第13話
敵は赤き龍と転生者の二人。
対してこちらは、旧世界で共に戦った仲間を合わせて十一人。
しかし、数の利を活かすことはしても、過信しすぎない方がいい。なにせ相手は枠外の存在と、その力を受け取った転生者だ。
これまでのどの戦いよりも、苛烈なものになる。
だからこそ、桐原愛美は笑みを深めていた。久しぶりの殺し合い。彼女の体感では、およそ十七年ぶりだ。おまけに相手はとてつもなく強いのだから、胸が躍るに決まってる。
「誰がどっちの相手する?」
「二人とも私に寄越してくれてもいいのよ」
「却下だ、殺人姫。舐めてかかると痛い目を見るぞ」
「なら織と朱音、それから桃と緋桜はこっち来なさい。化け物退治と行くわよ!」
「あ、おい!」
静止の声も聞かず、殺人姫が大地を蹴る。
記憶が戻ってすぐにこれとは。相変わらずというかなんというか。ため息を吐きたくなる織だが、自分の口角が上がっていることを自覚した。
なんだかんだ言いつつ、愛美の記憶が戻って、またこうして一緒に戦えることが嬉しいのだ。
「全く、世界が変わっても相変わらずだな、うちの後輩は。ほら桃、俺らも行くぞ。その魔術の使い方、ついでだし教えてやるよ」
「教えてもらうまでもありませんよーだ。どんだけ緋桜のこと見てたと思ってんの」
「お、嬉しいこと言ってくれるねぇ。そんなに俺のこと気になってたのか?」
「煩いばか。ばか、あほ」
唐突に語彙力がなくなった魔女と、ククッと喉を鳴らす緋桜。その二人が、織と朱音に振り返る。
「さあ、行こう織くん、朱音ちゃん」
「愛美にばっか、いいとこ取られるわけにもいかないからな」
愛美だけじゃない。桃にも緋桜にも、ほかの奴らにも。話したいことが沢山ある。だからそのために。
まずは目の前の敵を倒す。
「ああ、さっさと倒して、みんなで天体観測に行こうぜ」
「だね。私たちが揃ったら無敵だってこと、あいつらに教えてあげましょう!」
先行した愛美に続いて、織は術式を構成した。毒はドレスの力で既に消えている。ここからは、正真正銘全力全開。
『ここは退くのが得策だな』
「逃すわけないでしょ!」
殺人姫の鋭い攻撃が、何度も赤き龍へと叩き込まれる。その全てが問答無用で相手を斬り裂く、絶死の一撃。辛うじて躱している赤き龍は表情なんてものを持たないが、焦っているような気配は感じる。
そこに殺到するのは、夥しい数の緋色の桜だ。桃と緋桜の二人が操る花びらは、刃となって化け物の全身を斬り刻んだ。
『ぬ、ぐぅぅぅ……!』
「緋桜一閃!」
「あ、わたしのも取らないでよ!」
短い詠唱。全ての桜が緋桜の手元に収束し、弓の形を取る。桃の文句など無視して力一杯弓を引き絞る緋桜が、流星のような矢を放った。
音を超える速度で赤き龍の胸を穿ち、風穴を空ける。さすがにダメージが大きいのか、化け物の体が完全に動きを止めた。
その足元に巨大な魔法陣が展開され、朱音の詠唱が響いた。
「我が名を以って命を下す! 其は悪しき者を断罪する光の柱!」
更にその魔法陣を囲むようにして、八つの魔法陣が。それぞれから光が聳え立ち、螺旋を描きながら赤き龍の体を飲み込んだ。
それが晴れた先に現れたのは、傷だらけで体のあちこちがボロボロと崩れている赤き龍だ。やはり、位相やキリの力を使えばダメージが通る。
『おのれッ……キリの人間め!』
「させるかよ!」
敵の解放した濃密な魔力。やはり枠外の存在というだけあって、その端末であろうとも小鳥遊蒼に届くほどの魔力だ。
ならば、それを利用させてもらうまで。
織の展開した魔法陣に、赤き龍の魔力が吸収されていく。それに驚愕した気配を見せる敵だが、たかが魔導収束で驚かないでほしい。
