真性にして神聖なる辰星の新生⑤

 天使の位階はその翼の数と頭上に冠す光輪の形で何となく判別がつく。だから要所要所で炎を操って戦闘人形オートマタたちを払い除ける神の呪いカタラエルが上位の天使であることはレヲンも十分に判っている。

 だが【死屍を抱いて獅子となる】デイドリーム・デッドエンドでは無く【千尋の兵団】プライドを行使する彼女は、その黄金の輝きに包まれた戦闘人形オートマタたちを維持する間は一介の戦士を超えた力を有さない。彼らを使役するために意思を共有する旗槍は一応の刃を持つが、その威力はシュヴァインの持つ三日月バルディッシュやエーデルワイスが構える獅子の牙ダンデリオンズに比べると遥かに弱弱しい。


 魔器としての性能を比べれば一目瞭然だ。何せ旗槍には霊性に干渉し実体を持たない相手であっても損傷ダメージを与える力は有しているが、攻撃に際して有用な能力と言えばその程度。

 旗槍はあくまで【千尋の兵団】プライドで召喚した黄金の戦闘人形オートマタたちを制御するためのものだ。だから単純な個の戦闘力で押し切るならレヲンは自身こそが三日月バルディッシュ獅子の牙ダンデリオンズ愚者の魔杖エルスレイヤーを握るべきだ。

 そうせず戦闘要員の数を優先したのは当然、相手の数が桁外れだからだ。万に匹敵する軍勢ならばこちらも万に匹敵する兵団で以て対応しなければ――そしてそれは概ね正解だった。


 戦禍は今や聖都全体を覆いつくしてはいるものの、レヲンの召喚した【千尋の兵団】プライドを筆頭に拡がりつつある軍勢の蹂躙を劇的に阻んでいた。

 その見て取れる結果が騎士団たちを鼓舞し、また抗戦と避難に手を貸す【禁書】アポクリファの構成員たちにも火を点ける。


 上位の天使は脅威だが、その数自体は多くない。

 そしてこの街で戦っているのはレヲンだけじゃない。ノヱルと天は二基ふたりがかりで最も上位の天使であるあの熾天使セラフィムを抑えている。

 冥も単身、街を飛び回って聖都民への被害を激減させながら天獣たちを狩り続けている。

 バネットやサリード、ミリアムも一緒だ。三人で固まり、見事な連携で天使や天獣たちを討ち取っている。

 山犬が何処に行ったのかは不明だが、彼女も神殺しである以上は問題ないと信じたい――ならば自分の役割は【千尋の兵団】プライドの維持を死守すること。


「――っ!」


 認識を強めたレヲンは旗槍の柄をぎゅっと握り締め、そしてそのまま頭上高くに突き上げた。

 熱を帯びた風にばたたと揺れる旗は、汲み上げた彼女の意思を霊銀ミスリルの奔流に載せて戦闘人形オートマタたちへと伝える。


「総員、軍勢を討ち取れ! 決して退けない戦いだ、緩むことなく攻撃を続けろ!」


 意思を持たない戦闘人形オートマタたちだが、それ故に彼女の指揮こそが彼らの戦意となる。

 眼窩に強い光を灯した兵団は雄叫びこそ上げないものの、聖都に群がる天使や天獣を相手に善戦どころか奮戦を見せる。

 霊性を帯びた剣や槍の刃は斬り付けた軍勢を炎へと散らし、黄金の輝きを増した盾や甲冑は炎を弾き、軍勢の強打にびくともしない。


 そして彼ら黄金色の兵団がそうやって軍勢に猛追を加えるからこそ、騎士団や【禁書】アポクリファの面々も負けじと対抗する。


 そこに【禁書】アポクリファ隊から派遣された早馬隊が到着した。山犬と冥が戻らないことで一時足踏みしたものの、聖都の戦火を見て進軍を再開、そしていくつかの小隊を送り出したのだ。

