鬼と僕

無頼 チャイ

最初で最後の登校

 冬の寒さがほのかに和らいできたのか、いつも首に巻いているマフラーを暑いと感じ、久しぶりに家に置いてきた。




 歩き慣れた道は暗く、朝に見かける桜の木も、暗がりに混じって不気味な形相を浮かべている。


 優しいおばちゃんのいる駄菓子屋も、夜には閉まっていて、どこか寂しい印象を感じる。




 しかし、僕はそれよりも、六年間通った道に、こんな顔があることに、とても驚いた。


 憂鬱だったランドセルはなく、嫌っていた制服もなく、はしゃぐ同級生の声もない。


 まるで、お通夜のように酷く静かな登校だった。




 アスファルトの地面を爪先で弾くように、とん、とん、と片足で跳ね、秘密兵器の入ったリュックが、ガチャン、ガチャン、と音を立てる。




 夜は意外と好きだ、人が少ないから。


 暗闇は嫌いだ、怖いから。


 でも、人間だけは、好きでも、嫌いでもない。


 いや、もしかしたら嫌いかもしれない。人といて、ほんのちょっとも好きになれなかったから。




 小さい頃から踏み鳴らした道をなぞるようにそっと見て、水蒸気のような思い出を、そっと振り返る。


 小学校最後の登校は、やはり、普段と変わらず憂鬱で、卒業証書を握りしめて帰った時も、やっぱり憂鬱だった。




 学校じゃあクラスメイトの女子が突然泣き出し、もらい泣きした他の女子が抱き締めあっていて、男子は中学での自分を話しあっていて、お互いに冗談を交わしながら、互いの夢を応援しあっている。


 そんな時だ。クラスの担任が、タイムカプセルを埋めようと言ったのは。




 クラスの誰よりも熱い性格の担任だから、こういった、クラスの思い出を残そうと提案したのだろう。


 みんな喜んだ、反対するやつはいなかった。だからみんなで手紙を書いたり、タイムカプセルに入れる宝物を考えたり、クラスの写真を撮ったりした。






 みんな笑った、笑っていた



 僕以外、みんな。




 その時の僕は、胸が強く痛かった。まるで、画鋲がびょうの針で何度も刺されたみたいに、ぐちゃぐちゃな気持ちになった。




 苛められた訳でも、仲間はずれにされたわけでもない。でも、凄く痛かった。


 その時僕は、みんなを、花火だと思った。


 花火は凄く綺麗で、空まで飛んでいく。遠くから見れば本当に綺麗だ。でも、花火ってやつは、近くだと物凄くうるさい。空で綺麗な模様を描けばいいのに、打ち上がる時だけ、耳をキンキンさせる。




