4話 シュバルツ家
なんとかなった……
覚醒状態、といってもゲーム特有のスキルなどではなく、単純に極限まで集中していた俺は気づいたとき目的地に辿り着いていた。
老執事セバスの頼みであるテディベアを脇に抱えて門に近づく。
遅い時間だったこともあって、不用意に近づいたところで門番に槍を突き出される。
「待てっ!! これ以上先へ近づくことは許さない」
「少しでも怪しい動きをしてみろ、我々は武力行使の権限を持っている」
まだ、門に近づいただけで入ろうとした素振りも見せていないにも関わらずこの警戒振り。
貴族か何かの令嬢だとは思っていたが、規模が違ったらしい。
考えを改めざるをえないと同時に現金ながら、報酬はどんな凄いものなのかと脳裏をよぎってしまう自分がいる。
なんにせよ、この門番を突破しなけへばいけないのだが力づくは論外。
ここは魔法の言葉を使うしかない。
「あの、セバスさんという方にここに来るようにと言われたんですが……」
「セバス様が?」
「っ!? すぐに確認しますのでお待ちください!!」
効果覿面ですぐに門の向こうから馬車がやってきた。
屋敷まで乗せてくれるとのことだが、庭の中で馬車を使うことになるとは。
よく、億万長者なんかはこんな風に広大な敷地で門から屋敷まで結構な距離があるというのを見たことがある。
シンプルに不便でないだろうかなどという疑念を抱いてしまうのは下々の感性か。
門の内側には豪邸がいくつも建っていて、噴水はもちろんプールも完備されている。
まるでそこに一つの町があるかのようなスケールのデカさ、門の中にまた門があるのは一般人には理解できない感覚。
そして連れてこられたのが城とくれば、もはや一般常識の埒外として逆に清々しさを感じる。
ゴシック調の黒を基調とした城の下で月明かりに照らされる場違いな夜桜を満喫する人物がいた。
和洋折衷ここにありとでもいうように、桜が西洋風のそこに綺麗に収まっている。
ティーカップに入った紅茶を口に運ぶ一連の動作は写真なんかでは伝わらないほどに貴族然としていて、警戒しなければと思っていた隣に控える老執事が霞んで見えた。
「おぬしが妾の人形を探してきてくれた者か、セバス」
「御意」
速やかに抱えていたテディベアが回収されて間違いなく本物だと認定される。
「どうじゃ、とりあえず座っては」
目の前の少女がそう言うと、突如現れたメイドがイスを引く。
横の少し離れた場所に何人もの執事とメイドが頭を下げて彫刻のように固まっていた。
「ありがとうございます……」
一回り以上年下であろう少女にどんな口を聞かれようと不愉快な感情など一切湧いてこない。
妙に喉が渇いて、背中を嫌な汗が伝う。
高貴な存在はその存在自体が高貴であり価値があるとはよく言ったものだ。
ただそこにいるだけでとんでもない圧力が放たれている。
王族……ではないはず。
なぜならこの町はグランシャリア王国にある領都レストリア、王都はまた別の場所にあり王城もそこにある。
しかし、この雰囲気でそこらの十把一絡げの貴族と同じはずがない。
それだけは確信が持てる。
確実に王国の中でもかなり高い地位にいるはず。
「まずは礼を伝えよう、この度は妾の大切なものを取り返してもらって感謝する」
「お嬢様、クロツキ様は
「おぉ、そうじゃったな。妾はジャンヌ・マリー・シュバルツじゃ」
「クロツキと申します」
「うむ、セバスからも聞いていると思うが、褒美については金一封と、おぬしが隠者ということであればナイフなんぞあれば上手く活用できるじゃろ」
「クロツキ様、こちらを」
盆の上に銀貨一枚とナイフが置かれて運ばれる。
銀貨一枚でおよそ10万円の価値がある。
拘束時間が1日だけということを考えれば破格の報酬。
さらに追加で武器まである。
「うっ……これは……」
「んっ、なんじゃ、ペナルティを受けたのか?」
「どうやら、そのようです……」
体が重く力が抜ける。
ナイフから手を離すと拘束から解放されたような感覚を覚える。
「そうか、使えないんじゃ意味はないか、他に何かあったかのう?」
「いえ、これで十分です」
かなりのペナルティを受けるということは、それだけランクの高い武器の証でもある。
今は使えなくても貰っておいて損はないと考えた。
「しかし、ゴミを渡したとあっては我がシュバルツ家の恥……」
少女はまるで少女の振りをするようにオーバーリアクションで首を傾け、顎に手をついて思案する。
そして閃いたと全身を使って表して口を開く。
「セバスよ、そのナイフが使えるように鍛えてやれば問題ないのではなかろうか」
「それはクロツキ様のご予定にもよりますが、いかがでございましょうか?」
自分の至らぬところで話が進んでいく感覚を体験しながらも決して抗うことのできない流れ。
この世界での明確な目標もなければ、指標すらない。
首を縦に振らない理由はないか。
「では、それらは明日からということで、今宵は食事でも楽しんでいっておくれ、シェフに腕を振るわせよう」
数分のティータイムの後、次々と食事が運ばれて机の上に並べられていく。
見事すぎる!!
ここまでの味の再現がされているなんて、今まで食べてきたどの料理よりも美味しいかもしれない。
高級レストランに手が届かない給与ではなかったが、いかんせん時間がなかった。
どんなに稼ごうと使う時間がなければ意味がない。
特に朝早くから夜遅くまで働く身として最も重要なのが睡眠。
つまりは食事の時間を削って睡眠時間を確保していた。
初めてのコース料理、さらにシチュエーションというか、月光と黒城と夜桜で風情も完璧、メイドと執事の気配り、料理に集中したのはいつぶりだろうか。
「満足そうで何よりじゃな、妾は先に戻るが諸々のスケジュールはセバスに一任するので、気になることなどあればセバスに聞くといい。ではな」
その場の全員が恭しく頭を下げるのに合わせて、深くお辞儀をする。
少女が去ったあとも食事を十分に堪能した俺は明日を楽しみに客間で一夜を過ごした。
この後の訓練が壮絶なことになるとも知らずに……
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