06 エルフの村

一筋の流星が、空から降った。

それは次第に赤、紫の光へと別れ。残った銀の光だけが、地に落ちた――



「う、うう……」

小さなうめき声をあげて、僕はゆっくりと目を開く。

おぼろげな視界に飛び込んできたのは、見知らぬ天井。

ここはどこだろう。辺りを確認するため体を起こそうとするものの、うまく体が動かない。


「あまり無理をしないほうがよいぞ」

そんな時、女性の声が聞こえた。僕が目線を動かした先には、とがった耳の小柄な少女が立っていた。

「あな、たは……?」

うまく声を出せないながらも、僕は尋ねた。


「わしはリリン。このエルフの村に住むものだ」

エルフ。あの耳を見た時点で何となく察してはいたが、実際に見るのはこれが初めてだ。

古めかしい喋りと、どう見積もっても11、2歳な見た目との齟齬が理解を阻む。長命な種族だとは本で読んだが、ここまでとは。

そんなことを僕が考えていると――


「して、おぬしの名は?」

今度は向こうが尋ねてきた。

「僕は……ハジメと言います」



暖かな日差しの昼下がり。僕とリリンさんは、村を一望できる丘の上にいた。

村を一通り案内し終え、見晴らしのいいこの場所で休憩を取ろうという、彼女からの提案だった。


「5年……ですか」

5年。村を回る中で言われたその言葉を、ふと呟く。

この数字は――そう、僕が目覚めるまでの年数を指す。

僕は実に5年もの間、ああして眠り続けていたというのだ。

最初は信じられずにいたが、ある情報を目にして、それを信じざるを得なくなった。


『勇者ベリル一行、魔王討伐に成功』


それが――今からちょうど5年前に書かれたこの一文だった。

ついに英雄となった友を思い浮かべ、自然と顔がほころぶ。

が、喜んでばかりでもいられない。今の僕には、やるべきことがある。

僕は懐からあるものを取り出し、見つめた。

それは短剣のような物体――しかし、その刀身はガラス細工のように透き通っており、とても何かを切り裂けるような代物には見えない。

しかしながら、魔力に近しい強大な力を秘めているのが感じられた。

5年前、僕はこんなものを持っていた覚えはない――リリンさんに聞いても、「知らぬ」と返された。

とすれば、僕が眠り続けていたことと、これには何か関係があるのかもしれない。

その謎を解き明かすこと。それが、僕が今やるべきことだろう。


「おーい、聞こえておるか?」

僕の眼前でひらひらと手を振りながら呼びかけるリリンさんの声で、はっと意識を戻す。

考え事を始めると、自分の世界に入ってしまう、僕の悪い癖が出てしまっていたようだ。

「ご、ごめんなさい」

「うむ、それでどうじゃ?この村は。気に入ったなら住んでもらってもよいのだが」

「いい村だと思います。故郷を思い――」

そこまで言いかけて、言葉を詰まらせる。あの日、僕の故郷は、帰るべき場所は――

「どうした?」

「い、いえ。なんでもありません。故郷を思い出す、優しくていい村だと思います。ただ――」

「ただ?」

「女性の姿しか見えないのは、やっぱり気になりますけど」

そう。村を一通り見て回った時、男のエルフというものは一人も見なかった。

聞いたところ、この村ではなぜか男のエルフが生まれないようだ。

そのため、村の女性は年頃になると外へ出て恋人となる男性を探す――らしい。

あれ、ちょっと待てよ。まさか――


「リリスさん」

「ん?」

「さっき、住んでもらっても、って……」

「さささ、さぁな?別に深い意味はないぞ?うむ、ないぞ、ないったらない」

ものすごくわかりやすい動揺を目にして、僕は何かを察する――突っ込まないが。

「先に言っておきますが。僕、そういう趣味はありませんからね?」

「だれが幼女じゃあ!」

「誰もそんなこと言ってませんけど」

「ぐむ、むむぅ……」

頬を膨らませて黙り込んでしまうリリンさん。こうして見ると、齢100を超えているとはとても思えない。

「あはは、ごめんなさい」

僕が笑い交じりに謝った、その時だった。


「!?」

僕とリリンさんが揃って目を見開く。

その原因は謎の爆発音。そして直後――見下ろす村の景色に、異変が生じた。

あちこちから火の手が上がり、煙が空を満たしてゆく。

あの日の光景が、人々の悲鳴が、脳裏に浮かび上がる――僕は一目散に、村へ向かって駆け出した。

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