 みんなが笑顔な時ほど、僕の胸は凄く痛くなった。


 早く終われ、と心中で何度も懇願した。




 でも、不思議なことに、胸の痛みは治らなかった。そのまま卒業し、三日程が過ぎたあと、僕はようやく理解した。


 みんな花火なんだ、遠くから見れば凄く綺麗なんだ。でも、僕は花火じゃない。


 遠く離れても、花火の風を切る音が耳に木霊し、胸を強く締め付けた。


 そして、担任の言った言葉をじんわり思い出す。


 タイムカプセルにはみんなの想いが詰まってる、と。




 あーそうか、想いの詰まった宝物に、想いのない宝物を入れたから、胸がこんなに痛いんだ。


 今も僕は、花火になるみんなの熱に、焼かれているんだ。




 そう思った途端、タイムカプセルに入れた宝物を取り返したい衝動に背中を押された。


 幸い、担任が埋めた場所を言っていた。しかもそこは、とても分かりやすいところだった。






 埃を被ったリュックに秘密兵器を入れ。電灯を入れ、ビニール袋を詰めた。


 真っ黒なTシャツと、ズボンと、上着を決めて、夕方になると、家をぐるっと回って、自分の部屋に着き、窓の下に、足場になりそうな石やらを集めた。




 靴も窓の外に置き、準備万端といった具合で、いつでも家を抜け出せる。その時、母が僕の名前を呼んだ。


 もしかして、バレたのか。不安一杯になりながらそっと母のいる和室に向かうと、母の手に、僕の卒業証書があり、余った座布団が敷いてあった。


 母の正面には見たことのない兄の写真と、遺骨と、お香があった。




「お兄ちゃんに、卒業したこと伝えてないでしょう? さあ、こっちにおいで」




 疲れきった顔に、笑顔を浮かべる母は、僕をもう一つの座布団に座らせると、お線香の先端に火を付け、軽く振って火を消す。


 すると、お線香の先端から、もくもくと煙りが立ち上る。


 桜の香り、家の近所に桜はあれど、まだ蕾のまま、線香の先端が燃え広がり、桜の香りと共に、糸のような煙りが綻びていく。




 それはまるで、細い線香の中に、たくさんの花を咲かせた、華麗な染井吉野そめいよしのを隠しているかのように、肺を満たす空気までもが、花を咲かせている。


 僕は染井吉野が好きだ。溢れんばかりの花を咲かせ、人の目を引く、魅力のある桜だから。




 この香りも、きっと染井吉野に違いない。そう思った。


 しかし、母はこの香りを、枝下桜しだれざくらだという。




 兄は物腰柔らかく、優しい性格だったから、この香りは枝下桜だ、と。


 母はそっと、両手の平を合わせ、祈るように、頭を下げた。




 兄は、桜が満開の季節に、心臓の病で死んだと、母に教えられた。


 当時兄は十歳で、たまに学校で問題を起こす、けれど、心の優しい性格だったそうだ。


 当時三歳の僕を、兄は良く面倒を見てくれたらしい。


 けれど僕は、写真の兄しか知らない。遺影の前で悲しむ母に、これっぽっちも同情出来なかった。






 自動販売機の光りと、街灯が照らす夜道。


 いよいよ学校の近くまで来た僕は、道路に書かれた白い線路から飛び降り、再びアスファルトの地面を踏みしめる。


 あとちょっと、というところで、ふと、僕はあるものに視線を吸い寄せられた。




 それは、道路沿いにある、排水溝の金網。


 ステンレスの鈍い光りが、満月の光りと合わさって、何とも言えぬ怪しい光りを放っている。


 いつもなら、気にならないもので、あっても、踏むか、飛び越えるかぐらいのものでしかない。


 でも、今は、不思議と目を離せない。


 まるで、落ち葉の中に隠された硬貨のように、人を引き付ける魅力を漂わせていた。




 我ながら、猫か烏になったように、そっと近付いていく。




 金網の魔力は絶大だ。ステンレスの光りがあったと思えば、徐々に金網の隙間が顔を覗かせる。


 その顔に、ちょっと怯えて後ろに下がると、再びステンレスの輝きが目にはいる。


 今度は別の角度から、ゆっくり歩を進ませると、今度は顔の尖った、いかにも意地悪そうなおばさんが現れる。


 枯れ葉の髪と、ネジの耳飾り、月光で出来た瞳。


 毎朝、このおばさんが僕を監視していたと思うと、どこか嫌な気分になる。






 そういえば、学校で似たような話しが流行っていた。


 夜、学校の近くを通ると、鬼が出て来て人を食べるらしい。




 当時は、学校の七不思議が流行っていて、聞いたことのあるものから、新しいものまで、数が合わないことに気付きもせず、みんな自分の『七不思議』を語っていた。


 その時、この金網のおばさんを話したら、一体みんなはどう反応しただろうか。


 どうでもいいけど、気になった。




 月が雲に隠れ、月光を浴びれないおばさんは、闇のなかにそっと顔を隠した。


 僕は、やっと妖しい魔法から解き放たれ、そこにあった名残を惜おしみながら、また、歩を進める。






 夜の学校というのは、不気味なもので、窓から覗く、淡い緑色の発光が、廊下を照らし、街灯が、剥げ落ちている学校の塗装を、ありありと照らす。


 それは、身の毛も弥立つ程で、緑に染まった廊下と、剥がれた塗装は、これまた怪物のいそうな、しかしそれでいて、学校が見せる年月が、さも学校自体が、意思のある怪物にさえ見える。




