お前も修行とかでここに放り込まれたんだろ」

「えっ、いや、それは……」

 少年はここにいる理由を話し始めた。

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