人類補充計画サーセリオン

水原麻以

第一話

ナントカという肺炎が世界の経済と健康をめちゃくちゃに壊して数年が経った。ワクチンの供給と接種が行き届き各国が少しずつ復興に歩み始めたところ、隠れていた大問題が持ち上がった。合計特殊出生率の激減である。世界平均で0.2まで落ち込んでいた。ロックダウンや罰則を伴う自粛要請で家に閉じこもる時間が増えた。それで人口増が懸念されたため各国政府は強力な産児制限を敷いた。


「デートや結婚式、ハネムーンは我慢」

「会いたくても会いに行かない」

「コロナ患者のために妊婦はベッドを開けてください」

「今は我慢。コロナが明けたら家族を増やす計画をして過ごそう」

「飛沫が飛ぶ通話やオンラインミーティングは自粛。文字で愛を伝えよう」

このような宣伝をしたが「恋愛、結婚は個人の権利」だとばかりに盛大に無視された。それで業を煮やした政府がさらに強力なメッセージを発した。

「大切な人を守るために今は別れて、距離を置いて」「コロナがおちついてから改めてプロポーズ」

そして政府予算でデート警察、恋愛警察を雇い監視にあたらせた。これにはイスラム諸国のいわゆる宗教警察が協力指導したという。

デートスポットは蔓延防止措置で閉鎖されカップルに人気のレストランやホテルが次々と半ば強制的に取り潰された。遊園地、映画館などの娯楽施設はもとより、若者向けのアパレル通販サイト、ファッションメディア、あげくはマッチングサイト、出会いを提供するオンラインゲームまで閉鎖された。名目上はコロナが落ち着くまでということだったが、コロナを理由にそのまま廃業する企業が相次いだ。

それでも致す人は致すだろうということでアングラや公式のアダルトサイトを政府は徹底的にブロッキングした。一部、AV関連商品の闇取引や行商まで横行したが警察に瞬殺された。これに対して一部の人々が反発した。

「婚約しているのに相手の両親に挨拶にもいけないとはどういうことか!」

政府がオンラインで帰省しろとにべもない。しかし体力と暇と金を持て余した若年層が闇で交際するかもしれず、それを当て込んだ反社会的勢力が資金源にしかねないため、政府は特段の強制措置を講じた。

若者に宿題を出したのである。学校を卒業している30歳以下の成人にも「アフターコロナ後の国家的理想人物像」を学習させた。定期的に課題を提出し合格せねば強制合宿が待っている。それでようやく社会はおとなしくなった。

若者向け産業のいくつかで体力のある者はベビーブームを当て込んで業態替えした。人口増に備えた建設株に投資があつまったのだが。

「深刻な人口減が止まりません。出生率は0・2から下がり続け…」

マスコミ各社が騒ぎ立てた。大方の国民は「嘘をつけ!部数と視聴率をあおるな!娯楽が減った分、子供が増えるだろう」と一顧だにしなかった。

「そういえば、小さな子をみかけなくなった。というか、商品がさっぱり売れない」

ベビー用品を山積みした商店主は頭を抱える。当たり前だ。人の動きを徹底的にしばったのだからそうなる。しかも人は強制力に従順だ。コロナが収まったから、さあ交際をしましょう、結婚しようとはいかないのである。

「これは困った」

政府は人口政策に乗り出した。しかし、デートを解禁したとたんに感染者数が増え始めた。「リバウンドはたまらん」

あわてた政府が代替え案を出した。


人類補充計画「SOICEALION(サーセリオン)」である。提唱者が母国語から取った。アイルランド語で福音を意味する。



「出会いやデートはオンラインで」

「ZOOMで毎日会おう」「デートの食事も宅配でオンライン。高級レストランの背景でムードを盛り上げよう」

「婚姻や各種届けもオンライン。結婚式や披露宴はリアルなアバターで」

「プロポーズはビデオメッセージ。婚約指輪や結納もオンラインアイテム」

「一緒に暮らさなくても気分は同棲。新居はバーチャル」

そして極めつけは検体を送ると着床から出産まで機械が代行するようになった。

子育ては無菌の閉鎖病棟で遠隔ロボットが行い、夫婦にはチャイルドアバターがダウンロード可能になる。

予定日には夫婦のマイページに我が子から誕生の感謝メッセージが届く始末。

「パパ、ママ、生んでくれてありがとう」


「んな、サービス誰が利用するかよ」

若者たちは憤ったが、私権制限依存症になった政府は配偶クーポン、出産クーポンを無料配布し、利用の要請を再三再四お願いし、いうことを聞かないとなるや配偶法を制定し、罰則付きで裁判所が交際命令、婚姻命令を出すようになった。

どこの馬の骨とも知らない異性をオンラインでインストールされたって愛情が芽生えるはずがない。そういう相手がよいという趣味の人間もいるにはいたが、いちいちログインしなくては夫婦の会話もままならないのではすぐに冷める。