化け物を囲むようにして広がる、いくつもの魔法陣。吸収した赤き龍の魔力を組み込んで、銀の槍が現出した。
「
『ぐッ、ガアァァァァ!!!』
爆撃のように降り注ぐ槍の雨。
やつ自身の濃密すぎる魔力で、それはとてつもない威力になっている。コンクリートの地面を抉り、小さなクレーターを作るほどだ。
しかし、それでも完全に倒すまでは至らない。背中の巨大な翼を広げた赤き龍が、クレーターの中心で憎らしげにこちらを見上げていた。
『ここで見せるつもりはなかったが、致し方あるまい……』
呟いて、魔力の風が吹き荒れた。
魔導収束を使おうとするが、魔力を吸収できない。織の知らない、ドラグニア世界のものでもない、全く新しい魔力。
これが『変革』の力だ。おのれの体や魔力すらも、自在に変えてしまう。
「これはちょっとまずいね……ドラグニア世界にいる本体と接続してるかも」
「愛美が簡単に捕まるからだろ」
「煩いわよ緋桜! それで記憶も力も戻ったんだからいいでしょ!」
「言い合ってる場合じゃありませんが!」
「来るぞ!」
全ての音と風が消えた一瞬。その後に、とてつもない衝撃が織たちを襲った。
葵たちと転生者はいつの間にかここから消えていたが、残されている五人はその場で必死に踏ん張り、衝撃の放たれた中心を見据える。
赤き龍は、その名に違わぬ姿へと変わっていた。
四つ足で立つ真紅の巨体。前足に翼が備わり、凶悪な顎と牙を持っている。鋭い眼光は威圧的にこちらを睨んでいて、まるで誰から食うか品定めしているようだ。
「これが赤き龍の本当の姿ってか?」
「ちょっとシャレになんないね、これは」
言っている間にも、ドラゴンの体が動く。
そう思った時には既に、魔女の体が大きく吹き飛ばされていた。
「桃! テメェ……!」
「集え、我は星を撃ち落とす者! 万物万象悉くを斬り伏せ、命を刈り取る者!」
緋色の桜が真紅の巨体へ殺到するが、強靭な肉体には傷一つ付かない。
そちらで気を引いている隙に、愛美が頭上に魔法陣を展開させた。六つのそれは、南斗六星を描いている。
「
魔法陣それぞれから光が落とされるが、耳をつんざき鼓膜を破らんとする咆哮一つに、光は全て掻き消された。
「うるさっ」
「嘘でしょ……」
体の内側まで響く音の衝撃。
愕然とする愛美だが、その表情はすぐに切り替わる。
「桃、まだ大丈夫ね?」
「イテテ……久しぶりの実戦なんだから、ちょっとは休憩させてよ」
「私だって同じよ。それとも魔女様は、あの程度でギブアップかしら?」
「そんなわけないでしょ」
戦線に復帰した桃にクスリと笑いかけ、愛美は刀を構え直す。
しかし、あの防御力をどう貫くか。愛美と朱音の『拒絶』だけに頼るわけにもいかない。
「やれるだけやるしかないか……」
「父さん、なにか策があるの?」
「聞いたところで答えはわかってるでしょ、朱音。こういう時、私たちがどうしてきたのか。忘れちゃった?」
こてんと小首を傾げる朱音。
まあ、策というほどのものでもないから、わからなくて当然だろう。
目の前の真紅の巨体を見つめて、織は高らかに、力ある言葉を紡いだ。
「ドラゴニック・オーバーロード!」
シュトゥルムが分離して、織の右腕を覆う鎧と化す。背には片翼を背負い、己が心の輝きを、異世界の力と共に顕現させた。
「とにかく全力でぶっ叩く、それだけだ」
さあ、第二ラウンドの開始だ。
◆
織たちが戦闘を始めてすぐ。
葵たちはいつの間にか、どことも知れぬ荒野に移動していた。
その場の全員が突然の事態に辺りを見渡す中、宙に浮く灰色の吸血鬼が告げる。