 そう考えると、僕が覗いている廊下は、血管か何かなのだろう。太い血管の中を、無邪気に走り回る生徒の、走る音、上履きの、キュっと締まる音。それはまさに、脈打つ血管と相違ない。


 そうやって、この学校は生きているのだろう。


 春には新しい一年を向かい入れ、夏には運動会で必死になる僕らを見て、秋にはそれぞれの個性を見守り、冬では寒がる僕らを暖める。




 こんな巨大な生命を、僕は卒業してから知った。


 今までに感じなかった、学校という生命が、月光の魔力を浴びて、僕にそっと語りかける。




 憂鬱だった僕へ、無言で語りかける。




 自分学校に用はないだろう、さあ、布団に潜ってお休みなさい、と。




 でも、僕は、タイムカプセルにある、想いのない宝物を、持って帰るまで、帰れない。


 今もジンジンとする胸の痛みに、空っぽの心に、みんなの想いが弾けるようで、痛い。




 グラウンドと学校を取り囲む鉄格子の前で、人がいないことを確認すると、小さな隙間に指を入れ、体を持ち上げる。


 体が浮くと、今度は、空いた鉄格子の隙間に、足の爪先を捩じ込み、もう一度、右手を伸ばして隙間に指を入れる。


 まるで、蝉か、甲虫カブトムシにでもなったように、微かに揺れる格子に、ぴったりと張り付くように、慎重に登った。




 別に、木登りが得意とか、運動が得意という訳では無いので、当然、登るだけでも大変だ。


 やっと頂上に着いたと思えば、今度は降りなければならない。暗闇にうっすら染まった地面は、谷底を見てるようで、もしもここから落ちれば、あの闇に、僕も呑み込まれるのでは、と思うほどで、だから、格子を跨いだ後は、とても怖くて動けなかった。




