次の試合でゴールを決めたら、一緒に死んでくれませんか?
牧田ダイ
第1話
あぁ、また朝を迎えてしまった。
心が沈むのに合わせて体を再びベッドに沈めたかったが、そういうわけにもいかない。
学校に行かないといけない。
ベッドから出て、洗面所に向かう。
本当は行きたくない。学校なんて世の中の退屈な場所代表だ。
退屈な授業、うるさい生徒、向き合うことを辞めた教師。
そのどれにも関与したくはない。でも、学校に行かないと色んな人がうるさい。
普段は私になんの興味もないくせに、「お前のため」と偽善を押し付けてくる。
そんな面倒なことに付き合う気はないから、学校には行くようにしている。
顔を洗ってから台所に向かい、置いてある菓子パンと水を手に取る。
母は家にいない。私が寝ている間に家に帰り、また出ていく。その時にこれらを置いていく。
私の存在は認識しているみたいだが、興味はないのだろう。彼女から愛情やそれに似たものを感じたことはない。
朝ご飯を食べ終え、着替える。持ち物の準備は寝る前に済ませるようにしている。
学校へ行く準備が終わった。
気分は依然、沈んだままだ。
家を出る前に、スマホでSNSのアプリを起動し、打ち込んで投稿する。
≪死にたい≫
こうやって沈んだ気分を吐き出す。その瞬間だけ心がスッとする。その後に、この投稿をしている自分は確実に生きていることを実感させられ、また気分が落ち込む。
死にたいのは本心だ。この退屈な世界を生きる人生を終わらせたい。ただ、自分で終わらせる勇気はない。だから私はこの無意味な行為を繰り返すことしかできない。
溜息をついてスマホをしまい、家を出た。
朝はまだ誰もいない時間に登校するようにしている。
生徒たちがそれぞれのグループで話したり騒いでいる教室へ入るのはどうも苦手だ。
ただしこの時間に登校すると必然的に授業開始までの時間が長くなる。
特にやることもやりたいこともない私はその空いた時間を睡眠にあてている。
今日も机の上で腕を枕にして目を閉じる。このまま目覚めなければ、と思いながら――。
しっかり目覚めてしまう私は、午前の授業を終え、いつもの場所へ向かう。
いつもの場所とは、3階の本館と南館をつなぐ渡り廊下だ。
ここはほとんどの人が使わない、というか私しか使わない場所である。昼休みはそこで過ごすことにしている。
お昼ご飯を食べ終えると、柵に両手を置き、外を眺める。
手前にはグラウンドがあり、奥には民家、上は空が広がっている。
視線をそのまま下に向ける。
さすがに3階ともなると高い。ここから飛び降りたらただでは済まないだろう。
もしかしたら人生を終わらせることができるかもしれない。そう思うと急に足が震え、心臓の音がうるさくなる。
さっと柵から離れる。
やはり私には勇気も覚悟もないのだ。
気分が沈む。
スマホを取り出し、言葉を打ち込む。投稿ボタンを押そうとしたが、ふと指を止めた。
この行為には意味がないのだ。
予鈴が鳴る。教室に戻らなければ。
スマホの画面を眺めながら渡り廊下をでる。
そこで誰かとぶつかった。その拍子にスマホを落としてしまう。
落としたスマホがぶつかった人の足元へ滑っていく。
その人はスマホを拾い上げ、それをこちらへ差し出しながら話す。
「ごめんなさい。大丈夫?」
落ち着いていてなおかつはっきりした声だ。
「あ……えと……大丈夫……です」
弱弱しい声で答えてスマホを受け取る。
「じゃ……」と言ってその場を去ろうとすると、
「待って」と言われた。
「そのアカウント、君だったんだね」
え……?
