10話 森蛇

「申し訳ありませんが後日改めてお越しください」

「そうですか……」

 シュバルツ家を訪れたがメイドの一人からジャンヌとセバスがいないことを伝えられた。


 そりゃそうだよな。

 いつもいつも暇なわけもないか。

 仕方なく再び平原に戻ることにする。

 一角ウサギを狩りにきたのではなく、今回はさらに奥を目指す。

 森に近づくほどにウサギは途端に姿を見せなくなる。

 そこには天敵がいるからだ。


「シャーーーー」

 人の太ももに近い太さの細長い体をクネクネと動かし、頭を上げてそれは威嚇してくる。

 一角ウサギを倒して、さぁ次だという勢いを殺しにくる次なる壁。

 森に生息する森蛇フォレスネークが三匹。


 相手が動く前に先に動いて一瞬で三匹の中央に移動して一息をつき集中する。

「ふぅぅ」

 口を広げた森蛇が連続で噛みついてこようとする。

 攻撃するチャンスがあっても何かを確かめるように避けに徹して手応えを実感することができる。


 レベルアップによるステータスの上昇、一次職ではその恩恵が少ないと聞いていたが、想像以上のものだったと言える。

 殊更、振り分けれるステータスの全てを一つに集約しているのも要因の一つである。

 AGI全振り、隠者であることを最大限活かせると考えての選択をした。

 相手に触らせず一方的に攻撃を浴びせることに夢を見た。


 理想通りに森蛇は俺を捉えることはできず、近づくたびにダガーナイフで傷を与える。

 痺れを切らして精一杯に口を開けて飛びかかってくるも軽々と避けて首を半分ほど切る。

 いくらモンスターの生命力が強いといってもそうなってはどうしようもない。

 さらに追い討ちで素早く二撃目を放ち首を完全に切断。

 一匹が落ちれば加速度的に差は開いて、終始圧倒する形で勝利を納めることができた。

 どれか一つのステータスに全てを注ぎ込む極振りを選択する者は少ない。

 なぜなら取り返しがつかないからだ。

 特化するということはそれ以外が弱くなり、選択肢が狭まるということ。

 本来であれば攻撃力に振っていない俺ではモンスターを倒すのにかなりの時間を要するはずなのだが、それをダガーナイフが補ってくれている。


 カサカサカサ……


「影が動いたように見えたが気のせいか?」

 戦闘後で集中力がピークに達していて五感は研ぎ澄まされていた。

 それらが気のせいなどではなく、確実に何らかの生物が様子を伺っていることを確信させる。


「地を這う音、森蛇か? いや、これは……」

 視界が動く影を捉える。

 捉えられたことを察知したのか気配を隠すのをやめ、速度を上げて俺の周りを回り出したそれは森蛇ではあるが、ただの森蛇ではない。

 サイズが二回りも三回りも違う。


 人の胴体よりも太く、全長にして5メートルを優に超える巨大な森蛇。

 巨大アナコンダを画像や動画でチラッと見たことがあってもいざ対峙してみると迫力が凄まじく、より大きく見える。

 そして全身を覆う刺々しく、毒毒しい紫がかった鱗はそこらの冒険者を絶望に叩き落とすだろう。

 強者の威圧を受けて全身に鳥肌が立つのを感じる。

 それでもしっかりと両の目で観察をして勝ち筋を探るのは単に肝が据わっているのではなく、隠者という職業によるところが大きかった。


 基本ステータスとは異なり一般的な鑑定では見ることのできないステータスである隠しステータス。

 どれだけの隠しステータスが存在するかは判明していない。

 βテストの段階でも膨大にありすぎて解析班が匙を投げたのは有名だ。

 隠しステータスは有名なところで武器熟練度などがある。

 同じ武器種を使い続ければ熟練度が上がり、ステータスは同じでも差がつくのである。


 各職業にもこういった隠しステータスが存在しており、隠者のそれは状態異常への耐性になる。

 恐怖というのも一種の状態異常であり、それに耐性を持つことでどのような極限状態でも冷静でいられる。

 もちろん許容範囲はあれど他職業と比べれば雲泥の差が生まれる。


 巨大な森蛇はここら一帯に君臨する王である。

 姿を見せれば誰も彼もが腰を抜かすか、背を向けて逃げ出す。

 そんな中、目の前の男はただ立っていた。

 恐怖を感じている気配もないので、森蛇は新鮮な気持ちで獲物を品定めしていた。

 そしてクロツキもこれ幸いにと冷静に分析をしていた。


 森蛇が生存競争を勝ち抜き成長した姿、紫森蛇ヴィオラフォレスネーク

 その紫の棘鱗しりんには毒があり、迂闊に近づくことはできない。

 顎に挟まれれば牙に鱗よりも強力な毒があるのも関係なく即死は確実、他にも危険な点を挙げればキリがない。

 狙うなら棘鱗のないお腹側ということになるが、それは紫森蛇の懐深くに潜り込まなければ行けないということ。

 蛇の武器は牙や毒だけではなく、長い体を活かしたしめつけもある。

 懐に潜るということは捕らえられる可能性が格段に上がるということ。


 逃げる……

 冷静に見ても殺される確率が高い。

 戦略的撤退というやつだ。


「いや、ないな」

 一瞬でその考えを頭の外に弾き出す。

 逃げるにしても最低限の実力は必要でここは敵のホームでもある。

 隠れる場所のない平原で逃げ切れるとは到底思えないからだ。

 殺るか殺られるか。


「シャァァァァァァァァァァァ」

 品定めを終え腹を空かせた紫森蛇の金切り声が響き渡る。


敏捷向上アジリティアップ器用向上デクステリティ・アップ、さぁかかってこい」

 俺はダガーナイフを逆手に持って構えた。

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