あの子を救えなかった

ルルイデ

後悔

 抱きしめて、ずっと離さなければ良かったんだ。閉じ込めて、監禁して、私とずっと一緒だったなら、あんなことには……。

 私がもっと早く好きと言えたなら、もっと早く彼女に寄り添えていたら……。


 いつから好きになっていたかは分からない、いつの間にか、私も気づかない間に、幼馴染の彼女に対する思いは友情から恋愛感情に変わっていた。

 彼女は何にも縛られず、周りの感情すらも考えずに、いつも自分勝手だった。そんな彼女に私の想いを伝えても、拒絶されてしまうと思いこみ、彼女への恋心を秘めたまま彼女の友人を振る舞い続けた。

 まさに傍若無人を体現したような彼女と仲良くする人は減っていき、私と彼女はどんどん孤立していった。


 ある大雨の日の夜、彼女の母が娘と連絡を取れないと、私の母に電話をよこしてきた。母から話を聞き、私も探しに出ようと身支度をしていると、スマホにメッセージが届いた。

「家の前にいる おばさんにバレないように部屋に入れてくれないかな」

 私は二階の自分の部屋の窓から外を見渡す。庭に入り込んで植木の中に潜んでいる彼女が、ずぶ濡れで、光を失ったような虚ろな目で私を見つめていた。普段とは違う彼女の様子に、私は恐怖を覚えた。


 一回の廊下の窓から彼女を家に上げ、私の部屋でずぶ濡れの服を脱がせた。その間に私は母に見られないように廊下の床を拭いた。

「ありがとう……、一晩でいいから泊めてくれないかな。」

「わかった。何日でも泊まっていって。」

 事情は分からないが、彼女がそう望むなら、私は彼女が望む通りに従う。


 さすがにお風呂に入れたら母に見つかってしまうので、お湯とタオルを持ってきて彼女の体を拭くことにした。

 下着姿で座る彼女の背中にタオルを当てて、優しく拭いていく。

「……。」

「何があったの、……別に話したくないならいいけど。」

「……話したくない。」

「……そう。」

 彼女は俯いて、静かに泣き始めてしまった。普段の強気で傍若無人な彼女とは思えないほど、傷つき、弱ってしまっていた。


 無言のまま彼女の体を拭き終わり、私の服を着せた。

「もう今日は寝よう。」

「うん……。」

 彼女をベッドへ促し、私も一緒に入った。

 お互いの息がかかる距離で向かい合う。彼女の泣き腫らした目を見つめる。

 私は彼女の背中に腕を回して抱きしめた。

「私ね、あなたのことが大好き。」

「……えっ、」

「いつからか分からないけど、あなたのことを抱きしめて、キスして、私の物にしたいって、ずっと前から思っていたの。」

「そんな……、私、」

「この気持ちを受け止めてくれなくても構わない、あなたがどんなことで悩んで、苦しんでいるか分からないけど、私はずっとあなたのことを想っている、私はいつでもあなたの味方だから!」

 いつの間にか私も涙を流していた。彼女はしばらく驚いた表情で私を見つめていたが、また涙を流し始めたと思うと、私の背中に腕を回して、強く抱きしめながらキスをしてきた。

 咄嗟とっさのことに私はしばらく何が起こったか理解できなかった。


 数秒だったかもしれないし、もしかしたら数時間経っていたのかも分からない。お互いの唇が離れると、彼女は不器用な笑顔を見せた。

「ありがとう……。でも、ごめんね。私、もうやると決めたことがあるんだ。」

「やる……、こと?」

「そう、明日やると決めたこと。それが親にバレて家を飛び出してきて、でも明日やるはずだったから気持ちの整理がつかなくて、ここに来ちゃった。」

「そのやることって?」

「……秘密。でも本当にありがとうね。あなたのお陰で、私にはもう後悔はない。明日になったら家に帰るから、もう大丈夫。だから、今夜だけは……、」

 彼女はもう一度不器用な笑顔を見せて、もう一度、お互いに強く抱きしめながら、深い、深いキスをした。


 朝起きると、彼女はもうベッドにいなかった。寝ぼけたままスマホに届いていたメッセージを開いた。

「本当にありがとう 心から感謝してる 私はもう何も後悔はない あなたのお陰でこんなに素晴らしい気持ちで旅立てる さようなら 先に行ってるからね」

 一瞬で覚醒し、足がガクガク痙攣して立っていられずに尻餅をついた。体中から冷や汗が噴き出た。

 パジャマで裸足のまま家を飛び出し、全速力で彼女の家に向かった。インターホンを連打して、彼女の家のドアをおばさんが開けると、そのままおばさんを押し倒し、階段を駆け上がって彼女の部屋のドアを開けた。

 そこには彼女の首吊り死体があった。


 その後のことはよく覚えていない。私の部屋の机の中に、私のノートを破って書いた彼女の遺書があったが、そこには私への感謝が書き連ねてあっただけで、結局彼女に何があったのかは分からなかった。


 あの夜、彼女を縛ってでも、私の部屋に閉じ込めなければならなかった……。

 いや、その前にも、私がもっと早く気持ちを打ち明けて、彼女の支えになれていたら……。

 私の心には一生消えることの無い後悔が残った。

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