2話 リアルな世界
職業を選択した者は別の場所に集められる。
まるで全校集会を受ける学生のようにざわめき散らすのは若干仕方のないこととも言える。
誰だって待ちに待ったゲームを楽しめるのだ、俺だってソロじゃなければこの興奮を言葉早に伝えているところだ。
つまるところ早く本編を楽しみたいけどチュートリアルを受けさせられている。
しかも少し冒険者ギルド側で一悶着あり、もう少しお待ちくださいとギルド職員が伝えていることもあって、待たされているというフラストレーションが溜まっている状況である。
そんな中、ようやく動きがあって俺たち見習い冒険者は30人一組を作らされてそれぞれ移動すると、先には何人かの冒険者が待機していた。
「俺はお前たちを指導するCランク冒険者のバーンズだ。その年にもなって何もできないゴミみたいお前たちを俺が直々に指導してやるんだからありがたく思えよ」
バーンズと名乗る冒険者然とした男の横柄な態度に困惑を示す声がちらほらと上がる。
そんな中、1人の男がバーンズの前に立った。
「ふんっ、Cランクのモブ野郎がよぉ、どうせ大したことないんだろう」
「殺されたいようだな」
互いに体格が良く筋肉隆々としている。
バーンズは剣を腰に差していたが、それを外して仲間であろう冒険者に預けた。
「おいおい、バーンズやり過ぎんなよ」
「大丈夫だって、少し現実を教えてやるだけさ、それにやりすぎても問題にならねぇよ」
うっ……えげつないな……
正直、俺には何が起きたかほとんど分からなかった。
先に殴りかかったはずの男が突如、膝から崩れ落ちて首は曲がってはいけない方向を向いていた。
開始早々、グロテスクな光景を目にしてしまった。
「ほらな」
「初めて見たぜ」
死体が光の粒になって消えていくのをバーンズとその後ろにいた冒険者たちが薄ら笑いを浮かべて眺めていた。
その後、俺たちから文句を言う奴は出て来ず、冒険者に関する簡易的なレクチャーだけを受けて木箱から武器や防具を見繕い装備をする。
バーンズらにこれから実践を行うと言われて俺たちは街の外にある山へと連れていかれた。
「まぁ、何事もやってみねぇとわかんねぇだろうから、とりあえずゴブリンでも狩ってこいや」
ゴブリンと言えばファンタジーでは定番の雑魚キャラ。
が、甘かった……
「ハァ、ハァ、ハァ……ぺっ、ぺっ……」
殺れ、殺せなどと物騒な怒号が飛び交う中、同じような境遇にある何人もが森を駆けてターゲットを追い込んでいく。
前を走る人の蹴り上げた土が口に入る。
じゃりじゃりとした食感となんとも言えない苦味が口に広がった。
最初こそ静寂でいて、自然の香りが充満していた森のあちこちで叫び声が上がる。
血生臭い光景が目の端に映ると、その香りを実際に体感することができてしまう。
リアリティが過ぎるのもいかがなものかと考えさせられる。
全力で走りながらも、周りの景色はしっかりと捉えられており、普通なら気づかない違和感に気づくことができた。
微妙に枝葉が折れ、足跡を隠したような痕跡。
周りが走る方向から横道に逸れた場所に隠れたのだろう。
そしてそいつらが洞窟の中にいるのを見つけた。
「キィィィ」
汚れた深緑の皮膚、尖った耳に棍棒を持って、1.3メートル程の小柄な体格で腰を曲げたソレは前傾姿勢をとって邪悪な目つきで威嚇してくる。
これこそイメージ通りのゴブリンだ。
倒すべき相手であるのに、ゴブリンの前で動きが止まってしまう。
痛みはあっても死ぬことはない。
そんなことは分かっている。
ゴブリンについても冒険者ギルドで軽い説明は受けた。
冒険者でなくても大人ならまぁ負けないと。
ではなぜ動かないのか。
動けないのか。
張り詰めた空気が肌をひりつかせる。
簡単に気持ちの整理がつくわけもないが、唾を飲んで覚悟を決めて一歩前に出たときだった。
ザッ……
しまったと感じたときには遅い。
目の前のことに集中をしすぎて周りが見えていなかった。
他のゴブリンが戻ってきたのか、そいつは横から突如現れて、振り降ろされようとしている棍棒はもう眼前に迫っていた。
殺られると思ったが、殴られる前にゴブリンの首が飛んだ。
「大丈夫か?」
「あぁ、ありがとう」
振り下ろされた大剣を軽く持ち上げた男は下がっていろと手で合図をする。
男は洞窟に入ってものの数分で出てきた。
その間、呆然と立ち尽くしていることしかできなかった。
頭の中で先程の光景がループし、生にしがみつこうと必死に叫ぶ雄叫びが虚しくも脳内に響いていた。
「ありがとう、助かったよ」
「気にしないでくれ、助け合いってことよ。それにあんたがいなきゃ、この洞窟は発見できてなかったしな。取り分は半々でいいか?」
男の名前はオーウェン、戦士職で同じ
今回のこれは冒険者ギルドによる、新人訓練の一環であり、クエストでもあるため微々たる報酬が払われる。
報酬はゴブリンの討伐数によって変化する。
「いや、俺は1匹も倒してないし、助けられただけだから……」
「そうか……まぁ、そういうことならありがたくいただくぜ」
「それよりも、すごいな。大剣ってあんなに軽々と振り回せるもんなんだな」
「元々筋力に補正もかかってるし、身体強化も使ったからな」
「そうか、慣れてるんだな」
「んっ、まぁ、この手のゲームは結構やってきたからな。ここまでのリアリティは尋常じゃねぇけど」
