クラスごと異世界転移した女子高生が、元の世界に帰りたくないがあまりにクラスメイトを裏切って新しい魔王に成り代わる話

龍宝

『戦いの果てに』




 七色の光弾が、空を流れていった。


 ややあって、花火のように弾ける。


 それに見惚れているうち、少女は自分が空を見上げて倒れ込んでいるのに気付いた。


 耳鳴りが酷く、頭がぼんやりとする。


 身を起こそうとしても、脚が瓦礫に挟まれて動かない。




「——しろ! おい、新城! しっかりするんだ!」




 誰かの声が掛かると同時、脚に掛かっていた重さが消えた。


 聞き覚えのある声。


 土まみれの顔が、視界を過ぎった。




「川谷君……?」


「意識はあるな⁉ 立て! ここに居ちゃまずい――ぐァっ⁉」




 自分を引っ張り起そうとしていた男子が、いきなり吹き飛ばされる。


 瞬間、おさげ髪の少女——新城しんじょう麻希まきは、自分がどこに寝転がっているかを思い出した。




「まずい……!」




 身を起こした麻希は、姿勢を低くして、倒れ込んだ男子に駆け寄った。


 肩に、ごてごてとした矢が突き刺さっている。


 すぐに傷口付近の上衣を引き裂いて、麻希は治癒の魔法を発動させた。


 禍々まがまがしい意匠の矢は、敵方の魔族が使うもので、大抵は毒が塗ってある。


 故に毒の浸透を止めるのが第一で、矢を抜くのは後回しにせざるを得ないのだ。


 折から、光弾が近くに着弾した。


 すさまじい爆風に続いて、巻き上げられた土砂が二人の頭上に降りかかる。


 よくもまァ、花火などと。


 地面に伏せてやり過ごしながら、麻希は数秒前の呑気な感想を抱いていた自分を罵った。




「——無事か⁉ マキ!」


「茉莉! 川谷君が!」




 瓦礫を乗り越えて駆け込んできたのは、親友の八重樫やえがし茉莉まつりだった。




「ここはもういい! 下がるぞ!」




 手にした魔導小銃を撃ち掛けながら、茉莉が麻希の腕を引いて立たせた。


 そのまま倒れている川谷を持ち上げて横担ぎにし、矢弾の雨を避けて走る。


 負傷者が運び込まれている小高い丘に至った時、麻希は後ろを振り返った。


 黒煙と、爆発の閃光。


 逃げ去っていく、異形の魔族たち。


 現実離れして、一方で見慣れてしまった光景でもある。


 自分は、自分たちは、異世界の戦場、その只中にいるのだ。








 まだ、爆発の衝撃で身体が揺れているような気がする。


 戦闘から数時間経った、野営陣地の中である。


 陣幕の傍で焚火たきびを眺めながら、麻希はカップを傾けていた。




「マキ。晩飯貰ってきたよ」


「ありがと、茉莉」




 両手に大皿を携えた茉莉が、向かいに腰を下ろした。


 代り映えのしない、粗末な食事だ。


 あれだけ文句を言っていた学食の味が懐かしいことに、麻希はもう何度目かになるため息を吐いた。


 それでも、慣れたもので、二人とも無言で食べ進める。




 麻希の所属する二年二組の一同が異世界に召喚されたのは、半年前のことだった。


 一クラスまるごと、勇者として異世界に呼びつける王様にも度肝を抜かれたが、実際に自分が魔法を使えるようになった、というのが一番驚いた。


 それが、高校生の集団である。


 魔王を討伐してくれと頼まれれば、深く考えずに首を縦に振ってしまった。


 今思えば、浮かれているところをまんまと利用された感がないでもない。


 自分たちの置かれた現実と、あまりに軽挙妄動に過ぎるふるまいの非を悟ったのは、旅も半ば、魔王麾下の魔族との戦闘が本格化してからだった。


 死人が出れば、どんな阿呆でも目が覚める。


 これはゲームじゃないんだと、夢見がちな高校生の誰もが理解するには十分な犠牲だ。


 とはいえ、契約だか何だか知らないが、約束を反故ほごにして帰るわけにもいかない。


 いきなり地獄に呼び出されて、勝たずば帰還もできぬとなれば、嫌でも死に物狂いに戦い続けるほかはないのだ。


 次々とたおれていくクラスメイトを尻目に、麻希たちは進軍を続けてきた。


 王国から付いてきている通常の兵士たちも、かなり減った。




「さっき、斥候が戻ってきた。敵の姿が見えない、だとさ。どうやら、ここからは一直線らしい」


「そっか。……ようやく、だね」




 それでも、過酷な旅はあともう一息というところまできていた。


 各地で魔族の軍を打ち破った麻希たちは、残存する敵兵を本拠地の魔王城にまで追い詰め、その城下近くまで軍を進めている。


 あとは、魔王との最後の一戦を残すのみだ。


 もちろん、堅牢を誇る城を攻めるに当たって、相当な苦戦を強いられることは想像に難くないが――。




「——なんかさ、やっと終わりが見えたって感じ」




 味の悪いコーヒーもどきを飲み干して、麻希は呟いた。




「ね、茉莉。考えたことない? この旅のゴールは、どこなんだろって」


「さァ……あんたは、それが魔王を倒すことだと?」


「うん。勝って、元の世界に帰る。シンプルでしょ?」


「楽観的とも言うがね、そういうのは。……王国の連中が、約束を守るって保証もない。勝った後に、どういう扱いを受けるか――」


「もう! また難しいこと言って! いいの! 今は眼の前のことだけ考えてれば!」




 遮った麻希に、茉莉が肩をすくめる。


 幼馴染でもあるこの少女は、頭の悪い自分と違って、色々と考え過ぎるきらいがあるのだ。




「あー、早く日本に帰って、美味しいものいっぱい食べたい」


