ローズヒップは大人の味

Azu

ルカくんとエドワード(エド)くんは同じ孤児院でいつも一緒で仲がいい。

エド「東方の伝統で盃をお互いに交わし合うと兄弟になれるっていうのがあるらしいよ」

ルカ「なんだそれ。酒を飲み合うだけで兄弟ができるなら飲み会に行くだけで大家族になる な」

「どうだろう。儀式みたいなもの儀式みたいなものだからある程度の手順があるんじゃな い?じゃないとルカの言った通りになっちゃうね」 「儀式ねぇ。紙とペン、それから印さえあれば立派な儀式になるんじゃないか?俺達にもで きる」

「ロマンがないな、ルカは。この儀式の手順は簡単だから今度 2 人でやってみない?ちょうどルカには名字がないから」

「俺も『トンプソン』になるっていうのか?ルカ・トンプソン、ルカ・トンプソン......。ま ぁ、悪くはないか」

「なら決まり。お酒は手に入れるのが大変だから代わりになるようなものを用意しておくよ。ルカはグラスを選んできて」

「わかった。兄弟の儀式はいつやる?」

「明後日の深夜、赤いスカーフの旅先で!」

あいつは俺たちにしか分からない暗号を残すと自分の寝室へ戻って行った。


『赤いスカーフの旅先』は時計塔のことを表している。俺とあいつが初めて出会った場所だ。 入所した時の唯一の荷物。それがあの赤いスカーフ。誰に渡されたか、はたまた元々自分の ものなのか。記憶が無い俺に答えなんて見つかるはずはなかった。そのスカーフが風に飛ばされた先、長い梯子のてっぺんで待っていたのがエドだった。 エドは優しかった。もちろんほかの子供達も記憶のない俺に気を使ってくれたが、エドの優 しさは他とは違った。例えるなら......そう、海だ。穏やかで、波が体を包んでくれる。絵本の中の海。

そんなエドとなら兄弟になるのも悪くないんじゃないかと思った。絵本の中の海しか知らない俺でいいのかな。


約束の日。校舎の時計より少し早い時計塔の時間に合わせて足早に校舎を移動する。 消灯時間をとっくにすぎた真夜中に人に見つかったりしたら大変だ。キッチンからくすねた高そうなワイングラスを両手に持ち時計塔に向かう。

はしごが難題だ。


グラスを片手に持ち替え慎重に登った先、バラの香る風上に、エドは初めて会った時と全く 同じ場所に立っていた。ただひとつ違うのは、手に持っているのがスカーフではなく、ティーポットであったことだ。

「ポットなんか持って来てどうしたんだ?」

頭で考えるよりも先に問いかける。

「お酒なんてこの孤児院には置いていない。代わりになる物を考えた時、先生が飲んでいた 真っ赤な紅茶を思い出したんだ。どうだ、ワインみたいに赤いだろう?」

そう言うとエドはポットの蓋を開けてこちらへ見せてくる。バラの香水を香ったような甘 酸っぱい香りに意識が向かうが、彼が見せたかったであろう肝心の色は暗がりではよく見 えなかった。

「どこが赤いんだ。俺には深海に見えるんだが」

「見たことないくせに」

「うるさい」

俺の返答に笑うエドをよそに儀式の準備を始める。準備と言っても紅茶を互いに飲みかわ すだけ。やっていることは酒と全く一緒だ。 紅茶を持ってきたグラスに注ぐ。月明かりに照らされたグラスは真っ赤に輝いた。

「ほら、僕の言った通り。バラを溶かしたような色だ」

「血の色みたいだな。ヴァンパイアの気分だ」 「そこは赤ワインって言ってよ。それに血はこんな鮮やかじゃないよ。もっと暗いんだ」

「見たことあるのか?」

「さぁ、どうだろう。ルカみたいに本で読んだだけかも」

あぁ、そういうところが『深海』なんだ。俺が知らないことをこいつは持っている。

「さぁ、始めようよ、儀式」

「詳しいやり方は?」

「さぁ?飲みあってみる?自分のグラスを相手に飲ませるかんじ」

「むせるだろ」

「少しずつ飲むんだ」


「他に方法は?」

「これが最善」

そう言うと、少し顔をムスッとさせてきた。エドはこういう時頑固になる。 絶対に相手に譲ったりしない。

「わかった。エドの言う通りにするよ」

幸い彼の要求は飲めないものであることが大半だ。素直に従うのが弟分としての礼儀なん だろう。

「それじゃ、行くよ」

彼の合図で赤い盃、もとい紅茶を飲み合う。 少し勢いが強かったのか、口元を赤い雫が滴り落ちる。 やっぱりヴァンパイアみたいじゃないか。 長い時間をかけて飲んでいく。温かかった紅茶は次第に冷えていき、最後は水のように冷た くなっていた。

「これで兄弟になれたかな」 最後の一滴まで飲み干したエドはそう呟くと強引に口元を拭った。

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