21話 神官の戦闘

 逃げようと思えば簡単に逃げれる。

 隠者職の俺が神官職にスピードで遅れをとるわけがない。

 しかし、それは3人を見捨てるということ。

 彼らは来訪者ビジターで死は仮初のものでしかなくデスペナルティがあるだけだ。

 だが、逃げれば何かを失ってしまう。

 そんな気がしてならない。

 それに俺も来訪者なのだ。


「ふふっ、あははははは、まさかここまで強いとは想定外だ。あなたのことを大したことないなどと評価した馬鹿には反省してもらわなければ。大体が負けたくせに大したことないなんて負け犬の遠吠えでしかない。あなたもそう思うでしょ、クロツキさん」

「お喋りだとは思ってたが、ここまでとは思わなかったよ」

「おっと、これは申し訳ない、楽しくてついね」

 フェイが笑いながら出した拳が顔の横を通過していく。

 当たれば終わり。

 いつもと変わらない。


 俺の攻撃がなかなか傷を与えれないのもいつも通り。

 戦闘が始まってフェイの攻撃は一度も俺には当たらず、俺がフェイに与えた傷は五つ、うち一つで毒を重ねることができたがすぐにポイズンヒールで解毒された。

 それでも毒は残っているのでこれを続けるしかない。


 しかし、疑問が一つ残る。

 フェイの攻撃力が高すぎることだ。

 ギルド職員を簡単に殺してジュンやニャン丸を武器を破壊しながら吹き飛ばすほどの威力を同レベル帯の神官が出せるものなのか。

 必ずカラクリがあるはず。

 威力が高すぎて受け流すこともできないせいで大きく回避しなければならず、攻撃にリソースを割くことができない。


「随分と戦闘慣れしてるようですね。向こうでは格闘技でもしてらっしゃったんですか?」

「いや、こっちで揉まれたからな」

「ほぉ、それは興味深いですね」

 セバスにこれでもかと揉まれ、強敵との戦闘を乗り越えてきた。

 それにフェイの格闘術はスキルでもないし、尻尾のあったマーシャルマンキーに比べれば分かりやすい。


「いい加減に口を閉じたらどうだ!!」

 紫毒のナイフを眼球目掛けて突く。


「甘いですよ!!」

 フェイは俺の腕を取って投げるつもりだったのだろう。


「ふっ、甘いのはそっちだろう」

「なっ!?」

 掴んだはずの腕が消えて投げに移ろうとしたフェイの態勢が崩れる。

 虚の心得による虚像だが今回は紫毒のナイフは本物だったのでよりリアルに騙せた。

 俺は左手に握ったダガーナイフでフェイの腹部を切り裂く。

 不意打ちのクリティカルにより深く傷を与えることができた。


「これは騙されましたよ、癒しの光よ、ヒール」

 神官のスキルであるヒールがせっかくつけた傷を癒していく。

 一見意味がなさそうに見えてもヒールには制限もあると聞いている。

 神官は二次職になって聖魔法を覚え、その中にはスキルのヒールと同じ回復魔法もあるがそれは魔力消費が激しい。

 ポイズンヒールはさらに魔力消費が激しいし俺の毒対策にも魔力は温存したいのだろう。

 なんにせよ一歩前進したのは間違いないが、紫毒のナイフをフェイに拾われてしまう。


「ほぅ、これは素晴らしいナイフですね。ただ、そんな羨望の眼差しを向けられても装備なんてしませんよ。武器の適正が違う上にこれはオーダーメイドでしょう。装備ペナルティに引っかかるような間抜けにぼくが見えますか?」

「さすがにそんなに甘くはないか」

「返すつもりもありませんし、装備はしなくても使いようはありますからね!!」

 装備はしなくても持つくらいならできる。

 そして……投げることもできる。


 紫毒のナイフを躱した隙を突いてフェイが右側に潜り込んできた。

 武器を持たない方を攻めてくるのはさすが抜け目がない。

 さぞ弱点に見えることだろう。


「暗器術ストレージ、リリース」

 紫毒のナイフを収納してすぐに解放。

 壁に刺さっていたナイフが右手にしっかりと装備した状態で握られる。

 振り下ろしたナイフはフェイの右腕を深く貫いた。


「くっ、これが暗器術か、ただのアイテムボックスの劣化かと思っていましたが、なかなかに厄介ですね、聖魔法・ヒール。ですがこれで元通りですよ。そして同じミスはしません」

「強がってても内心では焦ってるだろ」

「何を……見てわかる通り毒も傷もぼくには脅威足りえない」

「たしかに俺の攻撃は微々たるものに抑えられているだろう。でもさっきの紫毒のナイフを投げての攻撃は軽率すぎる。お前の戦闘スタイルなら持久戦の方が安全だろうに。何を焦っている?」

 変わらない笑顔の奥底にはっきりと焦りが見えた。

 なんらかの要因がある、そしてそれは……


「こっちにも予定がありましてね、こんなところで長居してるわけにはいかないんですよ」

「おかしいと思ってたんだ。耐久寄りの神官職のはずなのに異常な攻撃力、その不気味なロザリオが原因か。お前の焦りもそれの能力が起因しているんだろ」

 フェイの首には十字架のロザリオがかけられている。


「ふふ、フハハハハハハ…………はぁ、正解ですよ。だったら何か? これは血染めのロザリオといって攻撃力を劇的に上げてくれるんですよ。分かったところで何か変わりますか?」

「あぁ、悪いけど俺から攻撃を仕掛けることはないだろうな。時間稼ぎに徹することにするよ」

「なら、ぼくはこのまま街に帰りますよ」

「それはダメらしいな」

 そう、俺は元々フェイに戦闘の意思がないなら殺り合うつもりはなかった。


「ファイヤトルネード!!」

「チッ……」

 立ち直ったアリサの魔法がフェイを襲う。

 ジュンとニャン丸も持ち直して四人でフェイを囲む布陣だ。


「くぅぅ……ふぅ、流石に無理ですね」

 フェイは両手を上げて降参のポーズを取ったかと思うと俺の方に真っ直ぐ突っ込んでくる。

 警戒はするが今までの洗練された動きに比べれば精彩を欠いた攻撃だ。

 殺意のこもった手刀が俺の首目掛けてくるのを躱しながら反対に紫毒のナイフでフェイの首を貫く。

 あまりにもあっけない終わりだった。


「ガフッ、今回は……ぼくの負けです。次は……負け……な……」

 フェイが光の粒子に変わる。

 こうしてメタモルスライム討伐依頼は幕を閉じることとなった。

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