「あーっ、('A`)マンドクセ」

ログインを放り投げた人々がしょっぴかれ、監獄で配偶命令を受けるのであるが、出所した直後に逃亡したり殺しあう事件が多発した。男にとって女、女にとって男はうっとうしい敵以外の何物でもなくなったのだ。

こうして少子化がはかどり切羽詰まった政府はアバターに人権を与えてカラ出世届で人口を水増しした。カラのアバターが架空の労働を行い、カラの給与を受け取り、カラ取引、カラ消費をする。カラ経済が回って先進国は何とか生きながらえている。途上国、貧困国は死語になった。



そよ風が新緑を洗っている。鳥が歌い蝶が花から花へ遊んでいる。清んだ空気が湖畔から適度な湿気を運んでくる。


ローマのコロッセオを思わせる石段に漢は腰を下ろした。

そして自問する。

「これでよかったのか?」

視線の先には崩れたコンクリート壁がある。そこには滅茶滅茶に割れた額縁のようなものが幾つも掲げてある。

大小さまざまでなかには家数軒分ほどの幅がある。

男は違和感をおぼえて腰を浮かした。蔦のようなものが根を張っている。泥を払ってみるとそれは薄い皮膜に覆われており、破れた部分から針金のような物がはみ出ている。彼はそれを放り投げた。

「カテゴリー9ケーブルか…ふん、リモートするほどもう世界は広くないわい」



世界にたった一つ、人口百人の村でエリートたちはいぶかしんだ。

「少数精鋭の富裕層で地球を支配するんだろ? 昔日の夢、ゴールじゃないか」

最長老が結論付けた。村の平均年齢は90歳。記憶のアップロード準備は整

っている。

そんな呑気な会話をしているとメンバーの一人が昏倒した。

「おい、誰か早くプローブを!」

仲間が聴診器のような器具を持って駆けつける。倒れた男はかねてから高血圧が指摘されていた。白目を剥いて泡を吹いている。その額に吸盤を張り付けて記憶の抽出を試みる。

「あれっ? 機能しないぞ」

オペレーターは手書きメモを見ながら操作パネルを叩く。だが写本を繰り返す間に肝心の操作方法がすっぽり失われていたのだ。彼はエラーメッセージを解読できない。

「そいつはもうダメだ。神の意志だろう。寿命だと書いてある」

別の男がSYSTEM MEMORY 0 BYTES FREEという表示を勝手に解釈する。

「嘘だろう!? ペドロは人工授精自動胎盤が理解できる最後の一人なんだぞ」

親友だったという男がかみつく。

「俺だって文字は読める。ゼロ、メモリー、フリー。無、記憶、自由と書いてあだろうが! そういうことだ。思い出の中に生かせてやれ」

「勝手にペドロを殺すなあ!」

殴り合いが始まる。

「よさんか!二人とも。死んだ者はしかたがない。ペドロの代わりを作ればよい」

最長老が人工授精自動胎盤のタッチパネルを押した。万一に備えて「補充」ウインドウが常時待機している。次へボタンを押すだけで数日待てば霧の向こうから成人男性が歩いてくる仕組みだ。ところが今日は様子が違った。

POWER LOST

SYSTEM SHUTDOWN

COMMING SOON

PLEASE REBOOT PASSWORD?

最長老は一瞬、動揺したものの、威厳を保った。

「力、失われる まもなく来たる。どうぞ再生の時、言葉、疑問…だそうだ。」


すると、ペドロの親友が拳を振り下ろした。そして青ざめる。

「違う。電源系統に異常が発生してバックアップに切り替わるんだ。パスワードを要求してる。最長老、あんたペドロから聞いてないか?」

すると、副長老格が親友を叱り飛ばした。

「わけのわからない言いがかりで愚弄するな」

たちまち親友が取り押さえられる。

「やめろ!俺がダメ元でパスワード候補を試してみよう。ペドロの考えそうな」

パン、と乾いた音がして彼の胸から上が消えた。

TIME OUT SELF-EXPLOSION SYSTEM STARTED FOR SECURITY

女の声が村中に響き渡る。

「世界が生まれ変わるのだ」

最長老と村人たちは赤い三つ葉のクローバーに祈っていた。黄色地に赤丸、そこか三つ葉が生えている。

SELF-EXPLOSION

女の声はそこから聞こえていた。


やがて世界が白い光につつまれ、一つの輝きに呑み込まれていった。


太陽超新星化促進装置サーセリオン起爆装置エントリープラグが爆発したのだ。

それは地球一個分の質量をまるごと反物質に変換し、太陽めがけて投射する。


そして超新星爆発スーパーノヴァから数十億年、数百億年後に新たな命が生まれるだろう。

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人類補充計画サーセリオン 水原麻以 @maimizuhara

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