32話 無礼講

 怒涛だったダンジョンクリアの日から一夜明け、やって来たのは冒険者ギルド。

 二日酔いで頭が痛い。

 昨夜は飲みすぎた。

 隠者系統は状態異常に耐性があるというのにこの酩酊状態はそれを優に超えてきた。

 最強の毒もあながち間違いではないと実感できる。


「にゃあ、にゃあ、にゃあ、クロツキ辛そうだにゃん」

「てるみん、昨日ぶり」

「飲み過ぎだにゃん、いくらなんでも限度ってもんがあるにゃん」

「お恥ずかしい限りです」

 ギルドにきたのは待ち合わせをしていたからだ。

 声をかけてきた黒髪ショートカットの女性はてるみん。

 大きな弓を背に担ぎ、猫耳と尻尾が特徴的な獣人の来訪者だ。

 独特な喋り方はロープレの一種であろう、そこに触れようとは思わない。


「ガハハ、そんなことでは隠者の名が泣くのではないか」

 肩を強く叩いてきて高笑いする男はジーク。

 まじで今は揺らさないでほしい。


「ほれ酔い覚ましのポーションじゃ、飲んでおいた方がよかろう」

 小柄な老人、青江あおえがポーションを渡してくれる。

 おぉ、飲めば爽快、嘘のように楽になった。


「みんなもこれ飲んでたんだ」

「ノーにゃん」

「いいや」

「飲むわけなかろう」

 三者三様に否定が入る。

 この人たちとの出会いは何を隠そう昨日の飲み屋でのこと。

 ダンジョンクリアでテンションの上がった俺は一人酒を嗜んでいた。

 そこでたまたま隣のテーブルだったてるみんたちと話が盛り上がったのだが、おかしい……

 この3人は少なくとも俺と同量もしくはそれ以上は飲んでいたはずなのに。

 さすがはパーティ名が無礼講ぶれいこうなだけある。

 4人パーティであと1人は準備をしてくれている。

 

「みなさーん、準備できましたよ」

 ちょうどその1人がやってきた。

 ワットソンは虫も殺せなさそうな優しそうな顔立ちに、ゆっくりとした口調の穏やかな人だ。

 昨日はみんなが酒を飲む中、1人だけアルコールを摂取しなかった。

 飲めないわけではない。

 むしろ誰よりも酒豪で酒好きらしいが想像がつかない。

 ワットソンは御者をしていて彼の馬車に乗って今日は王都グランシャリアまで運んでもらおうと思っている。

 運転があるからという理由で昨日は飲まなかったのだ。

 特段飲酒運転がダメなんて法律は王国にはないらしいし、いざとなれば酔い覚ましのポーションを飲めばいいのだが、御者としての矜持があるのだとか。


「狭くてすみませんがどうぞ」

 ワットソンの馬車は馬二匹で引くタイプのもので荷台はかなり大きかった。

 半分以上を品物が占めていたが4人乗ってもそこまで手狭には感じない。

 出発してみれば意外とこれぐらいの密閉感が落ち着くまである。


 滅多にモンスターと遭遇することもないため、のんびりとした時間が過ぎていく。

「そういえばワットソンは王都で商売をしてるんだよな」

「そうですね、各地でお酒を手に入れて王都で売ってます。そこにあるのも九割以上がお酒なんですよ」

「へー、それは凄いな。意外と御者って多いのかな。昨日も別の人に乗せてもらったんだけど」

「珍しいと思いますよ。商人自体は結構いるんですけど。その人も別の職業で馬車を使ってる可能性が高いと思いますよ」

「あー、たしかにその可能性もあるか」

「例えば戦士系統で騎士とかならチャリオットと分類すれば乗りこなせますから」

 ほのぼのとした雰囲気に自然とスローペースな会話が続く。


「クロツキは転職どうするにゃん?」

 昨日の話題の一つに職業についてがあった。

 そこで俺はてるみんたちにもう少しで転職できると話した。

 てるみんは射手系統三次職の弩弓術士、ジークは戦士系統三次職の斧術士、青江は生産者系統三次職の刀匠、ワットソンは商人系統二次職の御者だ。

 各々がかなりの経験を積んでいるしいろんな角度からの話は参考になる。


「どうだろう、悩み中かな」

「今から忍者に転職するのはどうだにゃ?」

「いやぁ、さすがにそれはないよ」

 同じランクの職業、ひいては下位の職業でも条件さえ満たしていれば転職できる。

 しかし、転職の際に大量の経験値を失うことになる。

 それに職業レベルのレベルアップに必要な経験値は総合レベルが参照される。

 当然、レベルが高ければ高いほどに必要経験値は増えていく。

 それなのにレベルアップの恩恵は職業レベルが参照となるため、苦労してレベルアップしても恩恵が少なくなってしまう。

 そもそもの問題として今更INTやMPにステータスを振る気にはなれない。


「知り合いが忍者だけのパーティを作りたいって探してたにゃ。クロツキならきっと仲良くなれると思ったのに残念にゃ」

「あの変わり者夫婦は腕もなかなかに立つしのう」

「忍者といえばあのPK集団のイヴィルターズにも三次職の忍者がいたはず」

「あいつら迷惑だにゃ、早く滅びればいいにゃ」

「今はどこかに潜伏してるという噂じゃ、クロツキも気をつけるがええ」

「えぇ、少なからず因縁がありますから」

「大抵のやつは因縁あんじゃねぇか。見境なしに襲って恨みを買ってるからなぁ。だがよ、そのせいで内部分裂してるらしいぞ」

 その話なら俺もギルドで小耳に挟んだ。


 イヴィルターズは数人のプロゲーマーとそのファンで最初は構成されていた。

 奪うだけ奪って楽して稼ぎ、レベルを上げる。

 当初は本当に好き勝手やっていて、そんな楽して稼げるならとどんどんと人数が増えていった。

 人が多くなったことで気も大きくなったのだろうが、イヴィルターズはやり過ぎた。

 王国から完全に目をつけられてほとんどの街を追い出されることになる。

 それに迷惑行為を受けた人たちの溜まりに溜まったヘイトも集まって動けない状態になっている。

 後からイヴィルターズに参入し、話が違うと抜け始めるグループとそんな舐めた真似は許さないと元々いたグループで対立が激化、泥沼の争いを繰り広げイヴィルターズは半ば崩壊、散り散りになったという。

 ただ、その争いにプロゲーマーと近しい者たちの姿がなかったため何かをする準備をしているとも噂されている。

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