「あの場で戦うのは、不都合が多いだろう。ここはどこの国にも所属していない中立地帯だ。好きに暴れられるぞ」
「だからって説明もなしはやめろよ、クソ親父」
舌打ち混じりに文句を言うカゲロウだが、グレイは肩を竦めるのみ。まあ、たしかにグレイの言う通り、あそこで暴れすぎるのはちょっとまずいけど。
残してきたメンバーがメンバーなので、あまり意味はないかもしれない。兄が止めてくれるのを祈ろう。
「そら、葵。これで毒は消えただろう」
「あ、ほんとだ……」
「貴様ら三人とも、演算が甘いのだよ。相手が枠外の存在であるなら、それに合わせた演算方法があるはずだ。そいつを見つけろ」
体の中に侵食していた、赤き龍の魔力。グレイがこちらに手を翳しただけで、それら毒となっていた魔力が消えていく。ついでに上から目線のアドバイスまで頂いて、素直にお礼を言う気がなくなった。
改めて、目の前の敵を見据える。
市立中学の教師、加茂にすり替わっていた、ぬらりひょんの転生者。
彼は乾いた笑みを浮かべているものの、裏腹に、その瞳から闘志は消えていなかった。
「数が減ったところで、戦力差は依然大きなまま、か……困ったものだ。赤き龍の口車に乗った末路がこれとは」
「なら降参して」
「断る」
これが転生者という人間だ。
どれだけの困難が立ち塞がろうと、その目的のためには、後悔を果たすためには、決して諦めない。死んでも、生まれ変わっても必ず叶える。
その執念こそが、転生者を転生者たらしめている。
「舐めてもらっては困る。たしかに、彼我の実力差は歴然だろう。しかし私は転生者だ。諦めるなどと言う選択肢があるなら、こうはなっていない」
いっそ哀しげにも見える笑みを漏らして、敵の魔力が解放される。
それはたしかに強大な魔力なのだろうけど、葵たち全員には遠く及ばない。
それでも、だとしても。
転生者は足掻く。死のその寸前まで。いや、死んだ後も。
「みんな、戦えるんだよね?」
「当然です。もう、姉さんや朱音だけには戦わせません」
「おう、オレらも一緒だぜ」
同じ遺伝子を持った兄妹が、異なる色の翼を広げて隣に立ってくれる。
「葵を守るって、決めたから。それはこの世界でも変わらないよ」
最愛の恋人である少年が、優しく微笑みかけてくれる。
ああ、でも。この世界では、蓮とまだそこまでの関係じゃなかったな。そう思うとこれから提案しようとしていることが、なんだかとても恥ずかしいことのように思えてきて。いや、旧世界ではいつも定期的にしてたことだし、なんならちゃんと付き合う前からもしてたけど。
この新世界での記憶が、余計な羞恥心すら呼び起こしてしまう。
それでもなんとか勇気を振り絞り、自分の顔が熱くなることも自覚しながら、掠れた声を出す。
「ね、蓮くん」
「……うん」
熱っぽい声と濡れた瞳に察するものがあったのか、呼んだだけで頷きが返ってくる。
けれど当然、敵が待ってくれるわけもなく。解放された魔力が、いくつもの形を持ち出す。やつの背後に控えるように現れたのは、大量の妖怪だ。
種類は様々。土蜘蛛や鵺、猫又に天狗、鬼までいるが、全て人間とは程遠い、化け物じみた姿だ。
ぬらりひょん。百鬼夜行を率いる妖怪の総大将。
後世の誤伝ではあるが、この時代まで伝わってしまった、ぬらりひょんという妖怪が持つ力に違いはない。
「さあ行け、私の百鬼夜行! 我が僕たちよ! 敵を蹂躙しろ!」
総大将の号令の下、歴史に名を残す大妖怪たちが放たれた。雄叫びが大地を揺らし、たった六人の敵を屠るためだけに、百以上の軍勢が。
「私は手伝わんぞ。この周囲一体の認識阻害に集中する。いくら中立地帯とは言え、近隣諸国に勘づかれても面倒だ。貴様らだけで、どうにかしてみろ」