体が固まる。
「ごめんね。画面見ちゃって」
「え……えと……」
うまく頭が回らない。
「いつも見てるんだよ。君……死にたいの?」
話が急すぎて何も見えない。何も言えずに黙っていると、
「困らせちゃったかな……。いや実はね……俺も死にたいんだ」
その言葉を聞いた瞬間、思わず相手の顔を見てしまった。
その顔は、微笑んでいた。
午後の授業はずっと彼のことばかり考えていた。
放課後にまたあの場所に呼び出された。
彼は私に「死にたい」と言った。
一体何の話をされるんだろう。
放課後、その場所に行くと彼はいた。
「ありがとう。来てくれて」
「いえ……、話って何ですか」
彼は真っすぐこちらを見つめて話す。
「僕と一緒に死んでくれませんか?」
またも予想外の言葉に何も言えなくなる。
「さっきも言ったけど俺も死にたくてね、でも1人じゃ踏ん切りがつかなくて……。で、今日君を見つけて、思いついた。協力してもらおうって」
必死に彼の言葉を頭の中で理解する。
この提案は私にとっても願ったり叶ったりのはずだ。私も1人では死ねないのだから。
だけどなぜか了承することはできなかった。
すると彼は「わかった。こうしよう」と更に提案をしてきた。
「僕はサッカー部に入っているんだけどさ、2か月後に試合なんだ。そこで僕がゴールを決めることができたら、一緒に死んでくれないかな?これだと死なないって可能性も残るけど、どう?」
2カ月という機関が私の心を揺さぶった。それだけの期間を考えることに費やせる。
「わ……かりました」
この日私は自分の命を彼に預けた。
憂鬱な朝を迎え、学校に行く。
あの話から1週間経ったが、私の生活は何1つ変わっていない。
今日も誰もいない時間に登校する。
いつものように目を閉じる前にふと窓の外を見る。
グラウンドでサッカー部が朝練をしている。
彼もいた。走ったり跳ねたりしている。試合形式の練習ではゴールを決めていた。
その顔は楽しそうだった。なぜ彼は死にたいのだろう。打ち込めるものがあるのに。
私は目を閉じた。
試合まで残り2週間になった頃、私はサッカー部の練習を見るようになっていた。
選手たちが声を出しながらボールを蹴っている。
しばらく見て帰ろうとすると、彼がこっちに来て声をかけてきた。
「やあ。どう?あれから考えは変わってない」
相変わらず声は落ち着いている。
「まだ……わからないです」
「そうか……。でも、僕は必ずゴールを決めるよ」
何も言うことができない。
「じゃ」と言って彼は練習に戻っていった。
彼がゴールを決めた日が、私の人生が終わる日なのか。
もやっとした気持ちが私の中にあった。
いよいよ試合の日になった。会場はうちの学校らしい。
見に来てほしいと彼に言われていたので、学校へ向かった。
試合が始まる直前に着いた。
試合が始まると、彼は積極的にシュートを打っていた。
何度倒されても、止められてもどんどん仕掛けていた。
その何度も立ち上がる姿に私は釘付けになった。
後半、ボールを奪った味方からパスをもらい、彼が独走状態になった。
私は両手を強く握りしめていた。
彼が打ったシュートは、ネットを揺らした。
その瞬間、私の両目からは涙があふれ出た。
人生で初めて、私は感動した――。
試合が終わり彼との待ち合わせ場所へ向かった。
彼はやはりそこにいた。
私を見るなり彼は「やったよ」と言った。
彼はやりきった顔をしている。
「これで僕たちの死は決まったわけだ」
「あの……その件なんですが……」
私は拳を握りしめて、彼をまっすぐに見て言う。
「やっぱり辞めさせてもらえませんか」
彼の表情が曇る。
「どうして?」
「私……、世の中ってつまらないって思ってました。だから死にたかった。でも、今日の試合を見て、私でも感動できるものがあったんだって気づいて。世の中が退屈なのは、私が見ようとしなかったからなのかもって思って……。だから……、まだ生きてそういうのを見ていきたいと思ったんです」
これを聞いた彼は天を仰いで言った。
「そうか……、それもそうかもね。わかった。じゃあこの話はなしにしようか」
彼の表情はどこか晴れやかだった。
今日から見つけよう、私の人生を。
次の試合でゴールを決めたら、一緒に死んでくれませんか? 牧田ダイ @ta-keshima
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