発動!
関谷光太郎
第1話
喉仏三吉。
彼は、某小説投稿サイトにある『現状報告』という、自分の創作状況や近況を書き込める場所に、思いの丈を綴っていた。
オレ、いくつかの小説投稿サイトに登録してるんですが、未だ一本も投稿したことがないんです。
いや、話を思いつかないわけじゃないんですよ。
例えば、新型コロナウイルスで外出自粛となった父親が、昔ハマってた趣味を復活させたんだけど、それが巨乳美少女フィギュア作りだと知った途端、嫁や娘から総スカンでボコボコにされる話。
でも、思いついて愕然としました。これのどこが面白いんだよって!
ああ、そうそう。四方を敵に囲まれた部隊の窮状を伝えるために、伝令として走る男の話も考えたんですが、男がどーしても犬のシェパードにしか思えない。オレ、走るイコール犬っていう思い込みがあるようで。走ってる男が犬みたいに舌を出して、はっは、はっはいってるイメージしか出てこないんですよね。軍用犬が主人公でもよかったけど、どうしても人間の男にこだわりたかったんで、結局書けませんでした。
ところが、こんなオレにも物語が突然降りてきたことがありましてね。あれ、直観っていうんでしょうね。溢れるようにストーリーが出てくるんです。鬼になった妹を優しい兄が噛みつけないように……おお、やばい、やばい! これ大ヒットアニメそのまんまのストーリーであることに気づきボツ!
でも、『直観』て言葉は使えると思い、「あのね、俺思うんだけど……」から書き出して、ちょっとおどけた感じを出そうと『あのね、俺思うんだけど……やっぱり『直感』っていうお題は書けそうにないわ!』ってやると。
ぼん! パソコンがクラッシュしたんです。
オレ、茫然。
天は我を見放した……と諦めかけた時。
来ましたよ。天使の囁きが。
『環境変えればいいじゃん!』
巨乳の天使がそう言うんで、オレ、「うふっ」てなりましてね。その日から徹底的に執筆環境を変えようとポチリまくりですよ。
「もっと光を!」
ハイスペックPCに三面モニタ。宇宙船みたいになった執筆部屋で、閃いた題名が『私と読者と仲間たち』。
でも、オレ気づいたんです。オレには、読者も仲間もいるわけない。だって一作も書き上げたことがないんだから!
天の声が言いました。
『もしかして、大山鳴動して鼠一匹じゃ。図星かい!』って。
オレ、もうダメかも。
残された手段は、改名ですかね。
仏の顔も三太郎、とか。
もうどうにでもなれ。パソコンの前に座る気力を失って数日を過ごした喉仏三吉。
仏の顔も三太郎への改名を却下した三吉は、知らぬが仏をペンネームにできないものかと考えつつ、久々にパソコンをひらいた。すると、三吉の書き込んだ『現状報告』に対して多くのコメントが寄せられていた。
──三吉さん、プロじゃないんだから下手で当たり前! 自分で敷居を高くし過ぎていませんか?
──とにかく書き上げて、おりゃ『今すぐ投稿』ってタップすりゃいいのさ。途中しかできてなくても、俺はちゃんと読ませてもらうからさ!
──まずは出たとこ勝負。みんなが言ってるように、作品の出来は置いといて、いっぺん書き上げることだけ考えてみてはどうでしょう!
──頑張れ、喉仏!
──負けるな三吉!
もう、尽きない言葉の波が押し寄せた。
バカにするような言葉なんてない。延々と続くメッセージのすべてが心ある激励ばかりなのだ。
三吉はパソコンの前で、経験のない高揚感を体験していた。
書けるような気がする。いや、今こそ書き上げる時だ。
もう執筆環境、ペンネーム云々じゃない。
喉仏三吉の指が、キーボードを走る。
ホラーとミステリーの短編を思いつく。
殺人事件の犯人を祟りのせいだと言い募る美少女テリー。真犯人の祖母を守ろうと霊媒師を演じる彼女に探偵は言う。
「もう、ホラは必要ないんだよ。ミス・テリー」
うわぁ、ダメだ。美意識が許さない!
そうだ。会話機能を搭載したスマホの話はどうだろう。娘からプレゼントされた喋るスマホ。だが、このスマホのAIには病気で亡くなった娘のデータが移植されていて母親の老後を見守るというストーリーだ。
だが、キーボードを打つ指が止まる。
「う、ぅうううううっ」
まずい。書く前から泣けてしまって冷静でいられない。これじゃ、ギャグを言う前に自分が笑ってしまう最低のコメディアンと一緒だ。
『現状報告』へのコメントが蘇った。
──まず、私たちを読者にするために書いてください!
──もう俺たちは仲間なんだから。あとは君のありったけの思いが詰まった作品を読ませてくれ!
「うおおおおおお!」
喉仏三吉というペンネームを考えるために調べた仏教用語を羅列して、21回目の攻撃の末、地球の危機を救う宇宙戦艦の物語に挑戦するも、複雑な戦闘シーンが書けず、もっと単純に楽しめるソロヒーロー 、超人坊主の話に変更する。
だが、この超人坊主。自己主張が強く勝手に動いては『俺を拝め!』というセリフを連発。書き手の思惑とは別にキャラクターが動くという初体験もしたのだが、扱いきれない上に、破戒僧のイメージがどうしても馴染めず、投げ捨てるようにやめた。
超人というキーワードを残して、特撮ヒーロー物を書き始めるも『仮面ホトケライダー』やら『戦隊坊主イノレンジャー』とかキワモノのネーミングしか思いつかない。またもや、書けずに終わる予感が三吉を苦しめた。
三吉の状況報告に激励の言葉を書き込んでくれた多くの人々。創作という共通点だけで見ず知らずの人間を応援してくれることに対してなんとしても応えたい。
喉仏三吉はオーバーヒート寸前の思考回路に見切りをつける。
もう考えるのはやめだ!
オレはオレ自身の心に従う!
キーボードにひたすら指を走らせる。
無心。純粋。そのままのオレ。
無我の境地に至った瞬間、三吉の周囲に巨乳天使が舞い降りる。それもひとりやふたりではない。何十人もの豊満なる肉体を持った天使たちが乱舞しはじめたのだ。
甘い吐息と揺れる胸元。
「なんだ、オレの書きたいものって……これなのか!」
指が高速でキーボードを叩く。
もう止まらない。止められない。心の底から湧き出る物語の泉。
そして彼は書き上げる。
伸びやかで、淫美で、鮮烈な物語を。
それはオレにしか書けないストーリー。
いける、いける、いけるぞ!
みんな読んでくれ、オレの魂の言の葉を!
「ゴール!」
喉仏三吉は、初めて『今すぐ投稿』の文字をタップした。
発動! 関谷光太郎 @Yorozuya01
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