「あのクソ親父……!」
空中でおかしそうに喉を鳴らしているグレイを、カゲロウは思いっきり恨みがましそうに見上げている。
そうこうしている間にも、妖怪たちの侵攻はすぐそこまで迫っていた。
津波、と。
そう称したくなるほどに。
視界一面が黒く染まって、妖怪たちの濁流が押し寄せる。
それを防ぐために、氷の壁が聳え立った。
「まずは周りの雑魚どもを蹴散らすぞ! 葵、吸血するなら早くしろ!」
言っている間にも、氷の壁はミシミシと音を立て始めている。サーニャの異能、氷結能力はかなり強力なものだ。その氷の強度も折り紙付き。
それを真正面から破らんとする物量。津波と形容するのは正しかったかもしれない。表面的に見えている数よりも多い。その後ろから、更に続々と押し寄せてきているのだから。
「翠、オレらも行くぞ!」
「言われるまでもありません」
白銀と灰の翼が宙を駆ける。
氷の壁を、妖怪の波を飛び超えて、翠の魔力砲撃が真上から突き刺さる。一方のカゲロウはその身一つで津波の中へと突撃し、妖怪たちを直接斬り倒している。
三人が時間を稼いでいる今のうちだ。羞恥心なんて感じている場合ではない。
改めて蓮に向き直れば、彼の頬も俄かに赤く染まっていて。
どうして私たちはいつもいつも、戦場でこんな恥ずかしい思いをしなければならないのだろう。
「い、いくよ……?」
「うん、どうぞ」
両腕を広げた蓮。その肩に自分の手を置いて、少しだけ体を浮かせる。そしたら自然といつも通り、彼の腕が背中に回され、抱き止められる形になった。
この世界での記憶分も合わせれば、凡そ十六年ぶりの抱擁。まるで麻薬のように幸福が溢れてくるけど、それどころじゃない。
色ボケはここまでにして、蓮の首筋に牙を突き立てた。
血を吸い上げ、喉を通す。
飲み込むたびに渇きが増していって、もっと欲しいと吸い続ける。
全身に湧き上がってくる力は、記憶にあるものよりも強大だ。その違和感に気づいて、そう言えばと思い出した。
葵は先に、朱音の血を摂取している。異能で構築、再現したものではあるが、本物と全く変わらない。
旧世界において、朱音と蓮の血を同時に摂取した時。あるいは、血を吸い過ぎた時。葵の身になにが起こったのか。忘れるはずもない。
急いで牙を離したが、もう遅い。
「やば、吸いすぎた……」
「葵、大丈夫?」
「大丈夫、だと思う……」
頭の中で囁く声。目の前の人間の血を吸えと、この渇きを潤せと、本能が訴える。
葵の瞳は真紅に染まり、体の周囲で黒い火花が弾けた。制御しきれない魔力が、今にもこの体から放出されそうだ。
かつての葵は、ついぞ暴走の制御に成功することはなかった。イブとの修行では決して人様にお見せできない様な状態になったし、初めて暴走した時だって、聖剣がカゲロウの意思に応えてくれたお陰だったのだ。
イブの助言を思い出せ。
無理に制御しようと思う必要はない。暴走してしまってもいい。
だから、この心の赴くままに。
目を瞑り、深く息を吸って吐く。理性も本能も、全てをかなぐり捨てる。
黒霧葵が従うのは、自分の想いただ一つだ。
目を開けば、暖かくて優しいなにかに、全身を包まれていた。葵の小さな体を黄金の魔力が巡っているのだ。
「これは……」
「さっき言っただろ、葵は俺が守るって」
柔らかい微笑みが浮かべられる。
やっぱり、好きだな。
口の中だけで呟いて、葵も笑みを返した。
「ありがとう、蓮くん。だったら蓮くんは、私が守ってあげるね」
「頼もしいな」
二人で笑い合い、すぐに表情を切り替えた。見据えるのは正面、ぬらりひょんの転生者が魔力で顕現させた、百鬼夜行。
