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いよいよ、混乱の建武時代、そうして、南北朝の時代にやって来ました。
鎌倉幕府滅亡の何よりの原因は、14代執権・北条高時でしょうね。
12歳の幼年で執権職に就き、実権のない飾り物、暗愚で病弱で無気力で、闘犬や田楽などにうつつを抜かした道楽者。
蒙古襲来を撃退した祖父、8代執権時宗に似ても似つかぬ不肖の孫です。
そこに御内人の長崎円喜などがつけ入り、幕府の政治を私(わたくし)した。
そして、そうした偏頗で私心に基づく政治が、なんと、後醍醐天皇も同じだったという。なにしろ、持明院統と大覚寺統の両統鼎立の約を違えた人物ですからね。
政権トップが、私心を元に、筋を違えた政治を行うと国が乱れるのは、今も昔も変わりません。
次回も楽しみにしています。
ごきげんよう、こうしてみると鎌倉幕府、成立のタイミングが悪かったのでしょうか。
武士の時代を開いたのは良かったのですが、やっぱり初めての体制ということもあって、ベータ版、っていう感じだったんでしょうね。おまけに外国や朝廷も反対勢力になっちゃうし。
事実上北条幕府だったところもちょっとダメだったのかもしれませんね。
武士政権、幕府が鎌倉、室町と続いて、反省材料や改善点を洗い出した結果の江戸幕府だったのかもしれませんね。
でも足利尊氏さんって、日本史の中では極端に人気がないような気がしますね。
なんでだろうか?
鎌倉編、お疲れ様でした。
とても楽しく、学ばせて頂きました。
メンヘラが手紙を送りつけるとか、ユーモアたっぷりの解釈が面白かったです。文体はスラスラと間伸びせず、例えは現代風でわかりやすい。それでも鎌倉が崩れて行く様子は煩雑にならずしっかりと表現されていて「すごいなぁ〜」と……(語彙力がなくてすいません)。
文字を書くまでに相当の時間が費やされているのが手に取るように分かる内容でした。室町編もお邪魔させて頂きます。執筆、頑張って下さい。