消しゴム

@comaki

第1話

部屋を掃除していたら、小さい巾着が出てきた。

見覚えはある…気がする。

何だったかな、とひとりごちて観察してみた。

巾着も手作りで、縫い目のぐちゃぐちゃさから、自分が作ったのだろうなと思い、相変わらず不器用な自分に苦笑する。


せっかくだから、中身を想像してみる。

外国のコイン、きれいな石、かわいいアクセサリー。

ただ、そんなものを入れた記憶はないんだよなぁと思い返すものの。

巾着の存在すら忘れていたじゃないかと思い起こす。


触ってみた。

厚みのあるボタンのようなものを指先に感じる。

なんだろう、やっぱり石かコインじゃないのかな。

まぁなんでもいいや、捨てる前に見てみよう。


中からは使いかけの消しゴムが出てきた。

え?これだけ?何で?

昔はやったおまじないのように、好きな人の名前でも書いているのかと思った。

いや、どこにもそんなものはない。

なんだったっけ、これ。


ふと、脳裏に職員室前の長い廊下が浮かんできた。

移動教室で教科書とノートとペンケースをもって、その廊下を歩いていたときのことが走馬灯のように頭の中に流れ込んできた。

私は手を滑らせ、ペンケースを思いきり廊下に落としてしまった。

バタバタと拾い集めていた私に、これもそうじゃないかな、と消しゴムを差し出してくれた人がいた。


ありがとうございます。

視線をあげると、そこにいたのは佐藤先輩だった。

1年の時からずっと憧れて、遠目で見ることしかできなかった先輩だ。

彼がこの至近距離にいるということだけで頭が真っ白になった。

そして自分の消しゴムをもって、渡してくれていることに胸がいっぱいになった。

すれ違った後、彼が振り返り、ペンケース色違いだね。と声をかけてくれた。

先輩の手元に、白いペンケースを見つけた。


中学校時代の小さなささやかな思い出。

自分はそれをこの小さな巾着に閉じ込めていたんだ。

何十年かぶりにほどけた思い出が、自分にはとても甘酸っぱかった。

先輩は、いま、どこで、何をしているんだろう。

あんなに人見知りだった私は、人前で話す仕事をしている。

いますれ違ったとしても、彼には気づけないんだろうな。


捨てようと思った巾着をそっと机の中にしまった。

また何十年後かにこれを見ても、思い出が閉まってあるんだと気づける自信が、いまはある。







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