「サーニャさん、お待たせしました! もう大丈夫です!」
「ようやくか! 翠は大丈夫だろうが、カゲロウがそろそろ限界だ!」
蓮と顔を見合わせて頷き合い、空中で魔術を撃ち込み続ける翠の元へ飛んだ。
アウターネックの黒いドレスと
「翠ちゃん! あとは私たちに任せて!」
「姉さん! カゲロウがまだあの中に!」
「よし、俺に任せてくれ!」
蓮の右手にある聖剣が、黄金の輝きを増す。
それは悪を裁定し断罪する聖剣。
担い手の正しい心を黄金の光に変える、正義の剣だ。
「
振り下ろされた聖剣から、黄金の斬撃が迸った。
蓮の心に応え、どこまでも強く大きくなる魔力は、悪しき妖怪を容赦なく断罪し、消し炭へと変える。
濁流の中に、大きな空隙が。
その中心に取り残されている兄へ目掛けて、葵は全力で駆けた。
「カゲロウ!」
手を、伸ばす。
いつかの日には、彼が伸ばしてくれたけど。今は、私が手を伸ばす番だ。私があの手を取るんだ。
上空から高速で飛来してきた妹を見て、カゲロウの表情には一瞬驚愕が浮かぶ。しかしすぐに笑みを作って、しっかりと、葵の手を取った。
そのまま蓮と翠の元まで戻ると、短く礼の言葉が。
「悪りぃ、助かった」
「久しぶりの戦いなんだから、無茶しないでよね」
「バカ言うなよ。お前一人に戦わせるくらいなら、いくらでも無茶するぜ」
「魔力切れかけてるやつに言われても説得力ないんだけど?」
「うっせぇ」
実際かなりギリギリだったのか、カゲロウはそれ以上言い返す元気もないらしい。息も切れていて、すでに限界が近い。
翠とカゲロウには休んでもらわなければ。どうにも嫌な予感がするのだ。ここで転生者を倒して、それで終わるとは思えない。
赤き龍が、どう動くのか。ただそれだけが不安要素だけど、枠外の存在であるやつの動向一つで、状況は簡単に動いてしまう。
それでもまずは、目の前の脅威から。
「我が血に応えろッ!!」
叫び、空に刀を掲げる。
そこへ落ちるのは黒い雷だ。葵の背中には同じ色の稲妻が、翼として噴出する。
「天空から生まれし雷霆、悉くを引き裂く雷光! この身に宿りしは世界を統べる帝釈天ッ!!」
魔力が吹き荒れる。葵を中心として黒い雷が周囲へばら撒かれ、それに触れた妖怪たちは灰のように崩壊していった。
背後にいる大切な人たちには、近づきもしない。ただ、敵と認識した相手にだけ、稲妻が降り注ぐ。
「剛力無双の雷神よ! 終焉と崩壊の力を、今ここに解き放て!」
詠唱が紡がれるにつれ、刀を覆う様に黒い魔力で金剛杵が形作られる。
黒霧葵の心に、想いに呼応して。
稲妻は激しさを増し、最強と呼ばれた武具にはとてつもない魔力が込められていった。
転生者だかなんだか知らないけど。
私の
「
全てを崩壊させる黒い極光が、津波と形容される百鬼夜行とぶつかった。
拮抗したのはたった一瞬。
瞬く間に妖怪たちは崩壊していき、地面にぶつかった黒は、百鬼夜行を根絶やしにするために稲妻を這わせる。
臓腑にまで響く轟音が鳴り続け、それが止んだ頃にはただの一匹も妖怪を残していない。ただ、右腕を失い、今にも全身が妖怪たちと同じ末路を辿ろうとしている転生者が、一人ポツンと立っているだけだ。
「まだだッ、まだ終わらん……! 今度こそ、私は手に入れるのだ……この世界で、今度こそッ!!」
紫の炎が、加茂を中心に広がる。
その瞬間、上空にいた四人は、上から何かに押し潰されるようにして地上に墜落した。
「なにこれ……!」
「立てない……⁉︎」
「重力操作の炎です! あの炎の内側だけ、重力が増してる!」
「くそッ、演算に集中できねぇ!」
