17 僕がいるから

すすり泣き止まぬ洞穴。竜人族たちは夜も眠れず、互いに身を寄せ合っていた。

なぜ、自分たちはこんな目に合わねばならないのだ?

誰へ迷惑をかけたわけでもなく。何にも干渉せず。ただ、静かに暮らしていただけなのに。

なぜ、故郷を滅ぼされなければならないのか。

この場にいる者たちは皆、同じことを思っていた。

そんな時――


「ごきげんよう、竜人族の諸君」


悪魔の声が響いた。

何だ何だ、と辺りを見回す人々。その頭上には、紫色の靄のようなものが浮かんでいた。

何者だ、と一人が叫ぶ。

「私の名はジャナーク。随分悲しそうじゃあないか、いったいどうしたのかな」

白々しく、悪魔が問う。

村人たちは口を揃え、答える。「故郷が消された」、と。

「ほう……いったい誰に?」

人々は叫ぶ。「人間だ」「人間同士の争いに、我々は巻き込まれた」と

「なるほど?ならばなぜ、君たちはここで大人しくしているのかな」

「君たちはかつて、人間たちに次々と住む場所を追われ続け、最後に残った故郷へと逃げ帰った。だが、その故郷すら滅ぼされてしまった――そうしたのは、まぎれもない人間じゃあないか……なぜ、泣き寝入りする必要がある?」


悪魔の言葉に、人々がより一層ざわめき出す。

その瞳は血の色のように赤黒く、光はない。

そうだそうだ、なんで俺たちがこんな目に合わなければならないんだ。

殺してやる。復讐だ。俺たちの怒りを、恨みを、悲しみを。

我が物顔でのさばる人間どもに、裁きの鉄槌を下すのだ!


「フフフ……そう、それでいい。武器を取り給え、君たちの明日は、君たちの手で切り開くんだ」

声とともに、虚空から様々な武器が現れ、地に落ちる。人々はそれを手に取り、叫んだ。


殺せ!殺せ!殺せ!


「さぁ、行くんだ。知らしめてやりたまえ、君たちの怒りを……ククク」


人々は揃って駆け出した。憎き人間を滅ぼすために。

第一の標的は、故郷を奪った原因。災厄を村へと運び込んだ、あの男――ハジメだ。



「うう、うぁっ……あぁ……」

月明りすら入らない木々に囲まれた、森の中。僕は一人、嗚咽を漏らしていた。

もう、どれだけ泣き続けたのかすらわからない。とめどなく溢れる後悔と自身への怒りが、僕の中で渦巻き続けていた。


どうして。どうして僕は誰かを不幸にしてしまうんだ。

思えば、あの時もそうだった。


それは、僕がパーティーを抜けるよう知らされたあの日のこと。

モンスターとの戦闘の最中のことだった。


「ベリル!」

巨大な爪がベリルを掴む。それはたちまち大空へと彼を連れ去ってしまった。

僕らが戦っていたのは鳥型モンスター、シルバド。白銀の体毛を持つ、肉食の巨大怪鳥だ。

ちょうど産卵し終えたばかりのそれは、餌を求めて人々をさらっていた。

それを聞きつけ、僕らは戦っていたのだけれど――


「くそっ、離せ!」

腕すら動かせず、ただもがくことしかできないベリル。


「待ちなさいっ!」

僕の隣にいた少女――フランが『火球』を打ち出し、怪鳥を狙う。

しかしそれも全て躱され、奴は悠々と空を舞うばかり。みるみるうちにその姿は小さくなってゆく。

嫌だ。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ!このまま離れ離れだなんて、絶対に!

僕は心の底から叫ぶ。

「ベリルを……離せぇぇぇーーっ!」

瞬間。僕の意識とは無関係に、全身が光り輝く。

「ちょっと、あんた何で『発光』なんか使って……」

困惑する彼女をよそに、僕の光はますます強さを増していく。


「あれは……っ」

その輝きは、遥か上空のベリルからも観測できた。それはつまり、シルバドにも同じ事が言えるという事。

奴はその光を見るや否や、上昇を止め、そして。

地上へ向け、一気に踵を返した。急加速に、ベリルが呻きを漏らす。


「!?」

武闘家の少女、リオが目を丸くする。その卓越した視力を持つ瞳に飛び込んできたのは、一心不乱に突き進む、会長の姿。

彼女が叫ぶ。「逃げて!」と。


僕らは咄嗟に左右へ飛びのいた。その間に、巨大な嘴が地を砕き、突き刺さる。

奴はベリルを放り捨てると、その首を僕へと向け、見据える。

僕は自身が狙われていることに気づき、駆け出した。


「リーダー、大丈夫!?」

「ああ、何とかな……それより奴を!」

倒れ込むベリルを抱え起こすリオにそう言い、彼は叫ぶ。


「ああもう、本当に世話の焼ける!」

フランが渋々ながらも、『火球』を打ち出しシルバドを狙う。僕と言う標的に夢中だった奴の背中に、攻撃は直撃する。が――


「きゃあーっ!?」

ジャマをするな、とばかりに振るわれた羽。その風圧で、彼女の体は宙に浮かび、大きく吹き飛んでしまった。

彼女は岩盤に勢いよく叩きつけられ、地に落ちる。

右腕を抑え、もがく彼女。

「フランっ!」思わず立ち止まり叫ぶ僕。だが、その眼前には奴の姿。鋭く尖った嘴を光らせ、赤い瞳が僕を睨む。

そして、嘴が僕の胸元目掛けて、振り下ろされた。

もうだめだ。最悪の考えが脳裏をよぎった、その時。


「ウオォウラァッ!」

叫びとともに、ガキン、という金属音が響いた。僕が目を開くと、そこにはベリルがいた。僕たちの間へと割って入り、剣でその嘴を切り落としていたのだ。

シルバドはあまりの激痛にじたばたと苦しんでいる。そして――


「終わりだぁっ!」

次なる一刀で、怪鳥の息の根は完全に止まった。縦一文字に切り裂かれ、臓物をこぼしながら倒れ伏す。


「無事か、ハジメ」

彼は頭から血を流しながらも、へたり込む僕に声をかける。

ふらり、と体勢が崩れた彼の体を、僕は急いで立ち上がり、支えた。

「それより、フランを!」

「……そうだな」


――幸い、彼女の命に別状はなかったが、フランは右腕を負傷してしまっていた。

「お前のせいだ」――宿へと戻る途中、リオとフランの声が聞こえた気がした。

言葉こそなかったが、その目は確かに、そう訴えていた。

そして、僕の心の中からも、その声は聞こえてきた。


そうだ お前のせいだ お前がいるから 誰かが不幸になる


――それは、力を手に入れた後でも変わらなかった。

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