18 それは、最悪の再会

「……」

幾許か経ったのち。僕は泣くことにすら疲れ果て、黙り込んだまま木を背にし、膝を抱えて座り込んでいた。

そんな時だった。遠くのほうから、足音が聞こえてきたのは。

それはどんどんと僕の居るほうに向かって近づいてくる。

僕は顔を上げ、見回す。すると――


「ったく、こんなとこにいたのかよ……!急に飛び出しやがって……」

息を切らしながら心配そうな声色で言う、ルージュの姿があった。

よほど急いできたのだろう。肩は大きく上下し、白いシャツは汗ばんでいる。

「……ありがとう。でもごめん、今は一人にしてほしいんだ」

再び視線を落とし、俯く。そんな僕を見て、彼女はと言うと――


「ハァーー……ッ……」

深く、大きなため息をついた。きっと呆れ果ててしまったのだろう。ちょうどいい。このまま帰ってくれれば。

そう思った矢先――


「わぷっ」

僕の顔を、何かが覆った。

それは柔らかくて。暖かくて。そしてかすかに、音が伝わってくる。

ドクン、ドクン。一定のリズムで聞こえてくるこの音は――心臓の鼓動?

と、いうことはまさか。


「ちょっ……ルージュ!何して……!?」

そう、彼女は僕を抱きしめていたのだ。僕がもがくと、彼女は言った。

「バッキャロー。大方、村が消されたのは自分のせいだー、とか考えてたんだろ」

図星をつかれ、うぐ、と言葉を詰まらせる僕。

「村の連中は知らねぇがさ。少なくともオレは、そんな風には思っちゃいねぇっての。じゃなけりゃ見ず知らずの奴を助けるために戦って、火だるまなんかになったりしねぇよ。確かにお前とは出会ったばかりだけどさ?何となく、そう思う」

ぶっきらぼうな口調だが、そこには溢れんばかりのやさしさが詰まっていた。

「でも、僕は」

「あーもう、これ以上ぐちゃぐちゃ言うな!こんなセリフはガラじゃねぇんだ!……あと」

ギュウっ、と抱きしめる力が強くなる。

「ぜっっったい……顔、上げんなよ。オレ今すっごい恥ずかしいから」

力強くも優しい、そのぬくもりに包まれて、僕は。


「うう……うぁっ……」

再び、涙をこぼしてしまった。しかしそれは、悲しさからくるものではなく――こんな僕を、村を救えなかった僕を、それでも信じてくれている。そんな彼女の優しさが、たまらなく嬉しかったのだ。


「ったく、ガキみてぇな奴。……ま、いいや」

彼女は僕の背中をポンポンと叩き、なだめる。僕は彼女に包まれたまま、ただただ泣き続けた。





「……おう。なーにしとるんじゃ、お主ら」

そんな時。とても聞き覚えのある声が聞こえた。

少し低い音程から、怒りの感情が読み取れる。僕らは人形のようにぎこちなく、ゆっくりと顔を横に向けると、そこには――


「リ、リリン、さん……?」

「よ、よぉ。目覚めたんだな、元気そうでよかったぜ」


仁王立ちで腕を組む、リリンさんの姿があった。意外にも元気そうなその姿に安堵したが、喜んでばかりはいられない。

彼女は、明らかに怒っている。表情こそ笑顔だが、その顔には青筋が浮かんでいるのが見て取れた。


「人が寝ている間にしっぽりとは……随分大胆なもんじゃのう?ええ?」

「ち、ちがっ、そういうのじゃなくてだな!」

「そ、そうですって!ルージュは僕を励まそうとしてくれただけで……」

慌てて弁解に回る僕らをよそに、彼女が叫ぶ。

「問答無用ぉぉぉぉ!そこに直れぇぇい!」


ひぃっ、となって固まる僕らに、リリンさんが詰め寄る。


「だいたい何じゃ!?出会ったばかりの男を抱きしめるなぞ!お主の距離感はどうなっとるんじゃ!」

「むぐぐ……」

「お主もお主じゃ!抱かれたまま赤子みたいに泣きじゃくりおって、乳か!?やっぱり乳か!?このデカいのかあぁぁぁ!?」

「オイコラ掴むんじゃねぇっ!いでででで!」

「ホント落ち着いてくださいリリンさんっ!」


先ほどまでの空気は一体どこへやら。森の中はすっかり騒がしくなってしまった。

そうしてやいのやいのと言い合っていた――その時。


「!」

突如として、僕の目線の先の空間が歪んだ。まるで穴でも開いたかのように、黒い渦が現れたのだ。


「む、妙な気配じゃ……二人とも用心せい!」

続いてそれに気づいたリリンさんが、ぴたりと小言を止めて真剣な口調でつぶやく。ルージュもまたその言葉を受け、素早く戦闘態勢を取る。


そして、僕らが見据える先から、それは姿を現した。


「オイオイ……何でだよ!」


赤く、生気のない瞳。頭部から生えた2本の角。

それぞれが武器を手に持ち、僕らに向かってゆっくり迫りくる――竜人族の村人たち。

しかし、最も異様なのはその風貌ではなく――

「人間を滅ぼす」口を揃えて、うわごとのようにそう呟いていることだった。明らかに正気ではない。

数秒して彼ら全てが穴から出終わると、次元の歪みは消え去った。

そして彼らは僕ら――いや、僕を指差し、叫んだ。


「人間を、殺せぇ!」


その言葉が、合図となった。村人たちが一斉に武器を構え、突っ込んできた!


「くそっ、どうするよ!」

「どうしようったって……戦えるわけがないっ!」

それだけは、断じてできない。彼らは、敵ではない。

しかし、彼らが殺意を持って向かってきているのは事実。


「二人は下がってて!多分狙いは……僕だ!」

せめて、彼女たちが巻き込まれることだけは避けなければ!僕は二人の前に出て、両腕を広げ立った。


「死ねぇーーっ!」

獲物が自分から出てきてくれた。そう言わんばかりに、男が叫ぶ。

咄嗟の出来事に変身する暇もなく、生身の僕の首へ向かって刃が振り下ろされる。

やられる!そう思い、硬く目を閉じた――が。


「ウオォウラァ!」

叫びとともに、肉を引き裂く音が聞こえた。僕が目を開けると、そこには――





「よぉ……元気だったかぁ?ハ~ジメッ♪」

血に染まった刀を携え、けたけたと笑みを浮かべる男の姿が。

忘れもしないその声。その顔。

ずっと待ち望んでいた再会は、望まぬ形で実現してしまった。

何の罪もない村を滅ぼし、今もその手で村人の命を奪い去ったその姿はもはや、僕が知っている彼の――英雄の姿ではない。


「ベリルッ!」

僕は怒りの拳を握りしめ、外道に堕ちた男の名を叫んだ――!

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