見れば、炎はすでにサーニャも含めたこの場の全員を囲むよう、円形に広がっていた。
転生者の炎は強力だ。異能を使おうにも演算に集中できず、黒雷を放とうにも重力のせいで身動きができない。
果たして、どのような後悔を経て、この炎を得るに至ったのか。
一瞬よぎった思考は頭の中から追いやって、打開策を考える。異能も黒雷もダメとなれば、この炎の範囲外からの手助けに期待するしかない。
しかし、唯一範囲外に逃れているグレイは、周囲一帯の認識阻害に集中している。一瞬でもそちらを怠れば、この世界に無用な混乱を招きかねない。
それは、この新世界の平和を崩すことに繋がる。灰色の吸血鬼もそれを理解しているから、こちらの手助けに来ないのだろう。
『全員聞け、少々まずいことになった』
そのグレイの声が、突然脳内に響いた。
一体なにごとか。こっちは話を聞いてる余裕なんてないのに。
だが吸血鬼の声は、妙な緊張を帯びていて。嫌な予感が的中してしまったのだと、葵は下唇を噛んだ。
『赤き龍が、ドラグニア世界にいる本体と接続した。あの街であれ以上戦わせられん、こちらに転移させる』
「は? おいクソ親父、どういうことだよそりゃ!」
「こちらそんな余裕などないと言うのに……!」
カゲロウと翠、長男と末女の文句など無視して、グレイの異能が発動される。
虚空から姿を現したのは、真っ赤な巨体。
凶悪な顎と鋭い牙を持ち、前脚に翼を備えたドラゴン。
こいつが、赤き龍と呼ばれていたあの化け物だと? たしかにその名の通りの姿になっているけど、感じられる魔力は先程までの比じゃないくらい強大なものだ。
今の葵ですら、鳥肌が立ってしまう。
「丁度いいところに来た……赤き龍! 私を喰らえ!」
「なっ……⁉︎」
とんでもない提案に絶句する。
しかしドラゴンは迷わない。その顎を開き、容赦なく転生者の全身を口に含んだ。肉が裂け、骨の砕ける生々しい咀嚼音。
そのグロテスクな光景に目を逸らしていれば、紫の炎は掻き消える。
遅れて、近くに織たちが転移してきた。
目の前で繰り広げられる凄惨な光景に、織と緋桜の男二人が情けなくも悲鳴を上げる。
「おいおいおい、なにやってんだよあれ⁉︎」
「葵! あんなの見たらダメだぞ! 教育に良くない!」
言われなくても見てないし、見たくもないし。
「うわぁ、あんな原始的な力の取り込み方、久しぶりに見たよ。何百年前の黒魔術? って感じ」
「あら、さすがは魔女様。そんなに昔のことも知ってるなんて、無駄に歳は取ってないわね」
「今のわたしは愛美ちゃんと同い年だから!」
「あれ、美味しいのかな……?」
一方の女性陣は実に強かなもので、愛美と桃はいつも通り言い争ってるし、朱音に至ってはとんでもないことを言い出してる。
美味しいわけないでしょ。
しかし、心強い限りだ。
織と緋桜は別として。愛美に桃、朱音の三人が加われば、あのドラゴンにも勝てる。
『ふう……良き協力者を得たものだ。いくら転生するとは言え、自らその力と命を投げ出すとは』
食事を終えた赤き龍は、体の所々から紫の炎を噴出させ、周囲に漂わせている。
その情報が、読み取れない。情報操作の異能を以ってしても、重力操作の炎がどのように変貌したのか、いや、どのように変革したのかが分からない。
『さて、そろそろ終わらせよう。貴様らの持つ力、その全てを喰らってやる』
分からなくても。異能が通じなくても。
葵は負けるわけにはいかない。せっかく手に入れた、平和な世界を。大好きなみんながいる場所を。
こんなやつに、奪われたくないから。
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