ダンジョン・ファーム ~家を追い出されたので、ダンジョンに農場をつくって暮らそうと思います~
鈴木竜一
第1話 神授鑑定の儀
※次は10:00に更新予定!
神授鑑定の儀。
クレンツ王国に生まれた者は、十五歳になると神よりアイテムを授かるという恒例の儀式が存在する。
神授鑑定の儀の会場となるのは、クレンツ王国の王都内にあるサン=ヴェチカ大聖堂と呼ばれる場所。
ここには、国中から神授鑑定の儀に参加するため、多くの若者やその家族が訪れ、王都内はとても賑やかだった。
この神授鑑定の儀はクレンツ王国で行われる三大イベントのひとつに数えられており、国をあげて騒ぐお祭りだ。
それもそのはず、ここで有能なアイテムを授けられれば、生まれた家柄など関係なく上を目指せる。その逆もまたしかりで、名門一族の出身でも次の日には貧民街で物乞いをしなければいけない――なんてことだってあり得る。
つまり、この儀式はその人の人生そのものを左右する重大な催しなのだ。
――その神授鑑定の儀が行われている大聖堂は、現在静まり返っている。
原因は俺にあった。
遡ること数分前。
「ベイル・オルランド、前へ」
司祭に名を呼ばれ、壇上へ上がると、大きな水晶の前に立つよう指示を受けた俺は、それに従った。それから、司祭が詠唱を始めると、徐々に水晶玉の色が変化していき、やがて一瞬の閃光が放たれたかと思うと、俺の目の前には光球が現れた。
ふよふよと波間を漂う木の葉のように頼りなく動くそれに、俺は手を突っ込む。この光の球体の中に、アイテムがあるのだ。
俺はそれを掴んで引っ張り出そうとするが――その瞬間、頭の中に衝撃が走った。
「あ、あれ……?」
思わず手を止めてしまう。
……俺は知っている。
この儀式も、国の名も――そりゃあ、この世界で生まれ育ったんだから知っていて当然なのだが……そうじゃない。もっと前だ。俺は生まれる前から知っているんだ。
それは前世の記憶。
日本という小さな島国でしがないサラリーマンをしていた頃の記憶だ。
時が経てば経つほど、その頃の記憶が鮮明になっていく。
「どうかしたか、ベイル・オルランド」
「…………」
「? ベイル・オルランド! 次の者が待っているから早くしろ!」
「っ! は、はい!」
司祭に促され、俺は一度手放した光球の中にある武器を再び掴む。
……間違いない。
ここは、前世で俺がやり込んだPC用ブラウザゲーム【ファンタジー・ファーム・ストーリー(通称・FFS)】の世界だ。
それを理解した時、自然と笑みがこぼれた。
なぜなら、俺はかれこれ十年近くこのゲームにハマっており、この世界における知識はしっかり身についている。
今俺がやっている神授鑑定の儀は、ゲームのオープニングイベント。
ランダムに授けられた武器がこの先の展開を左右する。
何度もリセマラした記憶が鮮明によみがえる。
どんな武器が来ようとも使いこなせる自信はあった。
しかし、やはりここは……このゲーム内では禁忌とまで言われた超反則級のアレが欲しいところ。
「頼む……」
俺は瞑目し、必死に祈った。
そして、引き抜いたアイテムは――俺の望んでいたアレであった。
「りゅ、《竜樹の剣》だ……」
竜の亡骸に巻きついて育つという竜樹を使用して作られた剣――そうした経緯から、消費魔力の大幅減や魔法効果の倍増などなど、あらゆるアイテムの頂点に君臨すると評して過言ではない効果をプレイヤーにもたらす。
これ……欲しかったんだよ!
ホント手に入らないレア中のレア!
俺はそれを引き当てることに見事成功したのだ――やっべ! めちゃくちゃ興奮してきた!