 もはやこの場所に国の違い、人種の違いは無かった。

 救けが要る者は救けられ、治療が要る者は運ばれながら癒された。

 迫り来る軍勢を戦闘人形オートマタと聖天騎士と【禁書】アポクリファと、そして目的意識を失った【闇の落胤】ネフィリムとが押し返し、ただただ民を護る。

 もはやこの戦場に敵も味方も無かった。組織は、所属は違えど、共に神の軍勢に滅ぼされんとする犠牲者たち――そうなっていい筈が無いと異なる刃を共に突き出し、異なる鎚で共に打ち払う。


 担架に載せられ聖都の外、【禁書】アポクリファの大隊が待つ郊外へと運ばれながら、エディはその様子をただ眺めていた。

 そこには、いつか誰かが思い描いていた理想が佇んでいた。

 エディの体内、心と思われるその遥か深くで、何かがどくんと息衝いた気がした。




   ◆




「うーん、何だかなぁ……」


 火は消えたが黒く煤け、人々も祈りの言葉も無くなった大聖堂の屋上。

 山犬は聖都全体を見下ろしながら、やはりどこか憂鬱な表情でそこにいた。


 すでにあらかたの脅威は取り払っている。天使は未だ残存し、天獣もまだ侵攻をやめないでいるものの、既にこの程度まで減縮出来たなら後は他の者に任せてもいい程だ。

 聖都の北の郊外に【禁書】アポクリファの大隊も見えており、聖都を飛び出して避難する民の列が見て取れる。

 そこを強襲する軍勢もいるが、陽動を主目的としてはいたがあそこにいるのは【禁書】アポクリファの主戦力だ。現在は【闇の落胤】ネフィリムすら神に裏切られたと彼らに手を貸す状態にある。無論、手を貸しているのは神の力を得ていないただの戦士たちだが。


 それでも、この戦火が灯火の如く消えるのは時間の問題だっただろう。だからこそ山犬はつまらなかった。

 最も得意とする【神殺す獣】デチエリィクスヴィの形態に変化しなかったのは単純にその姿では軍勢に混じれて聖都に更なる被害を齎す可能性が高かったからだ。

 だがそれは変身魔術を行使しなかった最たる要因ではない。


「はぁ、やる気出なぁい……」


 最も高い尖塔の頂点で蹲り膝を抱える山犬――つまるところ彼女は、本当につまらなかったのだ。

 そしてその原因は、ノヱルと天の二基の同胞はらからだ。


 あの時もそうだった。

 いや、あの時はまだ良かった。


 あの熾天使セラフィムが突如として現れ、抗戦しようと各々の武器を構えるノヱルや天、そしてレヲンを何処かへと転移させた時。

 あの時はまだ、山犬は自身が行使した【饕餮】チェミクスチークスの反動で動くことが出来なかった。彼らと一緒に戦うことも、彼らと一緒に何処か遠くへと転移させられることも出来なかった。

 だから、あの時はまだ自分自身のせいなのだからいいのだ。悔しさはあれど、その原因は自己に帰結する。


 だが今回は違う――――万全の状態であるにも関わらず、ノヱルと天は二基の共闘を選択した。山犬をにしたのだ。


 あの二基がとてつもない自己強化パワーアップを経てこの世界に舞い戻ったことは一目見て判った。

 ノヱルは躯体内の追加機能プラグインに溢れているし、天は逆に彼の強さを押しとどめていた厄介な拘りを捨てていた。

 だからだろうか――あの二基は二基だけで共闘することこそが最良と考え、山犬にその他を任せたのだ。


 確かに山犬の戦闘力や特性を考えれば、あの二基だけで熾天使セラフィムを抑えられるのであれば他を制圧して回った方が得策と言える。

 何せ彼女は常にエネルギーを浪費し、それを補うためには天使や天獣をとにかく捕食しなければならない。一体の敵にまごついていると本当に戦力外となってしまうのだ。


 しかし彼女の心持はそうでは無い――あの時、そこにいられなかったからこそ。

 今度こそ隣に並び立ち、共闘し、かつて負けを喫した相手に打ち勝ってこそ――そんな気持ちが山犬の弾む胸の内には強く存在していたのだ。

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