「たしかに、リアルすぎるな……」
カーン、カーン、カーン。
集合の鐘が鳴り響く。
成果は言うまでもないだろう。
落ち込むのとはまた違った感情、現実世界では味わうことのなかった、何ともいえない虚しさが心に残った。
第二の世界、まさしくその謳い文句を体現するリアリティにして、過酷な実情。
日本という平和な国に生まれて四半世紀ちょっと、何もかもが違うこの世界を知る由もないはずなのにDNAに刻まれた何かがノストラジックな思いに馳せさせると同時に生存本能をくすぐってくる。
そうなんだなと納得せざるを得ない。
何もできなかったにも関わらず、心はこの世界にガッチリと掴まれてしまったようだ。
冒険者ギルドに戻ってきて、同じように今日ゲームを開始した来訪者たちがゴブリン討伐の報酬を得ている。
それを横目に一抹の成果すらなくても心はスッキリとしていた。
この世界で生きていくんだと実感した後の景色、今朝のものとはまた違った表情に、一面に、気づくことができた。
家の前で走る少女と子犬、母親は家の中で食事の準備をしている。
冒険者ギルドの前で人波の整理をしていた父親の帰宅で家族に笑顔が溢れる。
あっちでも、こっちでも何気ない
彼ら、彼女らはゲームの背景ではない。
この世界でたしかに存在して、そして生きている。
ゴブリンの1匹も倒せないのか、ゲーム下手すぎだろ、早く止めればいいのにとか、そんな声なんて正直どうでもいい、とにかく今は沈みゆく夕日に照らされた町の景色を目に収めたい。
十数分もの間、冒険者ギルドの前で立っていたのはさすがに不審者すぎたかもと少し反省する。
さて、こちらの世界での食事を楽しもうかと思ったのも束の間、働くもの食うべからず。
金銭どころか、売りに出せそうなアイテムも何一つ持っていない。
となれば、地道に依頼をこなしてお金を稼ぐしかない。
「うーん、世知辛いけど悪くないな」
これはこれでありだなと感じてしまうのはこの世界にハマってしまった影響なのか。
「申し訳ありませんが、少しだけよろしいでしょうか?」
「……!?」
ギルドへ入ろうとしたところ、執事服に片眼鏡をかけた初老の男性に呼び止められる。
あまりにも自然でいて、執事然とした立ち振る舞いに一瞬驚いてしまった。
「何かご用でしょうか?」
相手の方が年上であり、もちろん敬意を払うのは当然、そもそもが初対面なのだから一層そうであるべきなのは周知の事実。
しかし、指先、いや髪の毛の一本一本からも所作の美しさを感じていた。
この人には逆らってはならないと脳が危険信号を送り続けてけてくる。
「申し遅れました、私はさる御方の執事をしております、セバスと申します」
「クロツキと申します」
「急に話しかけてしまい申し訳ありません。お時間よろしいでしょうか?」
「あっ、はい、大丈夫です」
「実は私の仕えるお嬢様が、とある人形を失くしてしまいまして大変困っていたのです。それなりの報酬はお支払いは致しますのでお手伝いをお願いできないでしょうか?」
お嬢様とやらが落としたのはどこにでもありそうなテディベアの人形、見せてもらった写真には金髪にお嬢様風のハーフアップの髪型の少女とその少女が大事そうに抱えているテディーベアが写っていた。
町の中しか移動していないのでどこかにはあるはずとのこと。
問題があるとすれば既に誰かに拾われているか捨てられているか。
「もし、見つかりましたらこちらへ届けてくだされば話はつけておきますので、もしも本日中に見つからないようでしても、いつ来ていただいてもお礼はさせていただきます。では、よろしくお願いいたします」
そういうと老執事は人波に溶けるようにその場から去ってしまった。
しかし、よろしくと言われても手がかりは写真一枚と……小石?
ある程度の移動経路は聞くことができたが馬車で移動してるせいで範囲は中々に広い。
とりあえずやれることといえば、片っ端から歩いて探すしかないか。
この小石は何に使えるのだ。
もしかしたら来訪者ということを知らなかったのではないか。
基本的に現地人と来訪者は見分けがつかない。
これがこちらの世界でモノ探しに使える重要なアイテムだったとしても使い方が分からない。
どうして初めて会った人のお願いを聞いているのか。
報酬に釣られて?
払ってくれる保証もないのに。
いやいや、服装や立ち振る舞いが見事なものだったからきっと大丈夫だ。
でも、詐欺師の類であればあるほどそこら辺は抜け目なくしているはず。
それに例え本物だったとしても貴族の傲慢なイメージは払拭できないだろう。
しかし結論は出た。
あの人が殺そうと思えば一瞬で殺される。
そんな強者のオーラを感じたからこそ、首を縦に振ったんだ。
一瞬で殺されるなんて執事という職業に夢を見過ぎだろうか。
いや、俺たち来訪者はまだ生まれて一日目なのだ、知識も力も金も何もかもがない。
バーンズと名前も知らない来訪者のいざこざを思い出す。
あのときでさえバーンズの動きは全く見えなかった。
なのに老執事はバーンズよりも不気味なのだ。
あの老執事に逆らえば良くないことが起き、逆についていけばきっといいことがある。
俺は全力でこの写真に映る人形を探すと決意した。
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