 きっとあの闇の向こうには、鬼がいるんだと、ぐつぐつと大鍋を煮て、煙突から降ってくる狼のように、僕を待ち受けてるのだろう、と。


 どうしよう、とかぶりを振っていると、僕は見たこともない道を発見した。




 それは、学校と、道路の間。光沢のないクリーム色の直線。


 学校側の松の枝が、道路側へと伸び、それが、偶然なのか、アーチ状に格子を避けて伸びている。


 ちょうど、僕くらいの身長なら、ちょっと頭を下げるだけで、簡単に通れるぐらいだ。


 針の葉っぱの向こうに、街道があるのか、淡い白色の光りが見える。




 左半分はグラウンドの砂で、右半分は道路のアスファルト、視界の上半分は針の森で、中心を、クリーム色の橋が通っている。


 こんな愉快な道があったのか、と、我ながら食い入った。


 あのトンネルを越えたら、何が見えるのだろう。


 この道は、どこまで続いているのだろう。


 どっかの探検家にでもなったようで、その道の発見と、続く道の先が、気になって仕方ない。




 行ってみようか? 行って、見てみようか。




 僕の何かがそう尋ねる。少し赤くなった右手に、くすぐったい電気が走る。


 それは、見えない妖精か何かに、右手を引っ張られるような感覚。




 行きたい、行きたい、でも、行けない。




 これは、きっと罠なのだ。僕を嵌める罠。


 あのトンネルを越えた先に、タイムカプセルはない。


 こうして、格子の上に居続ければ、きっと、通りかかった大人に見つかる。


 そうすれば、パトカーが来て、青い制服の警察に捕まって、僕は牢屋に入れられる。




 そうなれば、タイムカプセルにある僕の宝物は、クラスメイトのみんなの想いを受けて、空っぽの僕を焼くのだろう。


 夢もない、友達もいない、心もない、僕を焼くのだろう。




 僕の胸に手を当て、苦しそうな顔をする、母の姿。それはきっと、僕の胸に、胸の中に、何もないことを知っているから、苦しいのだろう。




 母は口癖のように、お兄ちゃんはね、といって、いつも、朗らかに兄を教えてくれる。


 勉強はそこそこで、運動はまあまあで、親に迷惑を掛けるのが上手く、親も、友達も、笑顔にするのがとても上手な、兄。




 姿も、声も、髪も、目も、口も、鼻も、耳も、影も、全部、知らない。


 そんな幻を、母は、どこか幸せそうに語る。


 胸の中にいるという、兄を、語る。




 僕は兄ではない。僕は、僕。


 僕は、勇気を振り絞って、もう片方の足を跨ぎ、小さな隙間に捩じ込む。


 ほんのちょっと、暗い地面が見える、ぐらぐら煮える、釜が過る。


 でも、僕は降りた。地面に引っ張れるように、足が宙を泳ぐ。まるで、鬼が、こっちにこい、と足を掴んでいる見たいに。




 重たいリュックが、先に降りようと、僕を引っ張る、でも僕は、負けじと格子にくっついて、何とか格子を降りる。


 やっと地面に着いた時、僕は、何でも出来るような気がして、日曜の朝に見るヒーローを真似て、胸を張った。




 そのあとは、グラウンドの隅に生えた木や茂みに隠れて、目的の場所に向かった。




 二、三回、大人の足元が見えて、そっと茂みに隠れた。でも、それが、妙に楽しくて、もう一人来ないかな、と、自分の姿を見せない遊びが楽しかった。




 そうやって、進んでいると、とうとう目的の、枝下桜の元に辿り着いた。




 この枝下桜は、僕なんかよりも何倍も大きく、太く、いくつもの枝が垂れ下がり、ちょっとした学校の名物になっていた。


 樹齢は恐らく二百年と、担任の先生が言っていた。戦争を乗り越えた、強い桜なんだと。




 けど、僕は、こんな陰気な桜が強いとは、どうしても思えなかった。


 だって、枝が垂れ下がってるし、風が吹けば揺れるし、染井吉野と違って、この枝下桜の周りには、他の木がないのだ。




 こんな、寂しそうな桜が強いなんて、思えない。




 僕は、早速、担任が埋めたタイムカプセルの場所を探した。


 ペタペタと、地面をさわり、小石や砂利やらが手のひらにくっつく。


 そうやって、柔らかい土を探して、手のひらの砂を払いながら一生懸命探していると、スウッっと、滑らかな感触が指に伝わった。




 砂利も、小石もない、滑らかな地面。


 指でそっと撫でると、簡単に土が掃ける。


 ここだ、僕はそう思い、電灯と、秘密兵器のスコップを、リュックから取り出し、電灯を点けて、指でなぞったところを、照らす。




 思ったとおり、そこだけ砂利や石がなく、少しぽっこりした地面があった。


 電灯を消す前に、よく目を凝らして、その場所を頭に記憶する。


 僕は、タイムカプセルが、そこにあると思い、スコップの先端を、柔らかな土の表面に突き立てる。