「ここの飯も、慣れたら悪くないよ。それこそ、王都に帰ったらこんな野戦糧食もどきは出されなくなるだろうし」


「えェー? それ絶対我慢してるじゃん。それにこの世界、治安悪すぎだし。茉莉だって、平和な日本に帰りたいでしょ?」


「……どうだか。あたしにとっては、ここも向こうも、そう大差ないよ」




 つと、茉莉の声が低くなった。


 言ってから、麻希は自分の無神経さに気付いた。


 茉莉の両親は、いわゆる毒親というやつで、物心ついた時から、麻希は愛のない家庭に苦しむ茉莉を誰よりも傍で見てきたのだ。


 あわや、という場面にも、何度も出くわしたことがある。


 学校でも、そういった茉莉の影を賢しくも見抜いた同級生たちによる偏見と嫌がらせが度々限度を超えることがあったし、麻希もそれに酷く反発していた。




「往くも地獄、往かぬも地獄ってやつだ。まァ、少なくともここでは、あたしを殺そうとする奴にはそれなりの納得できる理由がある」


「茉莉。ごめん、その――」


「いいんだ、気にするな。分かってる。……あんたと旅をできて楽しかったよ。本当だ。あっちの世界よりも、多少命懸けな毎日だが――生まれて初めて、自由を感じてる」




 麻希の肩に手を置いて、茉莉が言った。


 揺れる火に照らされるその横顔が、まるで見たことのないものな気がして、麻希は思わず手を握っていた。




「おいおい、こんなところでやる気か? せめてテントの中に入ってから――」


「茉莉」


「悪かった、冗談だよ」


「……わたし、強くなったよ。この世界で、回復要員としてだけど、ずっと戦ってきた。——日本に帰っても、もう茉莉に辛い思いをさせるばかりのわたしじゃない」




 詰め寄った麻希を、茉莉が見つめてくる。


 きれいだ、と麻希は思った。


 大好きな茉莉の、この顔を二度と歪ませたくはない。




「わたしが、治すから。ううん、一緒に戦うから。——だから、二人で一緒に帰ろう」




 どちらからともなく、唇を合わせる。


 熱。


 燃えるようだ。


 こういうことをするようになったのも、そういえばこの世界に来てからだったか。


 ふと、麻希はそう思った。








 魔王城の最奥——王の間に、地を揺るがすほどの断末魔が響き渡った。


 負傷者の手当をしていた麻希は、とっさにそちらを見遣った。


 崩れ落ちる魔王。


 学級委員長を務める男子生徒の剣が、その心臓に突き刺さっていた。


 やがて、魔王の屍体は霧のように立ち消えて、辺りに静寂が訪れる。


 いつまでそうしていたのか、もはや何事も起きないのを確かめてから、麻希たちは一斉に歓声を上げた。


 魔王は死んだ。


 これで、日本に帰れる。




「……ほんとに、倒したの? 私たち、勝ったんだよね⁉」


「うん、うん! やったよ! もう、終わったんだ!」




 頭部に傷を受けて、眼が見えない女子生徒が、麻希の腕を掴んで問うてくる。


 湧き上がる喜びをそのままに、麻希は何度も繰り返して同意した。


 自分たちは、生き残ったのだ。


 甚大な犠牲を払って、今や数えるに片手で足るほどの人数しか残ってはいないが、それでも生きている。


 広間に響く安堵の声が、それを実感させていた。






「やっと、やっと……! これで終わる――」








 銃声。








 立て続けに、二発。




 どさり、と重いものが床を打つ音。



 主を失った剣盾が、地に落ちて空しく鳴いた。






「——ま、つり……?」






 振り向いた先に、魔導小銃を構えたままの茉莉が立っていた。


 それより奥に、後ろから頭を撃ち抜かれた男子が二人、転がっている。




「——茉莉‼ なんで……⁉」




 気が付いた時には、叫んでいた。


 本当は、眼前の出来事を理解などできていなかったのだろうが、肌を打つ尋常でない悪寒に衝き動かされて、麻希は負傷した少女の前に立った。




「……マキ。こっちに来るんだ。ほら、早く」




 銃身が淡く光る。


 魔力の弾丸が、装填されたのだ。




「答えて! なんで、こんなこと――‼」



「まだ、終わっちゃいないからさ。あァ、そうだ。こんなことで、終わってたまるか」



「終わったじゃん! 魔王を倒して、わたしたちも生き残った! これ以上、なにがあるってのさ……⁉」



「そうだ! あたしたちは、生き残った! だからだよ!」




 小銃を構え直して、茉莉がえた。






「ここじゃない! ――あたしのゴールは、ここじゃないんだよ……‼ マキ‼」





 語気に呼応するように、魔力の風が吹き荒れた。


 気圧された麻希を見つめて、茉莉が叫び続ける。




「あたしは、日本には帰らない! 二度と、あんなところへ戻るものか!」


「ま、茉莉……」


「魔王が死んだなら、くそ、魔王め、簡単にやられて、畜生っ! ――あたしが魔王になればいいんだ! それで、続けられる! あたしは、自由でいられる……‼」




 哄笑を響かせて、近寄ってきた茉莉が麻希を強引に抱き寄せた。


 爛々と妖しい輝きをたたえる双眼に、麻希は息を呑んだ。




「あんたも一緒だ。ずっと、あたしと一緒に――」




 唇を奪われる。



 分かっていた。



 茉莉が、あくまで幸せを望むなら――。




 それが、どれだけ狂気に満ちていたとしても――。




 麻希には、受け入れる以外の道を選ぶことなど、できはしないのだ。




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