思えば、こいつを入手してからゲームの攻略が楽になった。
何かと便利だし、これからも重宝するだろう。
誇らしくなった俺は、竜樹の剣を天高く掲げて大聖堂に詰めかけた人々にアピールした。
あれだけの効果が得られるアイテムだ……きっと、大歓声が巻き起こるだろう――と、俺は確信していたのだが、
「「「「「……………」」」」」
返ってきたのは沈黙だった。
「えっ? あれ?」
予想外のリアクションに、俺まで困惑する。
次第に、周囲からの声が漏れ聞こえてきた。
「な、なんだ、あの剣は?」
「そもそもあれは剣なのか?」
「俺には剣の形に削った木の棒にしか見えんぞ」
「わ、私も」
「それをあんなに誇らしく掲げるなんて……ふふっ」
「わ、笑っちゃダメよ」
「だ、だって……」
ざわめきは徐々に笑い声へと変わっていった。
そこで俺は気づく。
俺がプレイしていた【ファンタジー・ファーム・ストーリー】というゲームは、剣と魔法の世界で時に冒険しつつ、基本はのんびりまったりと農場で作物や家畜を育てるスローライフを満喫するストーリーだった。
そのゲームにおいて、この竜樹の剣は農場づくりに必要なスキルをカバーするために最適なものである。
――だが、今の俺は農夫ではない。
クレンツ王国を騎士という立場で代々に渡り支え続け、王家とのつながりも深いオルランド家のひとり息子だ。
俺は恐る恐る来賓用の特別席に座る父へと視線を移す。
その顔は真っ赤になり、プルプルと震えていた。
明らかに怒りの感情が見て取れる。
そこでようやく、俺は事態をハッキリと吞み込んだ。
王家とも親密な仲にオルランド家のひとり息子が農夫愛用の武器を誇らしげに掲げている――なんとシュールな光景か。
そう。
ゲームでは勝ち組でも、農夫ではなく名門騎士一族の人間である今では、このアイテムはむしろもっとも避けたい部類のものだったのだ。
「うっ……」
やってしまった。
後悔の念が押し寄せる中、
「そろそろどいてくれませんかね?」
笑い声が大きくなる中、落ち着いた調子で俺に声をかけてきたのは金髪の少年だった。
名前はディルク。
俺の父の弟の子――つまり、俺とは従弟関係にある。
「聞こえませんでしたか? ご立派な武器を授かり、自慢したいという気持ちは分かりますが……あとがつかえていますので、そろそろ交代していただけますか?」
「あ、ああ……」
そそくさと剣をしまい、俺はディルクに場を譲る。
未だ騒然とした様子の聖堂内であったが、ディルクの結果が出ると今度は大歓声に包まれた。
「おぉ! あれは神剣だ!」
「間違いない!」
「救世主のみが持つことを許されるという神剣だ!」
ディルクが引き当てたのは、父上が俺に引き当てて欲しかったはずの神剣であった。
神々しい輝きを放つ神剣――こう見ると、俺の竜樹の剣は効果こそ凄まじいが、外見は比べ物にならないくらいみすぼらしかった。
それでも、効果は本物だ。
俺はそれを証明したかった。
――しかし、そんな俺の訴えは大歓声にかき消されてしまった。
その後、父は正式にディルクを息子として迎え入れることを発表した。
俺は父上に抗議した。
確かに竜樹の剣は派手な装飾が施された神剣に比べると見劣りする――が、それはあくまでも外見だけで、性能については負けていない。
確かにこいつは農夫のための剣だが、工夫次第では化けるはず。
そう訴えたかったが、
「黙れ! 大衆の面前でこの私に恥をかかせおって! 貴様のようなクズの顔など二度と見たくはない! さっさとこの家から出ていけ!」
怒鳴り散らされ、父の書斎から強制退去させられた。
それから、父の専属執事に「旦那様からです」と冷めきった口調でわずかな金を与えられると、その日のうちに屋敷から追い出されることになったのである。
――まあ、元々貴族ってガラでもなかったし、用済みだと捨てられたのなら甘んじてその判断に従おう。
むしろ好都合ってヤツかな。
これで俺も大手を振ってこの世界を楽しめるというものだ。
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