 ざくっ、ざくっ、と土を掘る。そこに埋まったタイムカプセルを、宝物を取り戻すために。


 拳が入るくらい掘っても、まだ出ない、拳が二つ入るくらい掘っても、まだ出ない。


 早く出てきてくれ、と願っても、出てくるのは冷たい土ばかり。




 もしかして、ないのかな。そんな一抹の不安を、夜風が煽る。


 冷たい土の山がなる頃には、拳四つは入りそうな深さになっていた。




 どうしよう、このまま出てこなかったら。


 そう思うと胸の痛みが広がって、体を震わせる程の焦りが、込み上げてきた。




 どうしても、見つけたい。どうしても、見つけなくちゃ。




 冷たさで感覚のなくなりそうな手を動かして、鉄に自分の熱を入れて動かす。汗で手から滑りそうなスコップを、ぎゅっと掴み、同じ土を持ち上げ、山に捨てる。




 このまま、自分は燃えてなくなるのだろうか、そう思ったとき、こつんと、スコップの先に何かが当たる。


 もう一度、スコップの先で突くと、こつん、と硬い感触が返ってくる。


 指でもそれを確かめると、その回りの土を掘り、はらい、電灯で照らすと。




 銀色の、長方形の、箱が現れた。




 やっと、やっと、見つけた。これでもう、胸は痛くならない。


 喜びが全身に伝わるその直前、ピュ~、と風が後ろで鳴った。


 タイムカプセルを見つけた喜びからか、緊張感なくそちらに振り向くと、白い衣を羽織った、何かが、月光を浴びて、こちらを見ていた。




 鬼だ。直感的に、そう思った。


 学校で流行った七不思議の、鬼。人を襲って、喰らう、あの鬼。




 鬼は、ゆっくりとこちらに近寄ってくる。一歩、もう一歩、近寄ってくる。




 あまりの恐怖に腰が抜け、声も出せずにいると、左手の、タイムカプセルに目がいった。




 これのために、僕はやって来た。色んなものを見て、最後に、これが出てきた。




 運命のような、使命のような、そんな強制力のあるなにかが、僕を動かし、銀色の蓋を開けた。


 本当なら、木陰に隠れて、電灯で照らしながら、探すつもりだったけれど、今は、暗闇の中でも、一つ一つの宝物が、手紙が、見てわかる。


 そのなかに、埋もれるように、想いのない宝物があって、僕は、包み込むようにそれを手に取った。




 良かった、そう思った。食べられる前に、自分の宝物を見つけられて、良かったと、心の底から、そう思った。


 鬼がどこまで来たか、確認するために、後ろを振り返ると、鬼が、包み込むようにして、僕を見下ろしていた。




 真っ白な衣と、死人のように白い肌。顔は、どうしても怖くて見られない。


 鬼は、細い腕をこちらに伸ばす、僕を捕まえて、食べようと、腕を伸ばす。




 僕は、悪あがきにも地面の上で丸くなり、身を守ろうとした。


 そして、つん、と頭に触れる感触。




 同時に、桜の香り。




 頭の感触は、そのまま前後し、まるで、頭を撫でるように、優しく動いた。


 その度に香る桜の香り。ふと、一瞬の興味で、後ろの鬼へ視線を動かし、顔を覗くと、




「おにい……ちゃん?」




 そこには、写真の兄が、年下になった兄が、大人のようなたくましい顔付きで、けど、心が安らぐ優しい笑顔で、微笑んでいた。




 やんちゃな感じで、白い歯を見せ、赤ちゃんのように笑って、けど、兄らしい笑顔を、僕に向けていた。




 心がじんわり暖かくなって、撫でられる度に心が埋まっていくように、感じた。


 その指に触れようと、手を伸ばすと、線香の煙りのように、ぼやけて消えていった。




 けれど、指の先に感触があった。それを確認しようと見てみると、枝下桜が、その垂れ下がった枝が、ちょんと頭を擦っていた。


 その枝には小さな花が、薄い色素の桜が咲いていた。




 数瞬の出来事に呆然としていると、もう片手の中にある感触に気付く。




 その手の中には、小さな、白色の車の玩具があった。


 適当に選んだ宝物、でも、僕は車の玩具を買ってもらった覚えがないことに、今さら気付く。




 そうだ。これは、母にもらった兄の玩具。


 大切にしていたという、兄の宝物。




 最後に僕は、自分の手紙を探しだし、適当書いた未来への文章を読んで、心に留めた。




『将来の自分へ、あなたは今、幸せですか?』




 僕はそっと、手紙と宝物をタイムカプセルに戻し、土をかけて埋め戻した。




 学校の格子を再び跨ぎ、降りて、来た道を戻る。




 その時、月があまりにも綺麗だったので、ほんの少し呟いた。




「幸せだよ」




 僕はこの日から、枝下桜の香りが、好きになった。

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